第27話「ラブレター」

 渚ちゃんの下駄箱に赤いバラと手紙を放り込んだその日の放課後。

 俺は当の渚ちゃんにラインで呼び出された。

 

 呼び出されたのは告白を成功させた例の桜の木の下。

 

「始まりの場所で終わらせられるとか、超嫌だな……。機嫌治ってたらいいんだけど……」


 ドキドキしながら待ち合わせ場所に行くと、渚ちゃんは手に俺の手紙を持ちながら、むすっとした顔で立っていた。


「や、やあ渚ちゃん。ひさしぶり」


「……先輩、これはいったいどういうおつもりですか?」


 俺をジロリにらみつけるようにしながら渚ちゃん。


「『学生生活規定第33項:下駄箱に外履き内履き以外のものを入れてはならない』に反しているんですけど?」

 

「怒ってるのそこなのー!?」


 しかし渚ちゃんにとって校則は神、校則が教典。

 これは花と手紙作戦が裏目に出たかと焦っていると……。


「まあでも、最近はわたしのほうが先輩を避けていたので、これはやむを得ない連絡手段だったということで譲歩いたしましょう。以後、絶対にしないようにしてください」


「はい! わっかりましたああああああ!」


 俺はイエスマム、とばかりに背筋を伸ばして敬礼した。

 アイアイサー、二度と下駄箱に手紙は入れませんと。


「そしてですね、この手紙の内容についてなんですが……」


 ゴホンと咳払いすると、渚ちゃんは手紙を開いた。


 なんと、赤でたくさんのチェックが付けられている。

 赤ペン先生ばりの丁寧さで、文章の横に疑問点が併記へいきされているようなのだが……。


「納得いかない部分が多々ありますので、直接先輩本人に伺いたいと思っています」


「ま、まさかの文章にダメ出しだと……っ!?」


 驚いた。

 さすがにこれは想定していなかった。

 いくら真面目で分析好きな渚ちゃんとはいえ、ラブレターに対してここまでするとは……。

 

「問題ありますか? それとも聞かれてボロが出るようなことでも?」


 氷の魔眼をギラリと光らせる渚ちゃん。

 こ、これは本気だ。

 本気で答えないと殺される……っ。


 身の危険を感じた俺は、慌てて姿勢を正した。


「いや、まったく問題ないよ。そこに書いてあるのは俺の本気だ。どうツッコまれても構わない」 


 手紙の内容はこうだ。

 まず最初に最近受けている浮気疑惑についての釈明しゃくめい

 ルーはいい友達だが、異性としての感情はまったくないこと。

 その上で、俺視点による渚ちゃんとの初めての出会いから、彼女を好きになるまで、好きになった後そして恋人になってからの心の変遷へんせんを、余すことなくすべて書いた。

 俺の血の中に流れている渚ちゃんへの『愛』を、全部。


「そうですか。では遠慮なく……」

 

 そうして始まった渚ちゃんの質問は、なかなかに鋭いものだった。


「わたしが風紀活動をしているところを見て好きになったとありますが、そんなことはあり得ないはずです。生徒みなさんがそうであるように、きっと先輩だって嫌な気分がしたはずです。だからここに記されている恋のきっかけ部分は間違い、あるいは嘘であるはずです」  


「そんなことはないよ。俺は渚ちゃんに注意されて嫌な気持ちになったことなんてない。むしろみんなが嫌がることを率先してやれる、素晴らしい人だと思ったんだ」


「注意されて嫌な気分にならない? そんなことあるわけがないでしょう」


「あるんだよ。これは俺の田舎の爺ちゃんの話になるんだけどさ……」


 昔教師をしていたという俺の爺ちゃんは、自分にも他人にも厳しい人だった。

 とにかく偏屈で口うるさくて、何かするたび怒られて、まだ小さかった俺にとって爺ちゃんは、恐怖の対象だった。


「その爺ちゃんが亡くなって、さあ葬式だってなった時に、意外なほど多くの人が参列に来たんだ。あんなに厳しい人だったから、きっとみんなに嫌われてて、誰も来てくれないんじゃないかと思ってたから、あれはホントに意外でさ。でも、話を聞いてみてなるほどって思った」


「……」


「みんな、爺ちゃんの教え子だったんだ。そんでみんな、ホントに感謝してた。在学時はなんだよと思ったけど、いざ社会に出てみると、先生ほど自分に親身になってくれた人はいなかったって。あの時の先生の厳しい教えがあったからこそ、自分は立派な社会人になれたんだって」


 それ以来、俺の考えは変わった。

 他人に嫌われる勇気を持つ人を尊敬するようになった。


「だから俺は、渚ちゃんを尊敬してるんだ。俺が君を好きになった、それが最初のきっかけだ」


「……そうですか」


「問題ある?」


「……ありませんね」


 渚ちゃんが疑う。

 俺が証明する。


 渚ちゃんが疑う。

 俺が証明する。


 10枚の紙に記した俺の愛を証明するためのやり取りは、実に1時間にも及んだ。


「どうだい渚ちゃん。俺のことを信じる気になったかい?」


「………………しかたないですね。認めましょう。どうやら先輩の病気は、取り返しのつかないステージにまで達しているようです」


 処置なしとでもいうかのように、渚ちゃんは重々しく首を横に振った。


山田花やまだはなさんとのことに関しても、わたしの勘違いだったと認めましょう。ではそういうことで、明日からは普通通りにいたしましょう。今日はこれにて、お疲れ様でした」


「え、ちょっと待って。ここまで来たら一緒に帰らない?」


「それはダメです」


「え、なんでなんで? だって疑いは晴れたんでしょ? だったら明日まで待つ必要なんか……」


「ダメだと言っているでしょう!」


 珍しく語気を荒げると、渚ちゃんはすぐに「……すいません」と小さく謝った。


「今は本当に……ごめんなさい」


 暮れなずむ夕日を背に浴びながら、足早に去って行った。


「え、ええー……?」


 ひとり取り残された俺は、渚ちゃんを止めようと伸ばした手を下ろすタイミングを失い、みっともなくも固まっていた。








 ~~~現在~~~




「あの時は本当に失礼いたしました。でも、先輩がこんな手紙を書くのが悪いんですよ。証明する時だって、あんなに何度も『愛してる』とか『好きだ』とか繰り返して……。そりゃあ顔も見れなくなりますよ………………もう」


 手紙を見せているうちに恥ずかしくなって来たのだろう、渚ちゃんは照れ隠しするようにそっぽを向いた。


「「「……」」」


 ルー、吉田、安井の3人は「おまえが持って来たくせに……」とばかりにジト目になり。

 

「店員さーん、ハイボールもっともっと思いっきり濃い目でー!」


 なぜだろう、ちひろはヤケになったみたいに濃い酒を注文し始めた。

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