775

1622


 ポーションを渡した後は上空から周囲に魔物がいないかを探っていたが、草原地帯にも背後の北の森にも、こちらを狙っている魔物の姿は見当たらなかった。


 まぁ、ジグハルトの魔力が相変わらず周囲を覆っているし、北の森の魔物でここに近づけるようなのはいないだろう。


 一先ずこの周辺は安全かな。


「とりあえず……この辺に魔物はいないね。このままここに残る?」


 地上に降りた俺は兵たちにそう声をかけた。


 俺が上空に上がっている間に治療は終わっていたようで、各々立ち上がって鎧を身に着けている。


 やはり高品質のポーションだけあって効果も高く、治療を受けていた兵たちの顔色はすっかり良くなっていた。


 一見もうこのまま戦闘に復帰できそうだが……どうなのかな?


「どうするお前たち?」


 治療役の兵が、四人に向かってそう訊ねると、各々顔を見合わせた。


 そして。


「俺はいけるが……お前たちは止めておいた方がいいだろう。まだ負傷者が出るかもしれないし、ここは必要になるはずだ。ここの警備を任せた」


 一人がそう言うと、残りの三人が口々に答える。


「……そうだな。向こうの魔物が相手だとまだ厳しいかもしれないが、コッチの魔物が相手ならどうとでもなるだろう」


「あのオオカミに顔を覚えられていたら、また狙われるかもしれないしな。これ以上足を引っ張るのはごめんだ」


「復帰してまたすぐにこっちに送り返されてもな……向こうは任せた」


 こちらに待機する三人がそう纏めると、戦闘に復帰する一人が「おう」と頷いていた。


 見た感じだけならもう完治していそうだったんだが……まだ駄目だったか。


 通常の魔物は平気でも魔境の魔物は一味違うし、無理はしない方がいいと判断したんだろう。


「……まあ、そういうことだ。副長、行こうぜ」


「む、了解」


 そう答えると、速度を合わせて皆が戦っている場所に向かって移動を開始した。


 ◇


「……さっきまでもたついていたのが突破してきてるね。いける?」


「ああ、問題無い!」


 隊の下に向かいながら前方の様子を探ってみると、魔法で荒れ果てた足場に苦戦していた魔物たちが、その荒れたエリアを突破して魔物の群れと合流しているのがわかった。


 それまでの間に大分魔物の数を減らせていたから、全体の数だとそう大差は無いが、ウチの兵たちは戦いっぱなしだし……どこかでミスが出たら、そこをきっかけに大崩れしかねない。


 とりあえず【祈り】は必須だな。


「見えたな。副長はどう動く?」


「オレはかき乱し役。止めは皆に任せるよ! ……せーのっ!」


 戦闘中の隊員たちが【祈り】の範囲に入ったところで、俺は【祈り】を発動すると。


「先に突っ込むから、まぁ……いい感じに合流してね!」


 そう言って、一緒に走っていた兵を置いて魔物の群れに向かって突っ込んでいく。


 兵たちの頭の上を越えて魔物たちの前に飛び出ると、そのまま手近な魔物に向かって蹴りを放った。


 特に身を隠すような小細工もせずに、正面からただ突っ込んでいっただけだったこともあって、放った蹴りは避けられてしまったが……それでも、しばらく戦線から離れていた俺の一撃はそれなりに効果があったようで、兵たちの前に広がっていた魔物たちは、一歩二歩下がって行った。


