第52話「衣装作り開始」
「なんだか大変なことになっちまったなあ……」
部屋を見渡し、俺はしみじみとつぶやいた。
壁と言わず天井と言わず、至るところに貼られたアニメのポスター。
髑髏やイバラの模様がプリントされたカーテン、ベッドカバーにクッション。
水晶玉や金属製の逆十字といった、何に使うのか見当もつかない小物類。
衣装掛けにはゴスロリっぽいドレスがたくさん飾られている。
これだけでおわかりのことだろうが、俺は今ルーの部屋にいる。
といってもふたりきりじゃない。ちひろや渚ちゃんも一緒。
古着屋で衣装を揃えるのを諦めてから日を改めて集まって、生地屋さんで買った生地で執事服を作ることになったのだ。
しかもワイシャツと靴とベルト以外を全部。
マジかよと思ったがマジだった。
3人とも超やる気。
ガラステーブルの上やカーペットの上には大量の生地や糸、ボタンにラメなどの材料が所狭しと並べられている。
普段から衣装を手作りすることの多いルーはミシンも立派なものを持っていて、先ほどから一心不乱に動かしている。
渚ちゃんは性格がコツコツタイプで細かい作業も得意なので、ルーに指示された通りテキパキとベストに飾りを縫い付けている。
ちひろはおおざっぱな性格なので、3人の中では一番苦戦している。しかし根性は人一倍入っているの結して諦めず、顔をしかめながらもちまちまと、布地に針を刺し込んでいる。
「なあ、俺もなんか手伝おうか?」
俺が着る衣装なのだから当然自分もやるべきだと思うのだが……。
「いいえ、先輩はそこに座っていてください」
「兄貴は引っ込んでて」
「グインは見ていてくれるだけでいい」
3人にほぼ即答で断られてはしかたない。
俺はやむなく、3人の作業をじっと見ていた……というわけにもさすがにいかないので、せめてお茶ぐらいは淹れようと思ってルーに台所の場所を聞いた。
□ □ □
「グイン、こっちだ」
ルーに案内されて台所に入り、お湯を沸かしてお茶受けを用意し……。
そこへちょうど、ルーのお母さんが買い物から帰って来た。
銀髪でも縦巻きロールでもない純日本風だが、ルーのお母さんだけあって見た目はやはり超絶美人。
ジーパンにポロシャツという飾り気のない姿だが、ただそこにいるだけでモデルみたいな華やかさがある。
「あら、いらっしゃい。あなたがグイン君ね」
ルーのお母さんは人の良さそうな笑みを浮かべた。
「お邪魔してます。ええと、正確にはグインではないんですが……」
「あら、いいのよ。娘の遊びにつき合ってくれてるんでしょ? だったらあなたはグイン、それでいいの」
さすがというべきか、お母さんはルーの趣味に関しても寛容だ。
俺だったら娘にグインと名乗る男友達なんか出来たら絶対殺すがな。
「うふふ、それにしてもよく来てくれたわね、嬉しいわ」
お母さんは左右に首を傾け傾け、ものすごい嬉しそうに俺のことを見ている。
「うちのコがボーイフレンドを連れて来るなんて、今日は最高の日ね。お祝いしなきゃ」
「お、お母さんっ」
耳まで真っ赤になったルーが、慌てたように俺とお母さんの間に割り込んだ。
「い、今はその話はいいでしょっ」
「えー? 今しないでいつするのよ。あのね、あなたも楽しみだったんでしょうけど、わたしだって同じぐらい楽しみだったんだから。グイン君とちょっとお話させてくれてもいいじゃない」
「ダメ! もうっ、あっち行ってってば!」
焦りのあまりだろう、中二病言語を喪失したルーが、ぐいぐいとお母さんの背中を押していく。
「あらあら、このコったら。ごめんなさいね、グイン君。ゆっくりしていってね」
お母さんはひらひらと手を振りながら居間へと消えた。
□ □ □
「もう……お母さんったら」
いまだに怒りが収まらないのだろう、ぷりぷりしながら台所に戻って来たルー。
「なんだよ、いいお母さんじゃない」
「悪いとは言ってないけど、その……人をからかって楽しむみたいなところがあるから……」
胸の前でモジモジと指を絡み合わせるルー。
「ぐ、グインも今の話は忘れてね? そういうのじゃないから」
「そういうのとは?」
「え、えっとその……ボーイフレンド……とか」
ぼそぼそと消え入りそうな声でルー。
「ボーイフレンド……ああ、なるほどね」
お母さんはルーと俺がつき合ってると思ってるのか。
なるほどなるほど、だからあんな感じで楽しもうとしたわけね。
「おっけ、大丈夫だよルー。俺は全然気にしてないから」
「う、うん……そう? よかった……」
安心したのだろう、ルーはそっとため息をつくと……。
「全然……かあ」
うつむき、なぜだろう暗い雰囲気になった。
「ん? どした?」
「ええと……その……」
ルーはしばし迷いを見せた後、上目遣いで俺を見た。
「ひとつだけ、聞きたいことがあるんだけど……」
「おう、なんだ?」
「ぐ、グインには誰か好きなひ──ぎゃああああっ!?」
ルーが突然悲鳴を上げた。
真っ青になりのけぞって、どうやら俺の後ろに誰かいるようだが……。
「ん? 渚ちゃんとちひろか、どうしたんだ?」
ふたりは俺の後ろにいて、じっとルーを見つめている。
ガラス玉のような生気を感じない瞳……え、なんかちょっと怖いんだが。
「いいえ別に。ただ先輩たちを手伝おうと思って来ただけです」
「そうそう、お茶淹れるの時間かかってるから、手伝おうかなって」
ふたりは顔を見合わせると。
「「ね」」
とハモった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます