第8話「消されたメッセージ」
「いただきまーすっ………………ごちそうさまーっ」
「早っ!? 兄貴食べるの早っ!?」
超速で夕飯を食べ終わった俺に、まだ食べ終わっていない妹のちひろが驚きの声を上げた。
必要ないだろうけど妹のプロフィールを紹介すると……。
運動神経抜群で、色んな運動部の助っ人に駆り出されては凄まじい成績を叩き出している。
茶色がかったツインテールをぽんぽんと跳ねさせながら動き回る様からつけられたあだ名が、『
ちなみに俺との仲は良くも悪くもない。
世間一般の普通の兄妹関係とでも言おうか、基本ぞんざいに扱われてる感じ。
それはともかく……。
「なんでそんなに急いでんの? 兄貴の好きな番組、もうすぐ始まるよ?」
「あーっ、今はいいわ。おまえの好きなの見とけよ、じゃあなっ」
「はあああーっ!? ちょ、ちょっとおおおーっ!?」
ちひろを適当にあしらうと、俺は自室にこもった。
目的はもちろん、渚ちゃんとのお話だ。
「ええと、19時30分って言ってたっけ。渚ちゃんのことだからきっとジャストにかけて……来たああああーっ! やあやあこんばんわ、渚ちゃん!」
震え出したスマホをすかさず取ると、向こうで渚ちゃんがたじろぐ気配がした。
(どうも……こんばんわ、先輩。ずいぶんとテンションが高いですね)
「そりゃあもう愛する恋人からの初の電話だからね! テンションも上がるってもんさ!」
(………………その、いいんですけど。あまりうるさくするとご家族に聞かれませんか?)
「はっ! しまった!? まったく考えていなかった!」
(………………ハア)
深い深いため息をつくと、渚ちゃんはいきなり通話を打ち切った。
「えっ!? ナンデ!? 渚=ちゃんナンデ!?」
動揺のあまり忍殺語を発していると、即座にラインの着信があった。
送り主は渚ちゃん、内容は……。
(ちょっと面倒になったので、こちらでお願いいたします)
「面倒なので!? ってまあこの際それはいいか! とにかく焦った! マジで焦ったわ―! いきなり破局かと思ったわー!」
思ったことをそのまま送信すると、しばらくの間の後……。
(別にこのぐらいで別れようとは思いません)
素っ気ないけれど、たしかな返事が返って来た。
(先輩の人間性については理解しているつもりですから)
「ほおおおー、良かったあー……」
安堵のあまりその場に崩れ落ちる俺。
どんな人間だと思われているのか少し気になったが、ものすごい返答が返ってきそうなのでやめておいた。
そうこうしている間にも、渚ちゃんはポチポチとラインを送信し続けて来る。
スマホの操作に慣れていないせいだろう、速度は遅いしスタンプも絵文字もない文章だけのラインだけど、とにかくひたすら送って来る。
(先輩、そこにいらっしゃいますか? これ、ちゃんと届いていますか?)
「いるいる! いるよ! ちょっと呆けてただけ」
慌てて返信すると、(良かったです)との一文の後、怒涛の如き質問攻めが始まった。
ショートメッセージとはなんですかとか。
自分の位置情報を取得されてしまっても大丈夫なのですかとか。
初心者がつまずきそうな質問を、一から十まで聞いて来る。
「ヤバい……圧が凄い……! 学習塾の講師とかってこんな気持ちなのかな!?」
勉強熱心な生徒にマンツーマン指導しているみたいな気分になって、うぐぅと胸を詰まらせる俺だ。
「一晩中でもつき合うよと言ったのは早計だったか……? いや、だがしかし……これはこれで楽しいっ!」
普段渚ちゃんに教えられてばかりの俺だ。
たまたまでも教えられる側になったのは新鮮で楽しい。
「さあ来い渚ちゃん! きみの知識欲、俺ががっちり受け止めてみせる!」
~~~現在~~~
「……いやあ、まさかホントに一晩中やり取りすることになるとは思わなかったわ」
当時のことを思い返し、俺はしみじみとため息をついた。
「気が付いたら空が白んでましたからね。あれにはわたしもびっくりしました。徹夜なんて初めての経験でしたので」
「翌日が休みで良かったよね。俺、午後まで寝てたもん」
「そうなんですか? わたしはそのまま道場で朝稽古をしましたが」
「真面目っ」
「でも、さすがに辛かったですけどね。ふらふらして父に叱られましたし。あれに懲りて、徹夜はやめようということになったんでしたよね」
懐かしそうに微笑む渚ちゃん。
「あーそうだ、そういえば聞きたいことがあったんだけど……」
あの日の最後のラインに変な部分があったんた。
文章は(先輩、お疲れ様でした。長々とお付き合いいただきありがとうございました)と非常に簡素なものだったのにも関わらず、その後にやたらと長い空白があったんだ。まるで長い文章を書いてから削除したみたいな。
「あれはですね。わたしからの感謝の気持ちです」
ふふ、と笑うと渚ちゃんは言った。
「スマートフォンやラインのこともそうですけど、日頃ありがたいと思っていることを長々と。でも途中で我に返って慌てて消して……結果があれなんです」
「長々と……か、それは残念だったな。是非読んでみたかった」
心から残念に思っていると、渚ちゃんがすすすと身を寄せて来た。
バカ騒ぎをしている周りの連中に聞かれないようにとの配慮だろうか、俺の耳元で囁くように言って来た。
「『先輩、ありがとうございます。こんな時間までつき合ってくださって。こんな形で言うのもなんですが、わたしはいつも先輩に感謝しています。わたしを好きだと言ってくれたこと。可愛いと言ってくれること。様々な縛りがあってもなお見捨てずにいてくれること。わたしにとって先輩は、世の中で唯一の人です。自分と家族以外で唯一気を許せる、大事な人です。願わくば今後とも、末永くおつき合いを……』。そこで我に返って、慌てて全部削除したんです」
楽し気に笑うと、渚ちゃんは俺から身を離した。
「……それが、あの時の? 全部覚えてるの?」
早鐘のように鳴る胸を押さえながら、俺は訊ねた。
「ええ、先輩とのやり取りは、一言一句たりとも忘れていません」
「へえ……そうなんだ?」
ああ、息苦しい。
ああ、顔が熱い。
「あり……がとう……」
恥ずかしさと嬉しさとが一気にこみ上げて来て、一瞬倒れそうになった。
誤魔化すようにジョッキのビールのぐいと
ああ、やっぱりそうなんだと俺は心中で
俺は──
俺はあの頃からずっと、今も──
このコのことが、大好きなんだ──
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