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 俺が即答したことが意外だったのか、ジグハルトや他の兵たちも「おや?」ッといった表情を浮かべた。


「まあ……魔物は逃がさないとは思っているが、大人しくしている魔物が相手なのに即答するとは思わなかったな。何かあったのか?」


 ジグハルトの言葉に、周りの兵たちも頷いている。


 俺はコイツらにどういう風に見られているんだろう……と思わなくもないが、一先ずそれを聞くのは後回しにしよう。


 とりあえずコイツが動く前に皆に周りを囲んでもらうように指示を出そうと、一瞬視界から外してしまったが。


「っ!?」


 今まで大人しくしていたオオカミが、足一本欠けているとは思えない勢いで突っ込んできた。


 ジャンプしたりせずに、地面を走って体当たりも兼ねた本気で俺を仕留めに来る攻撃だ。


 風を突き破って突っ込んできた体当たりに、【風の衣】が破られて【琥珀の盾】も砕かれる。


「セラっ!?」


 辺りに甲高い音が響いたと同時に、ジグハルトが声を上げるが。


「大丈夫!」


 驚きはしたものの、【風の衣】が破られた時点で真上に飛び上がっていた。


【琥珀の盾】まで砕かれたのは予想外だったが、何かしてくるかもと警戒はしていたからな。


「ほっ!」


 飛び上がって追撃をしてくる三本足を尻尾で叩き落とすと、再び【風の衣】と【琥珀の盾】を発動した。


 周りを包囲してから仕留めようと思ったが、もうそれを待たずに一気にやってしまおう……と思ったんだが。


 俺が突っ込む前に、既にジグハルトが魔法を放っていた。


「んなっ!?」


 爆発音に加えて、強烈な閃光に思わず目を塞ぐとともに、さらに上昇して上空に逃れた。


 驚いたのは俺だけじゃなくて、皆も急な一撃に対処が間に合わなかったようで、あちらこちらで悲鳴が上がっている。


 とは言え、音と光は強烈だったが衝撃は襲ってこなかったし、範囲は絞った一撃だったようだ。


 もしかしたら……。


「ふぅ……びっくりした。えーと……」


 すぐに目を塞いだから、数秒で視力は戻って来た。


 とりあえずどうなったかを確認するために地上に視線を向けると、ジグハルトから俺が先程までいた位置とその先まで、魔法で地面が焼かれていた。


 さらに。


「やっぱりか……」


 魔法で消し飛んでしまったんだろう。


 俺がいた場所からさらに先の位置に、オオカミの頭部と半身が転がっていた。


 ◇


「大分追い詰めていたのに悪かったな」


 ジグハルトの下に下りていくと、彼は肩を竦めながらそう口にした。


「いや、いいけど……周りに俺たちがいたのにあんな魔法を使うなんて珍しいね。あのままでも問題無く凌げたんだど……」


 凌げたと言うよりも、実際に不意打ちを凌いでいたわけだし、後は止めを刺すだけだったのはジグハルトも見ていたはずだ。


 にもかかわらず、俺や兵が周りにいる状況であれだけの威力の魔法を使うなんて、珍しいというか……あまり彼らしくないな。


 俺は不思議に思って首を傾げていると、同じく視力が戻って来たのか、兵たちがこちらに集まって来た。


「副長があそこまで攻め込まれたからじゃないか?」


「うん?」


 その言葉に「?」と首を傾げると、別の一人も加わって来た。


「そうだな。加護と恩恵品の両方が破られていただろう?」


 二人の言葉に「なるほど?」と頷きながらジグハルトに視線を戻すと、苦笑しながら口を開いた。


「まあ……そういうことだ。流石にアンタに何かあったら俺の首がヤバイ。対処は出来ていたし、アンタにはさらにヘビもいるから問題無いのはわかっていたんだが……さっさと始末させてもらった」


「ふぬ……まぁ、片付けられたし全然いいんだけど……」


 今回の一行の隊長は、便宜上は俺ではあるが、実質的な責任者はアレクとジグハルトの二人だ。


 首がどうのってのは大げさ過ぎるが、これでも俺はそこそこ立場がある身だし、それを思えばジグハルトのあの反応も仕方ないだろう。


「それにしても……」


 俺はそう呟くと、オオカミの残骸を見る。


 アレだけ色々手こずらされたのに、いざ決着……となると随分とあっさりだったな。


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 最後に残っていた三本足をジグハルトが仕留めたことで、ここでの戦闘は終了した。


 念のため上空から周辺を眺めて、近くに潜んでいる魔物がいないことも確認してから地上に降りていくと、ジグハルトを残して隊の皆は死体の処理に向かっていた。


 まぁ……相当な数の魔物だったもんな。


 怪我の治療で下がっていた兵たちも合流して、忙しそうに働いている。


 ジグハルトはここから全体の警戒をしているってところかな?


