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 この場所までカエルもどきを引き連れて来て、そろそろ十分ほど経っただろうか?


 メインの攻撃を【緋蜂の針】から【影の剣】に切り替えたことで、浅いものの背面の傷はドンドンと増えていっている。


 少しずつ出血量も増えていっているが、それでも雨水で流れていって血が溜まったりするようなことはない。


 だから、下手に気にしたりせずに、そのままダメージを増やしていこうと思っていたんだが……。


「ちょっと甘かったかな?」


 こちらに近づいてくる魔物の群れの気配に気付くと、カエルもどきから距離をとって一旦構えを解いた。


 カエルもどきもそれに気付いているようで、今まで俺が動きを緩めるとひたすら飛びかかって来ていたのに、合流を待つつもりなのか少しずつ後退している。


「まぁ……集まって来てはいるけど、魔境じゃなくてこの森の魔物みたいだし、碌に連携をとるどころか互いに邪魔しあったりするかもね。それならそれでやりようがあるし待ってもいいけど、今のうちにちょっと無理をしてでも倒すのも出来なくはないし……うん?」


 魔物の群れと合流する前に一気にやってしまうか、それとも合流を待つか……どうしようか考えていると、背後から一瞬魔力が広がって来るのを感じた。


 すぐに消えてしまったが、今のアレはジグハルトの魔力だ。


 カエルもどきにも魔力は届いていたはずなんだが、一瞬だったから警戒はしていないようだ。


「アレはレーダーみたいなものだよな? それともオレへの合図か……どっちにしろ何かするつもりみたいだし……それを待つか。こっちから何かをやるにしても……ちょっと奥まで入り過ぎたし、オレからの合図は何も伝わらないよな……」


 音にせよ魔法にせよ、簡単に出来る方法だときっと届かないだろう。


【ダンレムの糸】で派手に破壊したら伝わるかもしれないが……そこまでやるほどじゃないか。


 何かあるなら向こうからドカドカ魔法を使って合図をしてくるはずだ。


 俺は一旦【影の剣】を解除すると、代わりに尻尾を最大サイズにして前方を大きく薙ぎ払った。


 目の前をデカい尻尾が横切ることに苛立ったのか、カエルもどきも尻尾を同じく揺らし始めている。


「よしっ! 乗って来たね。それじゃー……このまま適当に相手をしながら時間を稼ぐか!」


 俺はカエルもどきから離れすぎないように気を付けながら、辺りを行ったり来たりし続けた。


 ◇


「やっとか……」


 初めは俺とカエルもどきを警戒していたのか、すぐ側の茂みに身を潜めてこの空間まで入り込んでは来なかった魔物たちだったが、数分経ったところで姿を見せ始めた。


 6体のコボルトの群れだ。


 まぁ……多分コイツ等が警戒していたのは俺じゃなくてカエルもどきの方だろうし、ソイツが俺ばかり見ていて、自分たちに一切注意を向けないとわかれば危険は無いと思うだろう。


 俺もジャケットを始め、魔物に警戒されるような装備をしているんだが……目の前の強力な魔物には負けるかな?


「コボルトか……妥当なところだね」


 コイツ等がここに来たのはカエルもどきの血が原因だし、鼻の良さとか関係があるのかな?


 まぁ……コイツ等なら戦闘になったところで大した脅威じゃないし、そろそろどうするかを……。


「おっと……またか。間隔が短くなっているかな?」


 この場で時間を稼ぐか、一気に片付けるかを考えていたが、それを中断させるようにジグハルトの魔力がまた届いて来た。


 魔物たちにも届いているが……一瞬だし目の前の俺が気になるのか、大した反応を示さない。


 コボルトたちがこちらにやって来るまでの間も何度かあったんだが、初めに比べると近付いて来るにつれて間隔が短くなってきている。


 魔力の量は変わっていないはずだが、多分何かを仕掛けようとしているんだろう。


 んで、来るとしたら……そろそろかな?


