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「待たせたな。こちらの話は終わったが……そっちはどうだ? セラはなにかあるか?」


 隊の皆に説明をしていたアレクが、こちらにやって来た。


 アレクの肩越しに隊員たちを見ると、先程までも別に雰囲気が暗かったりしたわけじゃないんだが、話をする前よりも明らかに雰囲気が明るくなっている。


 ……酒の力か。


「セラ?」


「あ、うん。オレが団長から伝えておいて欲しいって言われたのは、状況によっては書いている指示が変更することもあるらしいって。その時はオレが新しいのを持って来るんだけど……大丈夫そう?」


 報告書はともかく、指示書の中身は俺は把握出来ていないが、ジグハルトから聞いた限りだと、雨季の間はそこまで急に何かをしなければいけなくなるってことはないと思う。


 まぁ……精々ちょっとしたスケジュールの変更だったりとかで済むはずだが……とアレクの顔を見ると、彼も「そうだな」と頷いた。


「雨季が明けてからの調査が本番だからな。俺たちがここで行うのは、その為の下準備みたいなもんだ。向こうの状況次第だが……やることに大差は無いだろう。ただ、お前も変わらず外を見て回るんだろう? その結果次第なところもあるが……どうだ?」


 俺はアレクの言葉に、首を横に振った。


「気になるところはいくつかあるけどね。今のところは大きな問題は起きてないし……一の森がちょっと気にはなるけど、雨季の間にどうにかなるって感じは無かったかな?」


「……そうか。まあ、こちら側の士気は見たとおりだ。もしお前が何か気になることがあったら、遠慮なく言ってくれ」


「うん……わかったけど、凄いね。でも、物資はいつ来るの? 今日?」


「オーギュストの報告によると……明日だな。恐らく今日領都に戻ってから、お前も護衛に付くように言われると思うぞ」


「明日か……流石に今日は厳しかったみたいだね」


 頷いていると、アレクは「フッ」と笑って口を開いた。


「無理を言うなよ。どこから調達するかも決まっていないようだし、とりあえず今は商業ギルドを通して集めさせているんだろう」


 三番隊の話が商業ギルドに知られてからまだ数日しか経っていないし、そこからさらに北の拠点や街道の扱いが変わったんだ。


 物資調達の方法の目処がもう立っているってだけでも十分早いよな。


「やっぱ商業ギルド全体を指定ってのは難しいのかな?」


 加盟している商会全体から集めることが出来るし確実だとは思うが、さっきジグハルトも言っていたように、分散されちゃうもんな。


「俺たちには、どこから仕入れようが関係ないし、商業ギルド全体を指定してもいいんだが……やるならやるで安定して質の良い物を供給してもらう必要がある。どんな形であれ、継続するためにも利益はしっかり確保してもらわないとな」


「そうだねぇ……」


 頷く俺の後ろから、ジグハルトも会話に加わって来た。


「いざとなれば、狩りの成果を優先的に回したりいくらでも手は打てるが……正規の商売で賄えるんならそれが一番だな」


「ええ。ただでさえ俺たちとは派閥が違う訳ですからね。下手に保障しようものなら、内部で贔屓だの優遇だのうるさくなりそうですからね」


「ただでさえ忙しいのにカーンに余計な仕事を増やすのもな……。アイツらはとりあえず酒でもあれば十分だろうし、商人連中は自分たちで話を付けてもらおう」


 アレクは「そうですね」と笑って応えると、スッと表情を引き締めた。


「それでは……話も終わったし、そろそろ出ましょうか」


「おう。セラ、今日俺たちはこの拠点の周囲を改めて見て回ることになっている」


 唐突に任務の話になり少々驚きはしたが、俺はすぐに「おぅ」と応えた。


「……あれ? 拠点の周囲ってことは東側もってことかな?」


 北の森は西側で、東側は街道を挟んですぐ魔境が広がっている。


 指示書にも魔境を警戒するようにと書かれていたのかもしれないが……それだけに、今いきなり決めて見に行けるような場所ではない。


 元々その予定だったのかな?


