第51話「俺氏、着せ替え人形になる」

 そんなこんなで俺たちが訪れたのはK越駅近くの古着屋。

 ツタの絡まった古民家のような怪しげな外観で、中学男子な俺にはまったく縁の無さそうな店だった。


「あの……あんまり高いのはちょっとあれだからね。お手柔らかに頼むよ?」


 古着屋なんて初めて来た俺は、最初からビクビクしていた。

 中古だから安いんだろうけど、最近散財気味だったからさ。ほら、デート代とかで。

 文化祭の出し物をおろそかにする気はないけど、物には限度ってのがあるわけで。


「大丈夫です、お任せください。いざとなったらわたしも少し出しま……ではなく、行ってきます」


 一方的に告げると、足早あしばやに店の奥へと消えて行く渚ちゃん。


「そうね、あたしもそれで構わないわ。ただでチェキとか撮らせてくれたりしたらチャラどころかプラスまである……ゴホン、なんでもないわ。行って来るから試着室前ここで待っててね、兄貴」


 ちひろも鼻息を荒くしながら衣装ラックの間に消え。


「任せろ、グイン。我にも多少の蓄えはある」


 グッと親指を立てたルーが、普段見ないような素早さで手近の衣装ラックをチェックして行く。


「お、おう……なんでみんなそんな乗り気なんだ? 俺の衣装とか買って、それで君らに得はあるの?」




 □ □ □




 みんなの理解不能な行動に頭を抱えている俺のところに、一番先に戻って来たのは渚ちゃんだった。


「先輩、さあこれに袖を通してみてください」


 渚ちゃん的には珍しく、爛々と目を輝かせながら俺に試着しろと命じて来る。

 もちろん拒む理由はないんだけど、今日の渚ちゃんは圧が強くてちょっと怖いな。


「ええと……これでいいのかな?」


 渚ちゃんが持って来たのは靴からズボン、シャツ、ジャケットにベスト、白手袋に革靴まで含めたセットだった。

 すべてが落ちついた色合いで、首元には臙脂色のネクタイ。

 古いイギリスのお屋敷の執事を思わせる重厚な取り合わせで、いかにも渚ちゃんらしいチョイス。


「…………っ!!!?」


 試着室から出た俺を見て、渚ちゃんは一瞬硬直した。

 目を見開き、呼吸を止めて、背筋をぴんと伸ばして。

 ホントに一瞬、時が止まったんじゃないかと疑うような大硬直。


「……し、失礼しました」


 だがすぐに平静を取り戻すと、口元を隠しながらぼそぼそとつぶやいた。


「その……思ったほど悪くはないと思います。先輩は背が高いのでこういった迫力のある衣装が似合うと言いますか……その、あくまで一般論としてですが……」


 言い訳めいたことをつぶやきながら、手はナチュラルに写メをパシャパシャ撮っている。

 なんだろう、今後の参考資料にでもするのかな? このコ根っから真面目だからな。


「ふん、なかなかやるわね。渚」


 同じく写メをパシャパシャ撮りながら現れたちひろ。


「でも、これを見たらきっと考え変わるわよ」


 そう言ってちひろに渡されたのは、ズボン、シャツ、ベスト、革靴に白手袋のセット。

 渚ちゃんとの違いはズボンやシャツが体にピッタリとくっつくようなデザインであること、靴のつま先が尖って上を向いていること。 

 そしてベストだ。

 渚ちゃんのような落ち着いた色合いのものではなく、赤地に黒のバラの描かれた派手派手なものだった。


「ポイントはベストね。スタイリッシュなボディラインにラテン系の情熱を思わせる組み合わせ。最高でしょ?」


 どうだとばかりに腕組みをするちひろ。


「くっ……その手がありましたか……っ?」


 なぜか悔しそうに呻く渚ちゃん。


「んー……んー……さすがにこれは恥ずかしいんだが……?」


「何言ってんの! 兄貴は背が高いんだからこうゆースタイリッシュなのが似合うんだって! ベストもすんごい似合ってるから! ダンサーかマタドールみたいな感じだから!」


 ダンサーかマタドールみたいっていうのが褒め言葉なのかどうかはともかくとして、ふたりの勢いはすごい。

 ああでもないこうでもないと議論を戦わせつつ、さらなる衣装を探して来ようという体勢だが……。


「そこまでだ皆の者!」


 ババーンと片手を挙げながら現れたのはルーだ。

 店内用の買い物かごに積まれているのは……ええと……ええと……。


「まさかの燕尾服!?」

 

 あれだ、社交界とかで使われるやつだ。

 コートの裾が燕みたいに尖ってるやつ。


「執事と言えばこれであろう! ふはははは! 勝負あったなふたりとも!」


 これ以上ないドヤ顔を披露するルーの前に。


「くっ……いったいどこにそんなものが……っ?」


 渚ちゃんは苦し気に呻き。


「隅から隅まで探したはずなのに……まさかこのあたしが見落とした!?」


 オーマイガッ、とばかりに天を仰ぐちひろ。


「待て待て落ち着け!」


 俺はたまらず割って入った。


「いいか? みんなの気持ちはありがたいし、そもそも衣装について相談したのは俺だけど、さすがに値段が高すぎる」


 一番安いちひろのものでさえ2万円超。

 ルーのものに至っては5万円を超える勢いだ。


「わたしは一向に構いませんが?」

「あたしも、全然出していい。むしろ出したい」

「ふっ……出さない理由があろうか?」


 自腹を切ることになんの迷いもない3人娘。


「いやいやいや、気持ちはありがたいけど重すぎるんだって。文化祭の出し物ごとき……といったらあれだけど、さすがにそこまでしてもらうわけにはいかないよ」


 折衷案せっちゅうあんとして、俺は3人の選択した品々の中からなるべく安価なものを選んでセットを作った。

 これでぎりぎり1万を超えないぐらいか。けっこうな出費だが、売り上げが上がればある程度はバックしてくれるというから、そこに望みをかけるか。

 んーでも、売り上げなんか上がるかなあ……中学男子の執事喫茶なんか、誰が来たいんだ?


「「「むむむむむむ……」」」


 俺の提案にひとしきり唸っていた3人は、やがて……。


「わかりました、作りましょう」

「オッケ。大きなとこは安いので揃えて、小物だけ手作りすればいいんじゃない?」

「任せておけ、衣装作りは慣れている」


 ドンと胸を叩いて、とんでもないことを言い出した。

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