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「うん? ……んんん??」


 地上班の四人を置いて俺だけ先に南に飛んでいたんだが、街道の分岐がそろそろ見えてくる位置まで来たところで、ジグハルトの魔力を捉えることが出来た。


 他の連中は……この位置だとまだわからないが、特にこの距離まで来ても周囲に大きな変化は見られない。


 実は何も起きていなくて、さっきの爆発音はちょっとしたハプニング……って思えそうだが、ジグハルトがいる方角から見える魔力は広範囲に広がっている。


 明らかに臨戦態勢に入っているんだよな。


「とりあえず行ったらわかるか。あの状態ならオレが近づいても気付けるだろうし、誤射の心配もなさそうだしね……」


 ジグハルトが魔力を広げている時は、ちょっとしたレーダーみたいな役割も果たしているし、魔物に間違われることは無いだろう。


「それなら、森から近づいた方がいいのかな?」


 速さを優先させるなら、このまま街道を真っ直ぐ突っ切っていくのがベストだと思うが、向こうの状況がわからないしな。


 迂闊に飛んで行って、ジグハルトと対峙している魔物を刺激する……なんて事態は避けたいし、ここは森の中に隠れながら行くのもアリだろう。


「と言うよりも、そっちの方がいいよな」


 そう呟くと、進路を街道の南から北の森に変更した。


 ◇


「…………あれ?」


 街道から北の森に入り込んで進んでいると、前方に複数の人の気配を見つけた。


「複数か……向こうの班の兵たちだね? 何かを探っているにしては動きを止めているし……迎え撃とうとしているのかな?」


 とりあえず彼等に合流して、今どうなっているのかを教えてもらうか……と考えた俺は、手前の一人に進路を向けた。


 他の兵もだが、彼らは雨を避けるためなのか木の陰に入っているし、上から近づくと斬りつけられるかもしれない。


 それじゃー……俺も地上近くまで下りて……と進んでいると、一人の兵の頭上に枝を伝って魔物が接近しているのに気付いた。


 大きさはそれほどでもないが、中々の強さ!


「っ!? 後ろっ!!」


 まだ兵は気付いていないようなので、慌てて声を上げるが……。


「聞こえてないか! それなら……ふらっしゅ!!」


【浮き玉】を加速させながら、樹上に向かって目潰しを放った。


「副長っ!?」


 魔法と声に気付いた兵が、こちらを振り向いた。


「上!」


 その彼に短く叫ぶと、それでしっかりと伝わったようで、後ろに大きく飛んでその場から離れた。


「やるよ!」


【緋蜂の針】を発動して、俺は真っ直ぐ樹上の魔物目がけて蹴りを放った。


「避けたっ!?」


 枝を突っ切っていきながら放った蹴りが直撃するか……ってところで、枝から飛び降りて躱されてしまった。


 視界は潰したはずなのに……うるさ過ぎたか。


 躱されたことに驚きはしたものの、即座に意識を切り替えて追撃を仕掛けるために地上に降りたが。


「はあっ!!」


 落っこちてきた魔物目がけて、兵が体当たりをするように剣を突き刺すところだった。


 ◇


「ちゃんと死んだみたいだね」


 胸に剣が突き刺さったまま地面に転がっている魔物を見るが、【妖精の瞳】にもヘビの目にも反応は無いし、今の一刺しで即死のようだな。


 ちなみに、魔物の正体はゴブリンだ。


 まぁ……この辺で戦う魔物なんてコイツかコボルトくらいだし、予測は出来ていたんだが……また珍しい行動をとっていたな。


「副長か。悪い……助かった」


 剣を引き抜きながら、こちらを向いた兵が疲れた声でそう言った。


 見た感じ怪我は無さそうだけれど、メンタル面かな?


