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 一の森の様子を調べるために皆で踏み入ってから、俺は前を見て横を見て下を見て、そしてまた前を見て……森の上空からあちらこちらに忙しく視線を移動させている。


「……向こうの方になんか強いのがいるけど、こっちには関心はなさそうだね」


 俺が北の拠点にやってくる前に、離れた位置から俺の様子を窺っていた魔物とはまた別の魔物の気配が感じられた。


 こっちの方が強そうな気がするが……全然こちらと関係無い方に動いているし、戦闘になるようなことは無いだろう。


 ただ……。


「おーい、聞こえるー?」


 下に向かって声をかけると、「どうしたー?」と返って来た。


 四人は比較的近い範囲で纏まって森の中を移動している。


 俺たちの目的である調査のことを考えたら、これだけ狭い範囲に固まっているのは効率が悪いんだが、事故を警戒した結果こうなっているらしい。


 まぁ……多少手間がかかったとしても、カエルもどきにいきなり襲われる……なんてことよりはマシだよな。


「副長? どうしたー?」


 ついつい考え事に気を取られて返事を忘れていた。


「おっと……ちょっと下りてから話すよー!!」


 彼らにそう伝えると、慌てて下に向かって下りていった。


 ◇


「それで、上で何を見つけたんだ? 今のところ俺たちは何も発見出来ていないが……魔物か?」


 彼らの前に下りていくと、すぐに集まって来た。


 やはり慣れてはいても魔境の調査は神経を使うらしいな。


 ともあれ、俺は「違う」と言って、上で見たことを話すことにした。


「ここからずっと東の方……森の奥だね。そこに何体か強い魔物がいるみたいなんだ」


「森の奥で強い魔物か……。アンタが合流する前に見つけた魔物とは別物か?」


「うん。もっと強いし、いる場所もずっと奥だね。流石にアレだけ離れているとオレたちに気付いたりはしないみたいだし、コッチに仕掛けてくるようなことはなさそうだよ」


 俺の言葉に、彼らは四人揃って怪訝な表情を浮かべた。


「それならわざわざ呼び止めたのは……?」


「その魔物が、縄張りを見回っているのか、餌でも探しているのかはわからないんだけど、結構ウロウロしているんだよね。こちらに来ることはなさそうだけど……アレだけ動き回られたら、近くの魔物が避難するかもしれないんだ」


「……ああ、奥から順に魔物が移動してくるかもしれないってことか」


 兵の一人の言葉に、俺は「そうそう」と頷いた。


 森での活動が慣れているだけあって理解が早い。


「まだ森の中に大きな動きは無いけど、もし起きるとしたら一気に来るかもしれないから、一応ね」


「わかった。アンタはこのまま上から見ていてくれ」


「うん。奥に入り込み過ぎたって感じたらまた言いに来るよ」


「ああ……悪いな」


 注意して欲しいことを伝えたところで、俺は再び森の上空に上っていった。


 ◇


 調査を再開してからしばらくは、時折上空から指示を出す程度で、特に何かをするようなことはなかった。


 東の奥にいた強力な魔物も、依然自分の縄張りをウロウロし続けているだけだし、それに押し出されて周囲の魔物がこちらに流れてくるようなことも起きていない。


 もっとも、地上班は何も見つけることは出来ていないし、成果らしい成果が無いって状況はどうなんだろうな?


 こちら側には魔物がうろついていないってことなのかもしれないが……。


「アレだけ一の森でも魔物が浅瀬や、森から出て街道近くをうろついていたわけだし、この辺りの魔物も同じような動きをしてもおかしくはないんだけどな……」


 キョロキョロとあちらこちらに視線を走らせながらそう呟いていると。


「っ!?」


 南側から微かに爆発音が聞こえたような気がした。


 何が起きたのかと、音がした方を探ろうとしたが、それより先に下から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。


