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 俺の接近に対処する余裕がなかったのか、追いつきざまに放った蹴りは躱されることなく直撃した。


「どうだっ!? って、耐えるか……」


 背部から斜めに蹴りが直撃したことで倒れはしたものの、すぐに起き上がるとまた走り出した。


 起きてすぐはまだよろついていたが、十メートルも走るともう足取りはしっかりしている。


 蹴った感触はしっかりあったし、もう少しダメージはあると思ったんだが、このタフさは流石魔境の魔物って感じだ。


 勝てる相手ではあるが、もしコイツが万全の状態で正面から戦うことになっていたのなら、それなりに苦戦をしていたかもしれないな。


 だが。


「このレベルの魔物が相手だと、ちょっと【緋蜂の針】だけじゃ力が足りないか。でも……もう追いついたし……後は決めるだけだね!」


 蹴りを放った状態から体勢を立て直すと、俺は前を走るオオカミに向かって再度【浮き玉】を加速させる。


 あっという間に追いつくと、「ふらっしゅ!」と目潰しの魔法をオオカミの鼻先に放った。


 相変わらず目潰しの魔法は相手の強さに無関係に、効果を発揮してくれる。


 鼻先で炸裂した目潰しに、オオカミは悲鳴を上げるとバランスを崩してしまい、地面を勢いよく転がっていった。


「よし……! せーのっ!!」


 転がっていったオオカミに追いついた俺は、まずは頭部に左足を振り下ろした。


 背中への蹴りは耐えることが出来ても、頭部にこの一撃をもらったら流石に耐えるのは無理だろう……と、深く考えずに単に踵落しを選択したんだが。


 オオカミは目潰しを食らった上で地面に倒れた状況なのに、俺の一撃を首を反らして回避してみせた。


 まさか躱されるとは思っておらず、地面に足が突き刺さった状態で「へ?」と固まってしまった。


 さらに動きを止めた俺と違って、オオカミの方はさらに行動を重ねてくる。


「おわっとぉっ!? びっくりしたぁ!!」


 だが、首だけの力では【風の衣】を破ることは出来ず、近付いた瞬間に弾かれた上に、発動状態の【緋蜂の針】が放つ雷で頭部を撃たれてしまった。


 たとえこの二つを突破しても、【琥珀の盾】があるから俺にダメージを与えることは出来ないが……。


「……こわぁ」


 腹部が小さく動いているし息はまだあるみたいたが、今度こそ動けなくなっているオオカミを見下ろして、胸をなでおろしながら思わずそう呟いた。


 正直あそこから仕掛けて来るとは思わなかった。


 取り乱しての逃げっぷりからは考えられない粘りようだし、本当に驚いた。


 走っている間に頭が冷えでもしたんだろうか……?


 ともあれ、一の森の浅い場所にいる群れだとはいえ、やはり魔境の魔物を束ねる力を持っている魔物だ。


 油断したつもりは無いんだが、どうやら甘く見ていたらしい。


「……よいしょっ! ふぅ……皆、お願い」


 俺は地面から左足を引き抜くと、尻尾でオオカミの体を押さえながらヘビたちに攻撃をするように指示を出した。


 恐らくこれでも仕留めることは出来ないだろうが、さらに弱らせることは出来るだろう。


 ヘビたちはオオカミの体に食らいついたかと思えば、体内に潜り込んで行き、魔力をドンドン食らっていく。


「……こんなところかな? 戻って来て」


 ヘビたちをオオカミから戻って来させて、代わりに【影の剣】を伸ばしながら近づいて行く。


 さんざん痛めつけられたことで体はもうまともに動かないが、それでも戦意は残っているようで目だけで俺を睨みながら、小さな唸り声を上げている。


 俺は体を押さえ付けている尻尾をのけると、今度は頭部を地面に強く押さえ付けた。


「よいしょっ!」


 噛みつこうとしているのか口が動いているのを尻尾越しに感じるが、俺はそれを無視して右手を首目がけて振り下ろす。


 刃は抵抗なく首に入っていって、そのひと振りで首を切断出来た。


 その状況まで持って行くのが意外と大変なんだが、やはり生き物相手だと【影の剣】の威力は断トツだな。


 尻尾をどかすと頭部がゴロゴロと地面を転がっていく。


 それを見て、「ふぅ……」と息を吐きながら、戦闘態勢を解除した。


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「……ふむ。コイツを倒しただけじゃ、全体には影響は無いのか」