 皆の前に出た俺の下に兵の一人が近づいて来る。


 俺に治療組の援護に向かうように言った兵だ。


「副長、向こうはもういいのか?」


「うん、治療は終わったよ。でも、戦闘に復帰出来るのは一人だからね」


「問題無い。それで十分だ」


 そう言うと、大きな声で全体に指示を出していった。


 そして、それが終わると小声で話しかけてきた。


「どうだ? アンタは好きに動いてもらってもいいんだが……出来ればもう少しこちらをさっきやっていたように手伝って欲しい」


「いいよ。それよりも、新しい負傷者が出たみたいだね。重傷?」


「いや、初めの連中ほどじゃない。向こうを突破してきた魔物が突っ込んで来て、それを受け止めた際に負傷した。まあ……軽傷だ。一度下がらせるが、すぐに復帰出来る」


 その言葉に「それは結構」と答えると、魔物の列に向かって突っ込んで行った。


1623


さて、俺が戦列に復帰してから魔物を倒すペースに変化が出たかというと……実はあまり変わっていなかった。


自分で言うのもなんだが、決して俺の戦い方が通用していないというわけではない。


最前列で順調に魔物を蹴散らしている。


ただ、この雨の中長時間移動を繰り返した後で魔境の魔物相手の戦闘だし、【祈り】の効果があったとしても、やはり疲労は隠せないようだ。


疲労から少しずつ連携にミスが出てきて、その隙を突かれ攻撃を食らう回数が増えてきている。


「はっ!」


【緋蜂の針】での蹴りをゴブリンに向かって放ったが、見晴らしの良い草原だけに俺の動きをしっかりと捉えていたようで、当たる直前に躱されてしまった。


しかも、【影の剣】の追撃が届かないように、しっかりと距離をとっている。


急いでいたから少々雑に突っ込んだとはいえ、ゴブリンに余裕をもって躱されるのはちょっとショックだな。


まぁ……。


「よいしょっ!」


着地で体重がかかっていたゴブリンの足元を、伸ばした尻尾で薙ぎ払って転倒させる。


「ふっ!」


そして、起き上がる前に接近すると【影の剣】で首を刎ねて止めを刺す。


三手もかかってしまったが、とりあえずまた魔物の群れから一体減らすことが出来た。


「ふぅ……どうにも……よくないね」


倒したゴブリンの死体の上で、周囲を見渡した。


戦列は維持出来ているし魔物を倒すペースも落ちてはいないが、ダメージを負った兵が増えてきている。


まだ離脱するほどではないが、


俺が加わってなおこの状況ってのは、ハッキリ言って不味いと思う。


だが、いくら魔境の魔物で数が多いとはいえ、ここまで押されるとは思えないんだよな。


ボス格の二体はジグハルトがしっかり抑え込んでいて、鳴き声一つ上げられずにいる状態だし、何かしているとは思えない。


アイツらは関係ないだろう。


そうなると。


俺は一度戦列の後方に下がると、周囲の兵に聞こえるように大きな声で呼びかけた。


「ねー!」


「どうした!? 副長!」


俺の呼びかけに、兵の一人が目の前のオオカミをけん制しながら返事をした。


「コイツらの戦い方って、ずっとこんな感じなの!? 何か面倒臭過ぎない?」


「いや! 数も増えたが手強くなっている!」


さらに別の兵も大声で続いてくる。


「全体的に、突っ込んで来るんじゃなくて俺たちの動きを待つようになっているぞ。戦い方が群れ単位で変わった!」


「だよねー! 足止め食らっていたグループと合流してからかな!?」


俺は一の森から出て来てすぐに、手前で足止めを食らっていたグループと戦っていたんだが、今は群れ全体がソイツらと同じような動きをしている。


足止めを食らわずに突破してきた先行組が数を減らされて、足止め組が多数派になってきたことで全体の戦い方がそちら側になったとも考えられるが……。


「オレがここを離れても大丈夫そう?」


「ん? 後ろに下がるのか?」


「いや、前に出る。森に入るよ」


ジグハルトが抑えているオオカミたちにも、今俺たちが対峙している魔物の中にも指揮をとれそうなのは見当たらないが、まだ森の中に潜んでいるかもしれない。


森の外で倒した魔物の大半はあのオオカミたちの群れだったと思うが、それとは違うグループもいたのは確かだ。


俺が気付けなかっただけで、そいつらを纏める個体がその中にいたのなら、そのまま全体をコントロールしているかもしれない。


「このままズルズル長引いて、離脱する人が増えても面倒だし、それから探しに行っても遅いでしょう」


「……そうだな。だが、アンタ抜きだと長時間は厳しいぞ」


「大丈夫。浅瀬を軽く見て回って、何もいなかったらすぐに戻ってくるよ。ついでに裏に回る」


そう言うと、俺はその場を離れた。


そして、戦闘が行われている場所を見つけると、真っ直ぐ突っ込んで行って魔物たちに蹴りをぶち込んで行った。


俺が仕留められた魔物はいなかったが、何体か兵が仕留めていたし、離脱前の援護としては十分だな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る