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 この北の拠点は、領都から延びている街道の途中で別れた先に作られている。


 北の森に近い分、一の森から離れているんだが……どうやらアレクの言い方だとそちら側も見て回りそうだ。


「北の森を俺が。街道をジグさんが。そして、一の森はお前が指揮を執る。何も魔物のせん滅をしようってわけじゃないし、問題無いだろう?」


 しかも、一の森を担当するのは俺らしい。


 アレクもジグハルトもいるにも拘らず、魔境の調査の指揮が俺に回ってくるなんて……と思い、もう少し詳しく聞くことにした。


「魔物の討伐が目的じゃなくて、あくまで様子を探るのが目的なんだよね?」


 そう訊ねると、アレクも予測していたのかすぐに答える。


「そうだ。昨日は何の問題も起きなかったが、一昨日はこの近くまで魔物が現れていただろう? あのデカブツを仕留めてそれで全部解決……とはいかないだろうしな。警戒を強めるのは間違っていないはずだ。お前から昨日と一昨日の街道と魔境の様子を聞いて、それは確信した」


「ふぬ……まぁ、わかったよ。地上を調べるのは隊員で、オレは上空から魔物の接近とかに気を付けたらいいんだね? 数は……やっぱり少数かな?」


「ああ。もう少しお前の方にも数を割けたらいいんだが……」


 申し訳なさそうにいうアレクに、俺は「いいよ」と首を横に振った。


「あんまり人数が多かったらそれだけ奥にいる魔物たちを呼び寄せかねないしね。三人……四人もいれば十分かな? その代わり、魔境でもしっかり動ける人にしてよ?」


 俺が地上付近まで下りることはなさそうだし、その分地上班は一の森の探索に慣れた者を揃えて貰わないとな……と言うと、「ああ、それは任せろ」と、アレクは自信たっぷり言った。


 ◇


 さて、宿舎での話が終わるとすぐに各班のメンバー分けが行われて、それぞれ調査に出発することになった。


 アレクの班は、先日の戦闘で出来た大穴を中心に北の森を見て回って、ジグハルトは街道を移動しながら、街道周辺の調査だ。


 そして、俺が預かった班は一の森の浅瀬の調査だ。


 俺の班は四人いるんだが、全員現役の冒険者で一の森の浅瀬には何度も来ているそうだ。


 実力的には二番隊の兵たちと大差は無いんだが、咄嗟の判断が必要な場面だと、この数年で組織での行動に順応してきた二番隊の兵よりも、彼等の方が上だとアレクは判断したんだろうな。


 俺もそう思う。


「それじゃー……副長。俺たちは下から魔物の痕跡や異常が無いかを調べるから、アンタは上から指示を頼むぜ」


「浅瀬に出る程度の雑魚なら何とかなるが……足場が悪い状態では、正直なところ戦いたくないからな。魔物が出てきたらすぐに退く」


 浅瀬のすぐ手前までやってきた俺たちは、簡単な打ち合わせを行っているが、慣れているだけあってテキパキと話を進めてくれている。


 手を抜くなんてことはしないが、これは楽が出来そうだな……。


「了解了解。ただ、オレが見つけられるのはあくまで目で見えるのだけだからね? 全部オレ任せってわけにはいかないよ?」


「……カエルもどきか。地面の下から出て来るんだったな。まあ……迂闊に水ん中に足を踏み込まなければ大丈夫じゃないか?」


「仮に不意を突かれたとしても、流石に一撃でやられるようなヘマはしねぇよ。森の外まで下がれば十分だろう?」


「そうだね。たとえ距離があったとしても、合図を上げたらジグさんが魔法を撃ってくれるからね。とりあえず無理はしない方向でお願い」


 念を押すようにそう言った。


 戦闘に長けたジグハルトが街道班を任されているのは、正にその遠距離攻撃能力が理由だ。


 いざとなれば相当な距離を一気に貫くことが出来るし、どこからでもジグハルトの援護が飛んでくる。


 そのお陰で、俺たちも戦闘は考えずに調査に専念出来るわけだ。


「んじゃ、準備はいいね?」


「ああ、行こう」


 そう言って互いに頷き合うと、彼らは森に入り俺は森の上空に移動を開始した。

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