第29話「ナイトズー」

 さて、7月20日。

 俺と渚ちゃんの夜のデートは、T武動物公園で行われることになった。

 え、動物園なのに夜なの? 営業時間外なんじゃないの? と思われるかもしれないが、そこはよくしたもので、世の中にはナイトズーと呼ばれるものがある。

 夏などの暑い時期に一部の動物園で行われているもので、普段よりも時間を伸ばして営業、色とりどりのイルミネーションやパレード、花火など、普段見られない動物たちの姿や夏の風物詩が一緒に満喫できるイベントなのだ。


 とまあそういった催しものがあるのはいいとして、俺たちの間には校則という名の高い高い壁がある。

 普通にやったのではまずナイトズーで私服デートなんて出来やしない。

 そこで渚ちゃんが考え出したのは、おそろしくアクロバティックな手段だった。



 

 □ □ □




 俺はその日、両親にねだって家族で動物園に向かった。

 中学男子が動物園に行きたがるとかけっこうあり得ない行為なんだけど、意外と怪しまれはしなかった。

 両親はラブラブデートがしたいようで即承諾、ちひろは「家族で動物園とか……ガキじゃないんだから……。まあ、兄貴がどーしてもあたしと一緒に動物見たいっていうんならいいけどさ……ふへ、ふへへへへ」とか意味不明なことを言いながら気持ちの悪い笑みを浮かべていたが、とりあえずはOKらしい。


「おおー、けっこう人いるなあー」

 

 土曜日の夜ということもあってか、園内は家族連れやカップルなどで賑わっていた。


「ふーん、意外とバカにしたもんじゃないね」 


 動物園なんてガキっぽいとか言ってたくせに、ちひろは目をキラキラさせながらキリンさんを眺めている。


「源一郎さん、あっちに行きましょ。わたしキャットワールドが見たいわ」


「ふふふ、母さんは猫好きだなあ」


 親父とお袋は、相変わらず人目もはばからずいちゃいちゃしている。


「あーあー、いい歳こいて」


 などどぼやきつつ、自分も将来渚ちゃんとああいう関係になれたらなあなどと考える俺だ。

 あの渚ちゃんがベタベタしてくるとはとても思えないが、まあ夢はね? でっかい方がいいからほら。


「……と、そろそろ時間か」

 

 スマホで時間を確認すると、俺はちひろに言った。


「俺、ちょっとトイレ行って来るから。おまえは親父お袋と一緒に行動してろ。もし移動するなら、ラインでどこ行くか教えてくれよな」


「え? ちょ、ちょっと兄貴?」


 バカップルと一緒に行動させるのは悪いが、すまんなちひろ。兄には特殊ミッションがあるのだ。




 □ □ □




『アフリカサバンナゾーン』から園内を西へ西へ。

 目的地である『リスザルの楽園』の前にはまだ渚ちゃんの姿がない。


「あれ? 時間合ってるよな?」


 事前に渚ちゃんに渡されていた行動予定表(相変わらず、分単位で予定の決められた完璧なもの)と時計を見比べるが、やはり間違っていない。

 あの渚ちゃんが時間に遅れるなんてことが……まさか事故? などと心配になっていると……。


「先輩っ、すいません遅れましたっ」


 カランコロンという下駄の音と共に、後ろから渚ちゃんの声がした。

 慌てて走って来たのだろう、息が乱れている。


「両親とあんず(妹さんの名前だ)を振り切るのに時間がかかりまして……」


「ああ、なるほど」


 そうか、行動予定表には人間を説得するための時間が含まれていないんだ。

 相手がごねたり怪しんだりすれば、その分時間がかかると。


「そうゆーことか、良かったよ何ごともなく……て……?」


 振り向いた瞬間、俺は硬直した。


 渚ちゃんは紺地に芍薬しゃくやく柄の浴衣を着て、足には朱塗りの下駄を履いている。

 髪にはピンクのヘアピン。

 片手に持った巾着袋は黄色とピンクの小花がたくさんあしらわれたもの。

 デートの時ですら制服姿の彼女が見せてくれた女の子らしい姿に、俺はズキュンと胸を撃ち抜かれてしまった。


「ええと……はい、お約束通り。今日は制服ではありません。一応夏なので、このような格好で……」

 

 恥ずかしいのだろう、渚ちゃんはわずかに頬を染めている。

 

「あの、どこか変でしょうか? 先輩、さっきから一言も……? ……先輩?」


 し、死んでるっ!? とはならなかったけど、渚ちゃんの浴衣姿と恥じらい顔が尊すぎて死にそうにはなっていた。


「……ふう、大丈夫。ちょっと尊死してただけだから」


「そんしとは……?」


 俺の発言を怪しむ渚ちゃん。


「ものすごい似合ってて、とてつもなく可愛いよって意味」


 語彙ごい少ねえと言わば言え。

 本当に美味い料理を口にした時に美味いとしか言えないように、本当に可愛いものを目にした時には可愛いよとしか言えないんだ。


「……そうですか、わたしにはさっぱりわかりませんが」


 とか言いつつ、浴衣の袖で顔を隠す渚ちゃん。

 お、これは恥ずかしがってる感じ? それを必死に隠してる感じ?

 あぁ^~いいっすね^~。

 などど盛り上がる俺の視線から逃れるように、渚ちゃんは先に立って歩き出した。


「と、ともかく始めましょう。みなさんに見つからないよう、杏かに、速やかに行きますよ?」







 ~~~現在~~~




「マジで!? あの時ふたりでそんなことしてたの!?」


 まさかの事実に、ちひろは仰天した。


「やたらトイレ長いし、何度も行くなと思ったら……」


 互いの家族と共に別々に動物園に向かい、隙を見つけて抜け出しては所定の場所で落ち合ってデートする。一定時間経過で解散して家族の元に戻り、再び落ち合ってデートする。を繰り返していたわけだ。


「頑張って考えました」


 ちょっと誇らしげな渚ちゃん。 


「たしかに、今思い返してみてもあれはすごかったよね。T武動物公園のマップを完全に把握した上で、俺はちひろに、渚ちゃんは杏ちゃんにラインで位置を送らせて。絶妙にバッティングしないルートでデートしてたんだから」


「イルミネーションが綺麗で、動物たちが可愛くて、傍には先輩もいて。あれは夢のような時間でした」


 渚ちゃんは頬に手を当て、ホウとため息をつくと。

 それから俺たちが行ったデートの内容を、得意げに語り出した。

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