第7話「大丈夫、通報されたりしない」
さて、いったん帰宅してからの再外出。
例によってK越駅前で待ち合わせた俺たちは、その足で携帯ショップに向かった。
「おお……これがすまーとほんしょっぷ……」
お洒落気な内装とスマートな店員さんたちの視線を受けてたじろぐ渚ちゃん。
「大丈夫でしょうか、わたしなんかが入って。勢い通報とかされませんか?」
「入店しただけで通報とかどんな魔境だよ……」
自動ドアのマットの上から店内の様子をきょろきょろ、きょろきょろ。
珍しくも怯えている渚ちゃんが小動物チックでカワいい。
「堂々としてればいいんだよ。中学生同士の客ってのは珍しいかもだけど、向こうも客商売だし、おかしな対応はされないよ」
「そういうものですか」
傍に合った番号札を取りつつラックからカタログを抜き取ると、俺たちは手近にあったソファに座った。
「……先輩はずいぶん落ち着いていますね」
先輩だけずるい、とでも言うかのような、うらめしげな顔をする渚ちゃん。
「そりゃあ携帯ショップ来るの初めてじゃないし。子供だけで来るのは初めてにしても、やり方自体はそんな変わらないだろうし」
渚ちゃんの場合、親の委任状とか身分証明とか様々な障害はあるにしても。
「店員さんだって基本親切な人多いしさ。ビビることはないでしょう」
「……そういうものですか」
その言葉で落ち着けたのだろうか、以後の渚ちゃんは普段の冷静さを取り戻した。
□ □ □
機種選びに難航したものの、契約自体は上手くいった。
店員さんに言われるがままにあれを提出しこれを記入し、押印、支払い。
1時間後には俺たちは携帯ショップを後にすることが出来た。
「終わってみると呆気ないものですね……」
ああでもないこうでもないと悩んだ末に渚ちゃんが選んだのは、モスグリーンの小さなスマホだった。
ずいぶん渋い色合いのものを選ぶねえと言ったら、「
そんな愛校精神の塊みたいな渚ちゃんが、買ったばかりのスマホをしげしげと眺めながらつぶやく。
「正直もっと難航するものと思っていましたが……」
「言ったでしょ? こんなの簡単だって」
「はい、先輩の言う通りでした。わたしは今風のものに過剰に恐れを抱いていたのかもしれません」
いつものようにスケッチブックを取り出し、「今風のものに無闇に恐れを抱かない」とか真面目に書き込み始める渚ちゃん。
「どうせならスマホにメモすればいいじゃない」
「すまーとほんにメモ……そんなことがっ?」
かっと目を見開いて驚く渚ちゃん。
いやいやあなた、スマホをなんだと思ってるのよ。
「簡単だよ。ここをこうして……」
渚ちゃんからスマホを借りてメモ機能を呼び出し、ポチポチと文章を打ち込んでいく俺。
「ほらね?」
「文明の利器……っ」
アンビリバボー、みたいなリアクションをする渚ちゃん。
「先輩はすごいですね。わたし、今初めて先輩のことを尊敬しました」
「尊敬のハードルがめちゃめちゃ低いっ!?」
渚ちゃんが喜んでくれればそれでいいんだけどさっ、いいんだけどねっ?
もうちょっと尊敬しててくれても良かったようなっ?
などと思いショックを受けていると……。
「ところで先輩差し支えなければなんですがもう少し教えていただきたいことがありまして」
ぼそぼそやたらと早口になって渚ちゃんが言うことには、俺のアドレスが知りたいのだという。
「出来れば
「それはもちろん、真っ先に教えようと思ってたよ」
言われるまでもないと俺はうなずく。
手近にあった公園のベンチに陣取ると……。
「じゃあまずはホーム画面を開いて、画面を上にスライドさせれば……うん? スライドがわからない? OKOK、ゆっくりいこうか」
~~~現在~~~
「けっきょくひと通りの操作を覚えるまでに時間がかかって、その日は門限ぎりぎりだったんですよね。お礼もそこそこに駆け足で家に帰ってしまって、ごめんなさい」
照れ臭そうに謝る渚ちゃん。
そうそう、当時の渚ちゃんの門限は18時で、遅れるとえらい怒られるとかで、もんのすごいダッシュで帰って行ったんだよなあ。
「別にいいよ。あれはあれで渚ちゃんの意外な一面が見られて楽しかったし」
「意外な一面ですか……まあたしかに、今となっては考えられませんね。今ではこう……こんな感じですから」
カチャカチャターンッみたいなしぐさをする渚ちゃん。
うーん……ホントに大丈夫? ちゃんと上手く扱えてるのそれ?
渚ちゃんの自己評価に、俺は一抹の不安を覚えた。
完璧超人みたいに見えるけど、このコって意外とポンコツだからなあ……。
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