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 森から出てすぐにある、俺が草や邪魔な岩なんかを薙ぎ払って均しておいた場所に、臨戦態勢のジグハルトがいた。


 あそこから魔法を撃っていたようだが……足元の荒れ具合を見ると、俺がいた場所に向けて撃った魔法以外にも何度か撃っていたみたいだな。


 俺は気付けなかったが、戦闘は起きていたのか……。


 何かの役に立てば……程度に作っておいた場所なんだが、意外と役に立っているのかな?


 一旦森を出てすぐのところで停止して、ジグハルトがちゃんと俺の存在を把握していることを確認する。


「よし……大丈夫だね。ジグさーん、来たよー!」


 ジグハルトに声をかけながら近づいて行くと、初めに合流した時と同様にこちらを見ずに、腕を他の兵たちがいる方に伸ばした。


「セラ、南の魔物どもを頼む。やられはしないだろうが、アイツ等だけじゃ決め手を欠いて長引きかねない。俺は奥に後二匹いてここから動けねぇ」


「おっと……それは大変だね。了解!」


 手強い魔物が合計三体で、そのうち姿を見せていないのが二体。


 ソイツ等を逃がさないためにも、相変わらずジグハルトは睨めっこを続けないといけないんだろう。


 俺は返事をすると、すぐ南の隊員たちの下に向かって飛んで行った。


 ◇


「……逃がしはしないが、下手に動けないな」


「ジグハルトさんはまだ動けないし……このままか……来るぞっ!?」


 二人の兵の会話を仕掛ける隙とみたのか、兵たちの囲いの中にいる一体のオオカミが飛びかかったが、それは兵たちが数歩下がることで空振りに終わった。


 兵たちが下がったことで歪んだ陣形は、他の兵が前に詰めることで少し形は変わりはしたが、崩れることなく維持出来ている。


 攻撃をかわした兵は、「ふう……」と一度息を吐いて仕切り直そうとしたが……奥の魔物たちが南に下がって行くのが目に入った。


「……っ!? おい、また広がっていくぞ! 間を抜けられないように気を付けろ!」


 彼はすぐに全体に聞こえるように大声で指示を飛ばすと、下がって行く魔物に合わせて前に詰めていく。


 ジグハルトに合流してすぐに一の森から魔物の群れが飛び出してきて、それに対処するように合流して早々に分断されてしまったが、何だかんだでこのように直接戦闘は起きていない。


 だが、代わりに少しずつジグハルトから遠ざかっている。


 まだ魔物たちと対峙して数分なのに、初めに構えた場所から大分離れてしまっていた。


「……これはどこかで一度こちら側から深く斬りこまないと、キリがないぞ」


「ああ……だが、俺たちだけじゃ戦っている間に、包囲を突破されるんじゃないか?」


「……厳しいな」


 北の森を背に、魔物の正面に立っていた兵たちが全体を見ながらそうぼやいた。


 魔物の動きに引っ張られて間延びした陣形を詰めるために、兵たちは魔物に仕掛けながら移動をしているが、自分たちでは倒し切れないことを理解しているからか、どこか兵たちの言動も動きも消極的になっている。


「仕方ないが……おいっ! もう少し前に出るぞ!」


「さっきジグさんが北の森に魔法を撃ち込んだ! 副長が戻ってくるはずだ!」


 ◇


 ジグハルトの指示で隊の皆の方に飛んで行くと、何やら向こうは向こうで膠着状態らしいことがわかった。


 どうにも兵たちだけじゃ動き辛いようで、状況を打開するために俺を待っているようだ。


 なんかそんな感じのことが聞こえた気がする!


 どうやら、全体の西側に配置されている兵たちが指揮を執っているようだ。


 まずはそこに向かって、俺も参戦することを伝えよう。


「ってことで、来たよ! 向こうをやればいいんだね!!」


 とりあえず抜けられたら面倒臭くなりそうな南側に向かうと腕で示すと、兵たちは俺の登場に一瞬驚いた素振りを見せたが、すぐに「頼む!」と返してきた。


 そして、陣形を狭めたいのか一気に前へと詰めていく。


 その勢いに少々驚きつつも、俺も南に向かって突っ込んで行った。


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 正面の兵たちと別れた俺は、まずは魔物たちに警戒されないように北の森を経由しながらこの場から離れると、大きく南側に回り込むルートを採った。


 正面の兵たちが魔物に向かって突っ込んで行ってしまったし、俺が間に合わなかったら大変だと大急ぎで森の外を目指した。


「出た! 状況は……向こうはまだ戦闘にはなってないみたいだけど、そろそろか。んで……こっちは動いていないみたいだね」


 南側はジグハルトとは一番距離が離れている位置だし、状況がまだ把握出来ていないみたいだ。


 急ごう!