「副長! 下りてくれ!」


 下を見ると、地上班の四人が剣を手にして後退し始めている。


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「オレの気の所為じゃなかったのかな?」


 地上班に合流すると、まずは音が聞こえたことを確認した。


 雨音に【風の衣】の防音効果で、余程デカい音なら聞き逃さないんだが、そうじゃない音は若干怪しいんだ。


 上空にいる俺と違って地上班は森が音を遮ったりもするが、それでも俺よりはマシだろうし、その彼らにも聞こえたって言うんなら、気の所為じゃないな。


「ああ! 俺たちも聞こえた。南の方から爆発音だろう? ジグさんの魔法じゃないか?」


「みたいだね。上からは見えなかったし、ちょっと距離はありそうだけど……」


 ジグハルトたちはどのあたりまで行っているのかはわからないが、先程まで俺がいた位置から見えない場所となると、分岐路の先とかかもしれない。


「それだけ離れていて音が聞こえるってことは……デカい魔法か? 戦闘だよな?」


「副長、俺たちは外まで下がる。指示は任せた」


 距離はあったとしても、何かが起きたのは間違いない。


 森の奥から魔物を引き寄せてしまったり、あるいは逆に音源近くの魔物を追っ払ってしまったり。


 これから森の中に混乱が起きるかもしれない。


 そのパニックに巻き込まれるのは避けたいし、ここは一先ず離脱だな。


「うん……いや、オレが先導するよ」


 俺はそう言うと、近くの木の枝を折って尻尾で巻き取って、先端に目印になる照明の魔法を灯した。


「よし……近くに魔物の気配は無かったけど、一応気を付けて!」


「ああ。殿には俺が入る。行こう!」


 隊列が整ったのを確認した俺はその声に頷いて、出発した。


 ◇


 森の外に向かって移動を始めてしばし。


「おっと? 森を抜けるよ!」


 移動を開始して十分もかかっていないだろうか?


 時折背後を振り返りつつ隊員がはぐれていないのを確認こそしていたが、邪魔が入ることもなかったためノンストップで走り続けていた。


 しっかり武装していてなおこの速度か。


 ……流石は現役の冒険者。


 振り返って様子を確認すると、森から出て来て安心したのか膝に手をついて息をしている。


 彼らはこのまま放っておいても大丈夫だろう。


「上見て来る!」


 とりあえず状況の確認だ。


 俺は返事を待たずに【浮き玉】を上昇させると、ジグハルトたちがいるであろう方に体を向けた。


「ふぬ……見た感じ特に変わったところは無さそうだね?」


 音がしたのはあの一回だけだったし、大したことはなかったのかもしれないが……。


「結構大きい音だったはずだし、森の端が炎上しているとか……目で見てわかるくらいの変化があってもおかしくはないんだけどな……。範囲を思い切り絞ったとか、目の前で炸裂させたとかなのかな?」


 至近距離であんまり威力の高い魔法を使うのは危険な気もするが、ジグハルトならそれくらい出来そうだしな。


「とりあえず、奥の魔物がこっちに来ている様子は無いけど……ここからじゃわからないか」


 目に見える変化だけじゃあてにならない……とは言え、何も起こっていないってことは無いだろう。


 さて、どうしたものか……と迷っていると。


「セラ副長! どうだ? 何かわかったか?」


 下から声が聞こえてきた。


 息はもう戻ったらしいな。


 それじゃー、彼らの意見も聞いてみるか。


「うん。今行くー!」


 ◇


「よし、行くか」


「そうだな。向こうの状況の確認も必要だし、ジグさんがいるんなら大丈夫とは思うが……それでも人手がいるかもしれない」


 どうしようか相談しようと思って、上で見たことを報告したんだが……迷うことなく即座に「行こう」と言い出した。


「あ……様子見とかせずに、もう行くんだね?」


「変化が起きているのなら確かめないとな。副長は先行して飛んでくれ。俺たちは街道沿いに追っていく」


「了解。それじゃーまた後で!」


 何でも即決するんだな……と感心しながら、俺はジグハルトたちがいるであろう、街道の南側を目指して飛び立った。

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