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 さて、二度の突撃でいい加減三本足のオオカミもダメージが溜まってきている。


 もともとちょっと動きが鈍くなってきていた上に、まともに蹴りを食らい続けていたんだ。


 いくらタフでも限度はあるだろう。


 俺への反応も遅れてきているし……いけるな!


「ふっ!」


 俺はこれまでの突撃よりも勢いよく三本足に突っ込んていくと、すかさず三本足との間にもう一体が入ってくる。


 速度は今回が一番速いのによく反応したなと感心しつつ……【蛇の尾】を伸ばしながら【影の剣】を構えた。


 オオカミは俺の様子から何かを察したのか、俺が近づくよりも先に正面から突っ込んで来る。


 三本足に近づけさせないつもりなのかな?


 ともあれ、俺はそのオオカミの突進を【風の衣】に触れる直前に横にスライドして回避した。


 これまで通りなんだが、流石に何度も繰り返したからオオカミも対応してきた。


 横に躱した俺に低い姿勢で食らいついてくる。


 これなら【風の衣】を破る威力があるし、俺の足を止められるって考えているんだろう。


 三本足が体勢を整える時間を稼ぐにはいい方法だ。


 だが。


「いやー……ちょっと遅かったね」


 そう呟くと、下からの攻撃を上に躱す。


 そして、まずはオオカミの横っ面を蹴り飛ばした。


 特にフェイントを入れたわけでもないのに、躱されることなくその蹴りは直撃した。


 今まで何度も仕掛ける隙があったのに、コイツを無視して三本足の方ばかり狙っていたから、まさか自分が攻撃されるとは思わなかったんだろう。


「驚いたみたいだね!」


 俺は尻尾を前に伸ばすと、地面に倒れたオオカミにさらに追撃で腹部を踏みつけるように足を振り下ろす。


 オオカミは転がるようにしてその一撃を躱したが、代わりに俺の蹴りは地面を砕いて辺りに土砂を振りまいた。


 それ自体は大した威力は無いんだが、不安定な体勢のところにさらに足元を崩したことで、起き上がるのを失敗して、地面に再び転がってしまう。


 その転倒した先には既に尻尾が待ち構えていて、オオカミの頭に巻き付いた。


 オオカミも大人しくされるがままになったりはせず、尻尾を振り解こうと口を動かしたり頭を振ったりしているが……それよりも先に。


「よいしょー!!」


 俺はオオカミに巻き付けた尻尾を支点に、【浮き玉】を手繰り寄せると、ガラ空きの首目がけて【影の剣】を振り下ろした。


「……決まったね」


 巻き付けた尻尾の中で動いていた頭も、胴体から切り離したことで急に動かなくなった。


 痙攣するオオカミの体から目を離さないようにしていたが、【妖精の瞳】やヘビの目から見える光が急速に小さくなっていくことも合わせて、ようやく死んだことを確信出来た。


 ……まぁ、普通首を切断したんなら死ぬんだが、カエルもどきの件もあるしな。


 頭部を捨てたとたんに、動いて襲って来られたらたまったもんじゃないし、気を抜かなかったんだが……もう大丈夫だろう……と考えながらも、念のため遠くに頭部を投げ捨てると、再び視線を三本足に向けた。


 ◇


「やぁ、お待たせ」


 三本足に向かってそう言うが、俺から離れるように後ずさるだけで、何もしてこない。


 俺はその姿を眺めながら首を傾げる。


「足を一本なくして、さらにアレだけ痛めつけられても士気を保っていたのに……よっぽど相方が先に死んだのが衝撃だったのかな?」


 士気をくじけたのは喜ばしいことだが、別に俺がもう一体の方を先に仕留めたのはそれを狙ったわけじゃない。


 コイツらがどんな関係性だったのかはわからないが、三本足を狙うととにかく妨害をしてきたし、倒しやすいのは三本足の方だが、厄介なのはもう一体の方だった。


 三本足を狙えば妨害に来るし、釣り出すことは難しくないだろう……ってことで、タイミングを計って仕掛けたんだ。


 最初の蹴りを躱されて、倒すのをもたついている間に三本足に逃げられるってのを警戒して、仕掛けるタイミングを探っていたんだが……思ったよりも上手く行ったな。


 警戒を解いたりはしないが、俺は薄く笑いながら三本足に近づいて行く。


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 オオカミは近付いてくる俺から三本の足で器用に下がって行く。