 ◇


「おい……正面の連中が突っ込んで行ったぞ?」


「分断するつもりか……? 魔物がこっちにも流れてくるかもしれないな」


「俺たちも前に出るか? 一度全体を奥に押し返すつもりなのかもしれないし、反対側の連中も合わせて来るだろう」


 正面の兵たちの突然の攻勢に、南側の兵たちはどうするかを迷っている声が聞こえてきたが、その彼等の頭上を越えて包囲の中に入り込んだ。


 包囲の中にいた魔物はオオカミとコボルト。


 小型の魔物中でも多数の群れをよく作る魔物たちだ。


 ゴブリンは見当たらないが……ボス格がオオカミの群れなら妥当な編成かな。


 魔物たちも突っ込んできた正面の兵たちに気を取られていたのか、俺のことはノーマークだったらしく、一斉にこちらを振り向いたことで、互いに体をぶつけたりしている。


 狙ってはいなかったが、混乱状態にさせれたな。


 とは言え……ただ単に驚かせただけだし、そう間を置かずにその混乱も収まるだろう。


 だから、その前に!


「副長!」


「すまん! 突っ込んで中の魔物を引き付けてくれ! 俺たちはこのまま隊列を保ったまま前に出る!」


 兵たちの言葉に手を振って応えると、とりあえず魔物たちの群れの真ん中に向かって左足を突き出したまま突っ込んでいく。


「せーーーのっ!!」


 地面に放った【緋蜂の針】の一撃で魔物の群れの真ん中の地面が弾け飛び、周囲に飛び散った土塊が魔物たちに直撃する。


 自分たちの前に立ちふさがる兵たちの裏から急に変なのが飛び出してきたと思ったら、さらにその変なのが自分たちの足元を弾け飛ばした。


 混乱している状態でそんなことが起きたら、ダメージは無くても効果は十分だ。


 このまま上に離脱してもいいんだが。


「はぁっ!!」


 さらに追い打ちを……と、真ん中で尻尾を思い切り振り回した。


 何体かに当たった感触はあったが、先程の土塊と同様でこれも大した威力ではないし、精々魔物たちを周囲に弾き飛ばす程度だ。


 だが、すぐに兵たちが追撃を仕掛けている。


「オレがこっちに来るまで、攻めあぐねているというか……どう動くかを迷っているみたいだったけど、いざ戦うとなれば……」


 魔物の攻撃が届かない高さまで高度を上げて、いつでも援護に入れるようにと兵たちを見ていたんだが、上手く隙を突けたのならこの程度の相手なら何の心配もないか。


 一体の魔物を相手に、二人がかりで確実に仕留めにかかっていて、ドンドンと魔物の数を減らしていた。


 これならもう全部片づけるのも時間の問題……。


「おっと!?」


 最初の混乱から立ち直ったのか、一体のオオカミが兵たちの間を抜けようと走り出した。


 俺はすぐに追いつくと、尻尾で頭を殴りつけて制止する。


「すまん!」


 このまま俺がやってしまおうかと【影の剣】を伸ばしかけたが、すぐに近くの兵が剣で斬りつけてきた。


 まずは背中から前足にかけて雑に斬りつけて、動きが鈍ったところで首を刎ねる……と、無理をしない確実な止めの刺し方だ。


 俺が倒しにいかなくても、ちょっと動きを止めるだけで十分みたいだな。


 あくまで俺は援護に徹して、直接戦うのは兵たちに任せる。


 この方がバランスはとれているみたいだし良いってことだろう。


「いいよ。このまま逃げそうなのはオレが抑えるから、始末はお願い!」


 俺の言葉に、兵は「任せろ!」と力強く答えた。

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