第44話「ご同輩」

 俺、ちひろ、渚ちゃんに杏ちゃん、ルーの5人は揃ってゲート入場。

 更衣室で着替えを行う流れになった。 

 当然着替え終わるのは男の俺が一番早いわけで、俺はひとり、先に場内の様子を確かめていた。


「うひゃー、こりゃあえぐいわ。まさに芋洗い?」


 プールを埋め尽くさんばかりの人の多さにびっくりしていると……。


「お、先輩くん着替えるの早いねーっ」


 バシンと尻を叩かれたのにびっくりして振り返ると、そこにいたのは杏ちゃんだ。

 オレンジとピンクの花柄のワンピースといういかにも可愛らしい水着を着た杏ちゃんは、しかしニシシとやんちゃな男の子みたいに笑っている。


「杏ちゃんこそ早いね。女の子はもう少し準備に時間かかるイメージがあったけど」


「そりゃあーもう、先輩くんと色々お話したかったからねっ」


「俺と? お話?」


「そうそう、たとえばお姉ちゃんとの出会いはどこでとかー、お姉ちゃんのどんなどこが好きかとかー。お姉ちゃんが思わず赤面悶絶っみたいになるエピソードが欲しいんだよっ」


 拳を握って力説する杏ちゃん。


「ああー、なるほどね」


 俺から仕入れた情報で姉いじるをするつもりのようだが、あの渚ちゃんが果たしてその程度で赤面したりするだろうか。

 まあでも、どんなリアクションをとるかは正直興味あるな。少しでも照れてくれたら嬉しいんだけど……。


「んーで? どうなのよそこんとこ。ほれほれ、キリキリ吐いてもらおーか」


 うりうりとばかりに俺の脇腹を肘で突く杏ちゃん。


「ふっふっふ、吐いてもいいけど、それなりの覚悟はしてもらうぜ? 言っとくが、俺の渚ちゃんへの愛は1時間や2時間のトーク如き語りきれんからな」


 ニヤリと悪役っぽい笑みを浮かべながら言うと、杏ちゃんは一瞬ぽかんとした。


「……へえー、なるほどなるほど。先輩くんはあいじょーを隠さないタイプなんだね。だからあの堅物お姉ちゃんをオトすことが出来たってわけか。ふむふむなるほど」


 ひとりうなずくと、杏ちゃんは俺の真似をするかのようにニヤリ悪役っぽい笑みを返して来た。


「おっけーおっけー、嫌いじゃないよそうゆーの。こちらもお姉ちゃんネタなら売るほどあるからね。3時間4時間どころか、ひと晩中でもつき合えますぜ」


「ほう、言いますなご同輩(ニヤリ」


「いえいえ、それほどでもないですよ、ごどーはい(ニヤリ」

 

 ニヤリニヤリと笑い合っていると、不意に冷たい風が吹いた。

 振り返ってみると、そこにいたのは渚ちゃんだ。

 肩からバスタオルを羽織った格好で、こちらをにらみつけている。


「……そこでふたりで、何を話しているのですか?」


「げげっ……お姉ちゃんっ?」  


「渚ちゃん待って待って、なんでプールサイドにまでメジャー持って来てるのっ?」


 どこから取り出したのだろう、メジャーをキリキリ伸ばしてすごむ渚ちゃんにビビる、俺と杏ちゃん。


「そんなことはどうでもいいです。それよりわたしの質問に答えてください」


「質問に答えるかあー……でもいいの? お姉ちゃん。そんなことして」


「……どういう意味」


 思ってもみなかったのだろう杏ちゃんの反撃にとまどう渚ちゃん。


「こんな、みんながいるところで全部言っちゃってもいいの? あたしたちがしてたのはそうゆー話なんだけど」


 杏ちゃんの目線を追うと、更衣室の方からちひろとルーがこちらに向かって歩いて来ている。

 ちひろはともかくルーにはまだ秘密にしているので、たしかにこんなとこでするのはまずい話だ。


「くっ……しかたありませんね、今は納めておきましょう」


 メジャーをしゅるしゅると納めると、渚ちゃんはギロリ杏ちゃんをにらみつけた。


「ですが……わかっているでしょうね、杏。あまりおかしなことは言わないように」


「へいへーい、わっかりましたーっと」


 絶対わかってない口調で言うと、杏ちゃんは俺の背後に隠れた。


「ね、先輩くん。あとでアド交換してね。お姉ちゃんについて色々教えてあげるから」


 口早くちばやにそう言うと、パッと離れてちひろたちの方に駆けて行く。


「まったく、あのコったら……ハア」


 渚ちゃんはため息をつくと、ペコリと俺に頭を下げてきた。


「すいません、先輩。これ以上ご迷惑をおかけするようだったら帰らせますので」


「迷惑だなんてとんでもない。さっきも言ったけど、元気で楽しそうなコじゃないか。いてもらったほうが賑やかで盛り上がるし、いいと思うよ」


「そうですか。ならいいのですが……」


 疲れたような顔をする渚ちゃん。


「ハア……本当に……わたしがもっとうまく立ち回れていたら……」


 と、これはおそらく秘密がバレたことを気に病んでいるのだろう。

 自分のせいだと思い、責めているのだ。


「大丈夫だよ、渚ちゃん。むしろ俺としては、バレてもらって良かったとすら思ってるんだ」


「バレたことが良かった……?」


「話してみたらけっこう俺たちに協力的な感じだし。ほら、今後おつき合いしていく上でさ、色々と家族の協力が必要な場面って出て来ると思うんだ。たとえば何かあって親にバレそうになった時に口裏合わせてもらったりとか」


「なるほど……協力者という意味ですね」


 渚ちゃんはふむふむとうなずいた。


「すごいですね、先輩は。わたしはそんなこと考えつきませんでした。ただただ秘密にしようとばかり……。たしかに、協力者がいれば行動の幅が広がりますね」


「そうそう、そうゆーこと。ってわけで、杏ちゃんと一緒に遊ぶのはまったく問題なしってことで」


 ご同輩への援護射撃をしながら、俺は景気よく行こうぜとばかりに手を叩いた。


「今日は一日楽しもう。ね、渚ちゃん」

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