「木に登るゴブリンね……。珍しいけど、一の森から出てきたのかな?」


「ああ。街道沿いを移動していたら一の森から飛び出てきた。ジグさんが一発かましたら散り散りに逃げていったんだが……副長たちの場所まで音が届いたのか?」


「微かにだけどね。それで、皆でこっちに合流しようってなったんだけど、何があったの?」


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 魔物が一の森から飛び出してきて、それをジグハルトが魔法で牽制した。


 それはわかったんだが、それなのに何で一の森から街道を一本挟んだ北の森にいるのか……それが謎だ。


 簡単にでいいから説明を……と促した。


「一の森から飛び出してきた魔物を足止めしようと、ジグさんが魔法を撃ったんだ。それ自体は成功したんだが、その直後に後ろからまた別の魔物が出て来た。おそらくそいつが魔物たちをけしかけていたんだろうな」


「ふむふむ……そいつが吠えるかなんかして、魔物たちは散り散りになったってところかな?」


 せめて纏まって逃げていたんなら、ジグハルトがある程度一纏めに仕留めることが出来たんだろうけれど、爆発音は一度しか聞こえなかったし、そうはいかなかったんだろうな。


 何となく光景は想像出来た。


「ジグさんが動いていなかったのは、一の森の奥に魔物がまだいるからなのかな?」


「ああ。一度姿を見せたが、すぐに奥に引っ込んだ。魔獣だ。どれだけの強さかはわからないが、走られたら俺たちじゃ追いつけないからな。ジグさんがあの場で引き付けている」


「どれだけの魔物が森から出てきたのかはわからないけど、こっちに逃げ込んだ魔物を皆が引き受けたんだね。なるほど……」


 改めて周囲を見ると、彼らの他にも微かに兵たちの気配もあった。


 さらに、樹上や所々の茂みに身を潜めている魔物たちもだ。


 この辺りの魔物と違ってしっかりと隠れているから、初め森の中に入った時は気付けなかったが、いるとわかれば見逃すことはない。


 それなら。


「倒すのは……皆で出来るくらいの強さだよね?」


 全部の魔物は無理でも、今さっき倒したゴブリンのように俺が目につく魔物を蹴り落とすなり追い出すなりして、止めは彼らに任せてしまえばいいだろう。


「そうだな。ゴブリン主体の小型の妖魔種だ。何体か魔獣もいたが……倒せないような相手じゃない。……頼めるか?」


「うん。とりあえず目につくのだけやっていくね。後からオレの方の隊員も追いつくと思うから、彼らも合流させるといいよ」


「ああ、わかった!」


 その返事を背に、一番手前にいる茂みに身を隠している魔物目がけて突っ込んでいた。


 ◇


「あそこで終わりか!」


 魔物を蹴り落としたり、尻尾で叩き落としたり、茂みに隠れているのには魔法を直撃させたり。


 色々な方法で身を隠している魔物たちを兵の前に追いやっていたが、森の端が見えてきたし、それも終わりだな。


 まだ森の中には潜んでいそうだが……魔物の数が減った分、兵たちにも余裕が出来る。


 それに加えて、俺の方の班員も合流することになっているし、こっちは彼らに任せて大丈夫だろう。


「よし……ほっ!」


 左足を前に突き出して勢いよく森から飛び出ると、一回転二回転しながら尻尾で周囲を薙ぎ払っていく。


「何も無し……と。とりあえずこの辺の安全は確保出来ているんだね」


 何が起きているのかよくわからないし、退避先を確保しておきたかったから、念には念を入れて辺りを綺麗に均したが、魔物どころかネズミ一匹いなかった。


「んじゃ、万が一の場合はここに退いてくるってことで……っと」


 俺は一息つくと、尻尾のサイズを戻して周囲を見渡してジグハルトの位置を確認する。


「魔力は向こうか。相変わらず辺りに広げてはいるけど、戦闘は起きていないね。まだ睨めっこが続いてるのか。どんな魔物がいるんだろうな? …………魔道具はちゃんと揃ってるね。行くか!」


 ポーチの中身を確認すると、ジグハルトと合流するために【浮き玉】を加速させた。


 森の中にいた兵は魔獣とか言ってたけど、これだけの魔力に曝されて止まり続けているなんて、中々の辛抱強さだよな。


 コイツは放置するのは危険だろうし、ここで仕留めておかないと……。


 魔獣相手の追いかけっこならジグハルトでも厳しいだろうし、森の中から出てこないようなら……その時は俺の出番だな!!

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