 俺はいつでも反応出来るように背後への警戒を強めていると……。


「んっ!?」


 先程までよりも強力な魔力を感じ、慌ててその場を上昇した。


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「またっ!?」


 上昇を開始してすぐに、今度は先程よりは弱い魔力がまた照射された。


 今までは何度受けても特に反応を示さなかった魔物たちも、これだけ間が空いていないと流石に警戒するようで、ウロウロとしているカエルもどきと、その少し後ろをついて回っていたコボルトたちも動きを止めている。


 樹上から地上を見下ろすと、魔物たちの様子がよくわかった。


 そして。


「……あぁ、やっぱりか。上に逃げたのは正解だったね」


 さらに続けて、帯状のより強力な魔力が延びてきたのを見て、これから何が起きるのかが何となく予想出来てくる。


 俺の呟きが聞こえたのか、一体のコボルトが顔を上げてこちらを見てきたが、その瞬間にジグハルトの魔法が延びた魔力に沿って発射された。


「くっ!?」


 呻き声を上げながら、腕を目の前に翳して地上を走る魔法の光を遮った。


 ただ、光が下を通り過ぎる一瞬だけ体が揺れるような感覚があったが、俺が感じたのはそれだけで、魔力量を考えたらちょっと肩透かしって感じではある。


 だが。


「いやぁ……まぁ、こうなるよな?」


 上空から魔法が通り過ぎていった跡を眺めているが、今のは先日北の森でも使っていた類の火系統の魔法だったんだろう。


 熱で地面に溜まった水が蒸発していき、辺りに蒸気が立ち込めている。


 森が燃えていないのは、ジグハルトが熱量を加減したのか、それとも逆に威力が高すぎて消し炭になってしまったのか。


 ……先日の件や今の地上の様子を考えたら、多分後者だろうな。


「まぁ……オレには関係無いか。それよりも、地上の魔物は……もういなくなったかな? 何かいる?」


 ヘビたちも動員して蒸気で見えない地上の様子を探ってみたが……生物の気配は見えないし、とりあえずカエルもどきも含めた、ここに集まって来ていた魔物たちは全滅させたようだ。


 カエルもどきも一撃で仕留めるような威力の魔法だった割には、爆発音も衝撃も来なかったが、上に抜けたのか地上を貫いてしまったのか……。


 後で森の様子も調べておいた方がいいかもしれないな。


 だが、それよりも!


「何があったのかはわからないけれど、向こうじゃなくてこっちを優先したってことは、オレを呼んでいるってことだよね? まだ戦闘が起きている気配は無いし、仕掛けるのにオレが必要ってことかな……。急ごう!」


 向こうで俺が必要になる事態はある程度予想は出来るし、手遅れになる前に急いで合流しよう!


 俺は森の上まで出ると、森の外目がけて【浮き玉】を一気に加速させた。


 ◇


 森の外に向かって【浮き玉】を飛ばしていると、地上の様子が目に入った。


 森の外から先程まで俺がいた場所、さらにその先にまでジグハルトの魔法の跡が続いているが、木や草が燃えていたりはしなかった。


 高威力の魔法で、周囲の燃えそうな物ごと纏めて消し飛ばしたのかな?


 森を焼かずに面倒な魔物たちも一掃したし、そんな離れ業を出来るのは流石だと思うけれど……あそこで魔物を引き付けていたのが俺じゃなかったら巻き込まれてるよな。


 まぁ……俺が引き付けているのはわかっていたことだが、この規模の魔法を使うなんて、思ったよりも切羽詰まっているのかな。


 地上の様子を見ながら、向こう側の状況が俺の予想よりも悪いんだろうか……と、だんだん不安になっていると。


「おや?」


 木が邪魔で、森のすぐ手前はまだ見えないが、北の森と一の森との間に広がる草原と街道の様子が見えてきた。


 先にジグハルトと合流した隊員たちと、一の森から出てきた魔境の魔物たちが対峙している。


 だが、位置がちょっとおかしい。


 ジグハルトと合流したはずなのに、ジグハルトがいるはずの場所からドンドン南にズレていっている。


「……魔物の方がズレていってるから、それを追っているみたいだね。指示を出しているのはオオカミかな? まだ倒していないし、睨めっこは継続中か……」

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