 奥に構えていたボスの一体を倒したことで、何か群れの動きに変化は起きたかな……と、周囲の様子を探ってみたんだが、今のところ何の変化も起きていない。


 まだ倒したばかりだし、時間が経てば少しは変化があるのかもしれないけれど……群れは維持されたままだ。


「まぁ……オレが裏に回り込んだのは、コイツが他の魔物を呼び寄せたり、森の奥から魔物をけしかけたりするのを防ぐためだったしね。ちょっと予定とは違ってしまったけど、結果としてそれを防ぐことは出来ているし……まぁ、いいよね? ……でも、後もう一体いるんだよね」


 足元に転がっている頭部のないオオカミの死体を眺めながら、そう呟いた。


【風の衣】は解除していないし破られてもいないから、先程までと変わらず鼻で俺を捉えることは出来ないはずだ。


 ただ、コイツを倒す際に恩恵品を色々使ったし、高速で移動をしていたからそれで何かを気付いている可能性もある。


「……となると、まだまだ森の中に魔物は残っているし、森の中にいるもう一体がどう動くかだよね。オレの存在に気付いているかはわからないけれど、コイツが死んだことはすぐにわかるだろうし、何かしかけて来るかな?」


 完全に背後から不意を突いたコイツと違って、背後に何かいるってことに気付いた場合の動きとなると……前に突っ込むか、こっちに突っ込んで来るか、どっかに逃げるか……色々あるし……。


「はぁ……考えてる時間が無駄になっちゃうか。さっさと行こう」


 俺は「よし!」と気合いを入れ直すと、森の浅瀬で構えているもう一体目指して移動を開始した。


 ◇


 今度は浅瀬のオオカミの下にコソコソと向かい始めてしばし。


 接触するまで残り数十メートルほどの距離までやって来た。


 他の魔物の視界に入らないようにコソコソと動いていたから、真っ直ぐ一直線に……とはいかなかったが、とりあえずまだ俺の存在には気付かれていない……はずだ。


 先程倒したオオカミは視界を取るために大岩の上に登っていたが、そちらと違って浅瀬の方のオオカミは地面に立っていた。


 お陰で木が邪魔で直接肉眼で姿を捉えることは出来ないが、【妖精の瞳】やヘビの目を通して見た感じだと、予想通り強さもサイズも他のボスたちと大差はないようだ。


 だが、後ろのオオカミが死んだことには気付いているはずなのに、背後を気にする様子は無い。


 距離が近い分、ジグハルトの方を警戒しているのかもしれないが、別の個体だしごとの性格は違うのか。


 これならコイツも不意を突けるかも……と、一気に突撃しようと思ったその瞬間。


「……んっ!? 前に出た?」


 今までたたずんでいたオオカミが急速に遠ざかっていく。


 さらに、その動きに釣られてなのか、周囲の魔物たちも一緒に走り出していた。


「追わないと……いや、その前に!」


 急いで後を追おうと前に出かけたが、思い直して、俺は森の上空に向かった。


 ◇


 森の上空に出た俺は、まずはボスたちを遠巻きに見ていた魔物たちの位置を確認する。


 森の中に点在する光点の位置から、まだまだ距離はあるものの少しずつ前に出て来ているのがわかった。


 今も前進を続けている。


「……動きが無いと思ってたけど、アイツが動き出したタイミングで前に出てきたね」


 何か合図を出していたとは思わないが……俺が察知できない方法でも使っていたんだろうか?


 このままだとまず間違いなく森の外にまで行ってしまうだろう。


「どうするか考えたいけど……迷ってる時間は無いね」


 理想はあのボスを仕留めてから、森の中の魔物も全部仕留めるか追い払うかすることなんだろうが、それは流石に不可能だ。


「……数を減らした方がいいか。手薄なのは南側だし、行くならアッチだね!」


 ボス格二体程度、ジグハルトならどうとでもなるだろう。


 それよりも、兵を移動した南側にまた魔物が来る方がまずいはずだ。


「ほっ!」


 俺は合図代わりに連続して照明の魔法を上空に放ちながら、進路を南に変更した。

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