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「はぁっ!」


 気合いの声と共に、いつも通りに左足を前に突き出して突っ込んでいく。


 それを見てオオカミは一度足を止めたが、すぐに俺に向かって走り出した。


 このままぶつかっても、攻撃を凌げる自信があるんだろう。


 今までがそうだったし、そう考えるのも間違いだとは言わないが……二対一だったさっきまでと違って一対一だ。


 コイツの強さに変化は無いが、攻めきれずに時間稼ぎを行っていたさっきまでとは違うぞ!


 突っ込んで来るオオカミに怯まずに、そのまま頭部目がけて蹴りを放った。


 狙い通り蹴りはオオカミの額に突き刺さったんだが……。


「おっとっ!? 一発じゃ無理か」


 無理に堪えたりせずに、蹴りの威力を利用して後ろに大きくジャンプした。


 着地すると何度か頭を振っているし、ダメージはあるんだろうが……すぐに俺を睨んでいるあたり、行動に支障をきたすほどじゃなさそうだ。


 一の森で倒したオオカミがそうだったように、蹴りだけじゃ仕留めることは難しいってことはわかっていたが、頭部に当ててもこうなるか……と、オオカミのタフさに少々驚いた。


「でも……完全に堪えたり、威力を受け流したり出来るわけじゃないんだね。それなら、問題無しだ!」


 アレク辺りなら盾で無効化出来そうだが、コイツはただ単に身体能力で堪えて我慢をしているだけだ。


 無効化されたわけじゃないし、このまま攻め続けていたらそのうちボロが出るだろう。


 体勢を整えると、俺の周りをグルグルと移動しながら隙を窺っているオオカミに再び突っ込んで行く。


「ほっ! ……て、おぉっ!?」


 先程の繰り返しのように、頭部に直撃するコースだったんだが、当たる寸前で足の下を掻い潜って来た。


 上手く躱されてしまったと一瞬驚いたが、その直後に背後から伝わって来た【風の衣】を破られる衝撃と、【琥珀の盾】が割れる音ですぐに立ち直った。


 俺は尻尾を振り回すと、小さく響いた悲鳴を他所に【風の衣】と【琥珀の盾】を再度発動する。


 そして。


「はっ!」


【琥珀の盾】の破片のダメージに驚いたのか、動きが完全に止まっているオオカミの腹部に蹴りを放った。


 ◇


 初めの一発を除けば頭部に蹴りが決まることはなく、未だにオオカミを仕留めることは出来ないでいた。


 堪えはしていたものの、やはりダメージはしっかりとあったんだろう。


 オオカミは頭部への直撃を避けるために、無理な姿勢の変更を繰り返しては、その都度横っ腹や背中に蹴りを食らっていた。


 それでも立って動けている辺りコイツのタフさは相当なんだが……それでも流石に初めに比べると動きが鈍くなってきている。


 最初のうちはコイツの反撃も【風の衣】を破ったりしていたが、だんだん直撃はおろか、掠ることすらしなくなってきていた。


 このまま着実にダメージを積み重ねていってもいいんだが……。


 俺はチラッと背後にいるもう一体のオオカミの様子を探った。


 目潰しを食らった上に足元が炎上して、大分感覚を狂わせたつもりだが、地面をのたうち回ったりはしていないし、少なくともパニックにはなっていない。


 まだ視力は戻っていないようで、炎から離れた場所に下がって大人しくしているが、こちらの戦闘の様子を探るように耳や鼻が動いているのがわかった。


「復帰はまだみたいだけど、グズグズも出来ないね。そろそろコッチを片付けようか……」


 再び視線をコチラのオオカミに戻すと、俺の隙を探るように左右を行ったり来たりしていた。


 足取りはふらついたりせずしっかりしているのに、よそ見をしていた俺に仕掛けて来なかった辺り、どうやら俺を倒すのは難しいってのがわかって来たみたいだ。


 俺は邪魔にならないように解除していた【影の剣】を伸ばしながら、ウロウロしているオオカミに近づいて行く。


「二体揃っていたら違ったかもね。もちろん、そうなったらオレは諦めて大人しく時間稼ぎに徹してたけど……まぁ、上手いこと分断出来たオレの作戦勝ちだね?」


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 オオカミに向かってまっすぐ突っ込んで行って、これまで通り頭部目がけて蹴りを放つが……動きが鈍くなってきたとはいえ流石に真正面からの蹴りは躱されてしまった。


 だが、ここからが本番だ!


