第36話「渚&ちひろ①」

 待ち合わせ場所である最寄りの駅前。

 渚は先に着いて待っていた。


「よう、待った?」


「いいえ、まだ待ち合わせの5分前ですし」


 さすがに夏休みということで、今日は渚も制服ブレザーではなく私服。

 スミレの刺繍がされた白のブラウスとデニム地のフレアスカート、足元はウエッジソールのサンダルというガーリーなスタイルで、一見おしとやかキャラに見える渚にはよく似合っている。


 対するあたしは黒のレースアップのホットパンツとオフショルダーのピンクのTシャツ、スニーカーにベースボールキャップ。動きやすさ重視のボーイッシュなスタイルで、あたしの魅力が最大限に引き出せていると思う。

 

 なーんて、張り合う意味なんてないんだけどね。

 そもそも兄貴とこいつは私服でデートはしないわけだし。

 

「そんで、今日の目的地は? というか、兄貴の目的地はどこなのって聞いたほうがいい?」


 渚からふたりで会えないかというラインが届いたのは、8月も半ばのお盆まっただ中のことだ。

 兄貴がおかしな行動をとりそうなので、尾行したいということなんだけど……。


「それはこれからわかります」


 確信めいた口調で言うと、渚はあたしを誘って物陰に隠れた。


 渚の掴んだ情報によるならば、今日この後、兄貴が電車に乗ってどこかへ向かうらしい。 

 んで、あたしたちは兄貴に気づかれないよう尾行をすると。


「あんたもたいがいね。普通浮気を疑ってもそこまでする?」


「別に疑っているわけではありませんただ先輩がわたし以外の異性とどんな遊びをしているのかが知りたいだけですどうすれば先輩が楽しめるのか今後の参考にしたいだけですなにしろわたしはこういう女ですので世間一般の女子のように男性を楽しませる術を知らないので」


「いやめっちゃ早口で喋るじゃん」


 長々とした言い訳をツッコんで止めると、あたしは改めてため息をついた。


「まあいいわあんたが兄貴のこと超好きなのはわかってるしあたしも兄貴が女とどんな遊びをしているのかは気になるしもしおかしなことをしようとしたら止めなきゃだしやっぱりそこはほら兄妹だから身内から犯罪者を出すわけにいかないからね」


「ちひろさんもずいぶん早口ですね」


 ジト目でこちらを見やる渚。


「つまりは利害が一致したってことよ。でしょ?」


「ええ、そういうことになりますね」


 渚はうむとばかりにうなずくと、物陰から顔を覗かせ。


「あ、ほら、先輩が来ましたよ」


「……ねえ、ちょっと気になるんだけど、そもそもなんで、兄貴がこの時間に電車に乗るの知ってるわけ?」


「この前先輩が図書館の休憩室ですまほをいじっていたのですが、わたしが席を立った際に偶然それが目に入りまして」


「偶然……うん、偶然ね」


 きっと氷のような冷たい目つきで覗き込んでたんだろうなと思いながら、しかし今回ばかりは渚の執念に感謝した。

 あたしでも、渚でもない女にうつつを抜かす兄貴……うん、そりゃあ許せないわね。




 □ □ □




「……なるほど、これがこみけというものですか。想像を絶する環境ですね。冷房が効いているはずなのに、過剰なまでの人口密度のせいでむし暑く、下手をすると外よりも劣悪な……?」


「シンプルに暑い、あと臭いわ。なんだよこいつら風呂入ってんのかよ」


 渚が露骨に顔をしかめ、あたしは鼻を押さえた。

   

「こんなとこ1分もいらんない。ホントに嫌。早く帰りたい」


「と言いつつなぜ『兄と妹のいけない関係』と書かれた本を買っているのですかちひろさん」


「ハッ……いつの間に……っ!?」


 しかもいつの間にか会計まで済ませていた!? 

 コミケ……恐ろしい場所……っ。

 こんなにもピンポイントなジャンルの本がほいほい置いてあるだなんて……しかも表紙に出てる男の子、ちょっと兄貴似だし……じゃなくてっ。


「と、ともかくふたりを追うわよ。ここで見失ったりしたら、なんのためにここまで来たのかわからないからね」


「と言いつつまた新たな本を手にとっているのはなぜですかちひろさん」


「ああああああっ!? また手が勝手にいぃいぃぃぃぃぃぃっ!?」


 絶叫を上げつつ、あたしたちは兄貴とルーの後をつけて行く。

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