第35話「ターン終了」
さて、無事企業ブースへと到着し、『七星無限のアスガルド』のファンディスクとねんどろ(二頭身ぐらいにデフォルメされたキャラクターの人形)を手に入れた俺たちだ。
「あああ~、良かった~。きちんともらえた~」
嬉しすぎてただの
「ありがとう~グイン。本当に嬉しいぃ~」
頬をゆるっゆるに緩めて、ひたすら感謝の気持ちを述べて来る。
中二病の毒気のないルーの笑みは、実に可愛い(渚ちゃんには劣るが、そこは相手が悪い。渚ちゃんを例に出すのがすでに反則。マ○カでトゲゾーこうらを連発するぐらいのズル)。
「そうか、まあ喜んでもらえたなら良かったよ」
暑いし遠いしなんか変な臭いもするし、コミケの会場自体はヤバいけど、好きなものにとことんのめり込んでる人々の熱気はスゲエなと素直に感動出来たし、何より友人がこれだけ喜んでいる姿を見られるのなら、苦労した甲斐があったというものだ。
「んーで、どうするんだ? 他にも見たいものがあったら見るぞ?」
「ホント? じゃあじゃあ、次はぁ~……」
ルーは目をキラキラさせながら何かを言いかけたが……。
「あ、でも。グインは何か見たいものがあるのでは?」
「俺? いやあ俺は別に……」
アニメも漫画もゲームも好きだが、同人誌が欲しいとまでは思わんのだよな。
どうも値段に釣り合わない感があるというか、薄い本に一冊500円出すというのはどうもという。
デート代捻出するのも四苦八苦な中学生の身には厳しいでござるよ……ん?
「こ、この本は……というかここのエリアはもしかして……?」
「?」
ルーが首を傾げている中、俺はひとり密かに動揺していた。
まったくの偶然だが、いつの間にか俺たちがいるのは18禁系のエロ同人が販売されているエリア。
目の前にあるのはまさかの『風紀委員もの』だった。
しかも渚ちゃんをモチーフにしたんじゃないかというぐらいの激似のやつ。
あの渚ちゃんの制服があちこち破けてて、手には縄、首には首輪、目には涙が浮いていて……。
え……なにこれヤバい、罪悪感と背徳感がブワッと来て頭がおかしくなる……。
「……グイン?」
「いやいやいや、それはない。それはないわ。さすがのさすがにそれはない。それは人としてやってはならないことだ」
「……グイン?」
「いやでも待てよ? そもそも購入するぐらいなら問題ないんじゃないか? あくまで社会勉強の一環というか、知識欲を満たす的な意味で」
「……グイン?」
「それにそもそも、絵と現実は違うわけで。絵は絵、現実は現実。その区別さえ出来ているならば許される行為なのでは? うんそうだ、きっとそう。というわけで俺はあくまでお試しの意味でもって……」
「グイン、そうゆーの……好きなの?」
真っ赤な顔で、俺が手にしている『風紀委員もの』を見つめるルー。
その瞬間、俺はハッと我に返った。
「ち、ちが、違うんだルー! 欲しいとかそうゆーのとは全然違って! たまたま目に入ったものをなんとなく開こうとしたらそれがあれでああゆー本だっただけで! 買うつもりなんて毛頭なくて!」
「でも、手……」
なんということだろう、いつの間にか俺の手には500円玉が握りしめられていた。
「こ、これはその……あのだな……あれで……あれが……っ? そもそもあれってなんだっけ!?」
完全に言い訳に
売り子のおじさんは、「わかる、わかるぞー、若者よー」みたいな優しい目で俺を見ている。
「グインも男の子なわけだし、誰もその……
無理をしているのだろう、グインが超優しい言葉をかけてくれるが、「じゃあ買おっかなー。実はこの表紙の女の子がもろ好みでさー」なんて言えるわけもなく……。
「ああああああああこんな俺のことは忘れてくれえええええええええええええええーっ!」
俺は絶叫しながら頭を抱えたのだった。
□ □ □
とまあなかなかにひどい出来事があったりもしたものの、総じて楽しい一日だった。
帰りの電車の中で、俺とルーは今日あったことを振り返りつつ、笑い合った。
「初めて来たけど、楽しいとこだったな。コミケ」
「うむ、そうだな。我もそう思う。出来れば今度は自分でもその……参加、してみたいと思った」
「参加? 自分で? ああ、そういえばおまえって創作活動みたいなのもしてるんだっけ?」
「う、うん。その、小説みたいなものと、その、漫画みたいなものを」
顔を真っ赤にして、しどろもどろになって。
ルーはめっちゃ照れている。
創作活動をしているとは聞いていたが、文も絵も描くのか。
「へえ、すごいじゃん。参加するってことは自分で作ったものを自分で売るってことだろ? じゃあ俺、手伝ってやろうか?」
「え、ホント?」
「ホントホント。創作に関して出来ることなないだろうけど、売り子とか荷物運びとかぐらいなら」
「わあ……っ」
俺の提案に、ルーはぱっと表情を輝かせた。
「約束、約束したからな? やっぱりダメとか言ってもダメだからな?」
盛んに指切りをせがんでくるルー。
「んなこと言わねえって。今年の冬っつったら受験勉強の合間だから、無理をしない程度にではあるけどさ」
「うんっ、うんっ、それでいいっ」
やったあ、とばかりに両手を上げて喜ぶルー。
ルー自身も受験生のはずなのだが、焦っている様子は全然ない。
むしろコミケに参加する余裕まであるレベル。
まあ、こいつはけっこう成績いいからな。
創作活動をしてるおかげか、国語とか社会とかすげえ点数だし。
対する俺はこんなことをしている暇はあるのかというと……うん、まあ大丈夫じゃないかな?
渚ちゃんとの図書館デート……じゃなくて図書館での勉強会もやってることだし。
「っと、ラインだ。……ん? 渚ちゃんとちひろから同時に……?」
渚ちゃんはカピ腹っさんが曲がり角からこっそりこちらを窺っているスタンプ。
ちひろはウサギが首をかっ斬るようなしぐさをしているスタンプを送って来た。
「えっと……どういうシンクロ……?」
ぼそりとつぶやいた瞬間、背筋に悪寒が走った。
なんだ? 誰かが俺を見ている?
慌てて視線を感じたほうを振り返ると、ひとつ隣の車両のガラス越しに、渚ちゃんとちひろの姿が見えていて……。
~~~現在~~~
「いやあー、あん時はさすがに背筋が凍ったよ。まさかの状況で、しかもふたり一緒にいるもんだから」
「自業自得よ、自業自得」
「恋人に対して後ろめたいようなことをしているのが悪いんです」
バッサリと斬り捨てるちひとろ渚ちゃん。
「いやいやいや、全然後ろめたいことなんかないんだけどねっ?」
「ちょっと……ちょっと待ってっ!」
時を超えて言い訳をする俺を制したのはルーだ。
「なんで!? 今は我のターンだったはずなのにっ!?」
もっと俺との思い出を語りたかったのだろうルーが、涙目になって声を荒げた。
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