 もう俺は数メートルの距離にいるんだが、今までなら襲い掛かって来ていたのに、唸り声も上げずに唯々下がって行くだけだ。


「オレから視線を外さないし、戦意を喪失したってわけじゃないんだろうけれど……」


 これで瀕死だとかなら、俺も素直に戦意喪失しているって考えるんだが、【妖精の瞳】とヘビの目で見ると、まだまだ余力があるのがわかる。


 確かに足一本失っているのは大きいとは思うが、そもそもコイツは強力な魔獣だ。


 この程度の負傷でどうにかなるような軟な生き物じゃない。


 後ずさる三本足を追って前に詰めていっていたが、一旦そこで停止して三本足の様子を確認することにした。


「……雨で流れていたから気付かなかったけど、よく見たらもう血も止まってるね。やっぱりそこまで弱っているわけじゃないか……」


 となると、何か狙いがあるよな?


 弱ったフリをして一発逆転でも狙っているのか……それとも逃げる隙を窺っているのか。


 まさか、この期に及んで見逃されるとかは考えていないよな?


 もしかして、さらなる援軍を待っているとか?


 この辺の目ぼしい魔物はもう全部こっちにやって来たか、森の奥に逃げていったかしたから残っていないはずだし……と、三本足を睨みながら考え込むが。


「はぁ……考えるだけ無駄か」


 溜め息を吐いて、そう呟いた。


 何かあるのかもしれないが、とりあえずそれはコイツを仕留めてから考えよう。


 俺は「よし!」と気合いを入れ直すと、突撃体勢をとった。


 そして、いざ突っ込もうとしたんだが……。


「むっ!?」


 北側から爆発音は何度も響いていたが、今までで一番デカい爆発音に思わず【浮き玉】を止めて、そちらに顔を向けてしまった。


 魔法が着弾したことで舞い上がった土砂と、蒸発して出来た霧とで肉眼では何が起きているのかわからないが、向こう側にまだ大量に残っていた魔物たちの気配が大きく減っていることがわかった。


 今の一発で纏めて消し飛ばしたんだろう。


 残りはもう僅かだし、向こうの戦闘が終わるのも時間の問題か……と、三本足に視線を戻そうとしたところ。


「……んっ!?」


 三本足が北側に向かって駆けだしていった。


 後ろ足が一本ないからその分速度は落ちているものの、しっかりとした足取りで中々の速さで、先程までの弱々しい姿とは大違いだ。


 向こうの魔物の数が多い状況なら合流する理由もわかるんだが、何で数を減らした今そんな真似をするんだろう……?


 わけがわからないが……好き勝手させるわけにはいかないし、後を追おう!


 ◇


「んんん??」


 三本足にはすぐに追いついたが、その頃には、既にジグハルトが土砂を魔法で吹き飛ばしていて、視界はクリアになっていた。


 お陰で状況が把握出来るんだが……北側で戦っていた皆と魔物たちを横から見える位置で止まっていて、魔物たちと合流する気配は感じられない。


 しかも、いつでも参戦出来るように身構えているのかと思えば、完全に座り込んでいる。


「どういうことだろう?」


 俺もそうだが、ジグハルトたちも対峙する魔物を横目に三本足のことが気になっているようだ。


 とりあえず……。


「コイツはオレが相手するから、皆は目の前の魔物を! ……おぉ……」


 皆は魔物を倒すことを優先して……と、全て言い終えるより先に、ジグハルトが頷いたかと思うと、魔法を連発して残った魔物を一気に倒してしまった。


 どの魔物も何の対処も出来ずに一撃で貫かれている。


 即死だな。


 こんなことが出来るんならさっさと倒してしまえばよかったのに……と思ったが、魔物を貫いて着弾した先の地面が蒸発しているし、混戦していると迂闊に使うわけにはいかないか。


 何はともあれ、これで残った魔物はこの三本足だけだ。


 時折耳を動かして俺の様子を探っているが、視線はこちらに歩いてくるジグハルトに向けたまま大人しく座っている。


「セラ、こっちは片付いたが……ソイツはどうする?」


「うん。さっさと仕留めちゃうよ」


 三本足を指したジグハルトの言葉に、俺は迷わずそう答えた。

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