「ふっ!」


 すれ違いざまに急旋回をして背部に回り込むと、勢いよく踏みつける。


 サイズがデカいだけあって一発で仕留めることは出来なかったが、それでも転倒させることは出来た。


 俺の蹴りを躱すために飛び退いただけだったから、オオカミの方の速度はそこまで出ていなかったし、精々何度か転がるくらいだ。


 そのまま見送ればすぐに起き上がりかねないが……。


「よいしょっ!」


 地面を転がっていくオオカミの尻尾を【猿の腕】で掴むと、引き離されないように体をオオカミに引き寄せる。


 オオカミは転がりながらも、起き上がろうと後ろ足で地面を蹴って体を跳ね上げた。


 尻尾を掴んでいた俺は、その勢いに引っ張られて振り放されそうになるが、さらに尻尾も巻き付けることで何とか堪える。


 そして。


「はぁっ!!」


 跳ねあがった後ろ足目がけて【影の剣】を振るった。


 その一撃は狙い通りオオカミの右後ろ足を斬り飛ばす。


 俺は飛んで行くその足を見ながら「よし!」と呟いた。


 一撃で仕留めるには、首や心臓がある位置を狙うべきだが……確実にダメージを与えるためには、決着を急がずに端っこからだ!


 俺は掴んでいた尻尾を放すと、一旦オオカミから距離をとった。


 そしてオオカミに視線を向けるが……。


「ふん……まぁ、足一本じゃまだまだか」


 足が三本になったことで体勢が少々不安定になっているが、それでもまだまだ士気は折れていないようで、唸り声を上げながら俺を睨んでいる。


「あのまま尻尾を掴んでいたら、噛みつかれくらいはしていたかもね。それに……」


【風の衣】と【琥珀の盾】があることだし、直接俺にその攻撃が届くことはないが……コイツと連携されていたらどうなったかわからない。


「復活したか……。こうなる前に倒しておきたかったんだけど、予想より早かったね。それともオレがもたついたからかな?」


 まだ消えていない炎を突っ切って、目潰しに苦しんでいたもう一体のオオカミがこちらに駆け寄って来ていた。


 ◇


 復帰したオオカミは、足を斬られたもう一体を守るように足が無い右側に立っている。


 目潰しの影響や炎のダメージもなさそうだし、コイツはまだまだ余力も残っているみたいだな。


 とりあえず牽制がてら、適当に周囲を回りながら尻尾でちょっかいをかけてみるが、ダメージを受けるようなものではないとわかっているのか、尻尾は全く気にもせずに俺から目を離そうとしない。


「体力だけじゃなくて頭の方もまだまだ働いているみたいだね。……でも、これで底は知れたかな?」


 俺は再び突撃体勢を取ると、三本足の方目がけて突っ込んでいく。


 それを阻止しようともう一体が飛びかかってくるが、横にスライドすることで掠らせもせずに、その攻撃を回避する。


 そして、そのまま突っ込んでオオカミを蹴り飛ばすと、地面を転がるオオカミに追撃を入れたりせずに、蹴りの勢いのままその場を離脱した。


 十メートルほど離れたところで反転すると、蹴りを食らって起き上がれずに地面に転がったままのオオカミに向かって、再度突撃を行う。


 先程同様に、無事な方の個体が俺の攻撃を妨害するために飛びかかってくるが……結果は同じで、その攻撃は空振りに終わる。


 そして、また蹴り飛ばされる三本足。


 背後から襲ってくる気配を感じるが、既に俺は離脱を終えている。


 余裕をもって振り向くと、ソイツは牙をむいて三本足の前に立ちふさがっていた。


 とにかく三本足を守って、二対一の状況を維持したいようだ。


 仲間想いなのは大変結構なんだが……。


 俺は二体のオオカミを見て「ふっ……」と笑う。


「オレが尻尾で牽制をしている時に、バラバラに逃げるべきだったね。そうしたら、どちらかは生き残れたかもしれないのに……」

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