「上から見て来たけど、魔物の姿は無かったよ」


 そう言うと、ジグハルトは一息吐いて構えを解いた。


「ご苦労だったな。西側はどうだった?」


「西……? あぁ、アレクたちね。拠点から煙は上がってたけど一本だけだったし、異常は起きてないはずだよ」


 向こうのことはすっかり頭から抜けていたが、煙が一本上がっている以外は何も変化は無かったし、戦闘が起きた気配も無かったから、大丈夫なはずだ。


「そうか。まあ、何か起きたのなら伝令くらい寄こすだろうしな……」


「そうだね。むしろオレたちの方が送った方がいいんじゃない? ジグさんの魔法は結構音が響いてたよ? こっちの処理が終わったらオレが行ってこようか?」


 今回ジグハルトが直接魔法を使ったのは数回だったが、その数回が結構デカかったんだよな。


 恐らく向こうにも爆発音は届いていたはずだ。


 それでも何も反応が無いのは、こっちから動くと考えているからだろう。


 戦闘面はジグハルトがいるし、伝令に関しては俺がいるからな。


 ジグハルトもそう思ったのか「そうだな……」と頷いた。


「だが、その前に確認しておくことがあるな」


「うん?」


 俺が訊ねると、ジグハルトは「アレだ」と言いながら、十メートルほど離れた場所に転がっているオオカミの頭を指した。


「お前、随分とあのオオカミに恨まれているようだったが、何かしたのか? アイツは……確か俺がここで抑えていたヤツだよな?」


「あぁ……アイツね。まぁ、蹴ったり斬ったりはしたから敵意は持たれてるとは思ったけど、それにしては随分しつこかったよね」


「それだけか? 見逃さないと即答していたし、何か心当たりがあるのかと思ったんだが……」


 俺の言葉にジグハルトは眉を顰めている。


「恨みも何も、オレは外で魔物と遭遇したらほとんど倒してきたからね。特に一の森では。まぁ……この間は逃がしちゃったけど、それでも種族が違うし、関係は無いはずだよ」


 流石に全てを……とは断言出来ないが、あまり深くまでは入っていなかったし、手に負えないほどの群れを見つけたら退いていたから、俺の存在を知っている魔物はほとんどいないはずだ。


 俺は頷くと、話を再開する。


「こっちに合流する前に森の中で倒したオオカミも、さんざん痛めつけたのに最後まで抵抗していたからね。それに、こっちで相手していたもう一体もやたらしつこかったし……。コイツだけ大人しく諦めるとは思わなかったんだ」


「まあ……実際に一瞬の隙を突いて仕掛けていたからな。それにしても、他の二体も似たようなもんだったか……」


 腰に手を当ててしみじみと言うジグハルトに「そうそう」と頷くと、簡単にだがボス格のオオカミたちとの戦闘について話すことにした。


 ジグハルトはずっとあの二体のオオカミと睨めっこをしていたが、戦闘は行っていなかったし、どんな性格なのかとかもわからなかっただろうしな。


 ◇


 ってことで、森で倒した一体とこっちで戦った二体との戦闘の様子をジグハルトに話していた。


 話をしている間は彼は精々相槌を打つ程度で、特に何かを言うことはなかったんだが、話を終えると「なるほどな……」と口を開いた。


「親子か兄弟か……そんなところだろうな」


「……その三体が?」


「ああ。直接戦ったわけじゃないが、三体とも似たような力だっただろう? 同じ環境で長く一緒に行動していたからだろうな。同格の魔物が敵対せずに一つの群れで協力し合えば……まあ、実力以上の規模の群れを維持出来るはずだ」

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