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「息抜きが欲しいな」
「……息抜き?」
彼の言葉をそのまま繰り返しながら首を傾げていると、「そうだ」と頷いた。
周りを見れば、他の者も同じように頷いている。
「まあ……俺たちも任務で来ているわけだし、ここがデカい街じゃないってこともわかっているんだが、それでも酒くらいは欲しいよな」
「あぁ……なるほどね」
基本的にお堅い一番隊の面々と違って、他は冒険者だったり元冒険者だったりするし、任務で出向中の身だとはいえ酒くらいは飲みたくなるだろう。
ただ、彼自身が言っているように、ここのように小さな開拓拠点では十分な量の酒なんて置いていないだろうし、必要なこととはいえ、彼らの滞在は拠点の住人が想定していない出来事だからな。
あんまり何でもかんでも厄介になったら、流石に寝込みを襲われたりはしないだろうが、拠点内での領主サイドの印象の悪化に繋がりかねない。
それは彼らもわかっているはずなんだが、滞在期間が伸びちゃうとな。
「交代するほどじゃない」とは言っているが、ここは交代を俺から提案した方が……と口にしようとしたところ。
「それに関しては解決しそうだぞ」
指示書を読んでいたアレクが、こちらに向かって言ってきた。
「どういうこと?」
「なんだ? お前は内容を知っているんじゃなかったのか……?」
アレクもジグハルトも、揃って不思議そうな顔でこちらを見ているが……。
「簡単には聞いているけど、詳しいことまでは……。んで、解決するってどういうこと? ……皆気になってそうだよ」
チラッと周りを見ると、他の隊員たちは「早く続きを話せ」と言いたげな表情で二人に視線を向けている。
「おおっ……そうだな」
その視線に驚いたのか、アレクは一瞬怯んだものの、すぐに表情を戻して話を再開した。
「俺たちは元々魔物を率いているボスの捜索と討伐で、一日だけの予定だっただろう? 思ったよりも厄介な相手だったから数日延びてしまったが……」
既に簡単にではあるが、俺が話した北の森や街道、それと一の森の状況などから説明を始めた。
話す相手が変わったとはいえ、内容までは特に変わるようなこともないし、すぐに次の話題に移った。
「俺たちの拠点の滞在期間が延びて、ついでに任務の内容も北の森の魔物の警戒に加えて、街道を越えてくる魔境の魔物の捜索も加わった訳なんだが……」
「副長は適当に交代させるつもりらしいが……そこまでするほどじゃないぞ?」
「それは俺も領都の連中もわかっている。だから、臨時で領都から商隊を出すことになったらしい。薬品類もだが、酒と食料もその中に含まれている」
その言葉に「おおっ!!」と歓声が上がった。
アレクはその歓声を手で制して黙らせると、さらに話を続けていく。
先程までに比べると広間の兵たちは真剣さが違う。
よっぽど酒って言葉が効いたんだろうな……と思いながら、俺は窓の側で、外の様子を見ているジグハルトの下に移動した。
「どうした?」
「アレクは向こうで話してるからね……オレは代わりにジグさんに聞こうかなと思ってさ」
「ん? ……ああ、お前も聞かされていなかったらしいな。屋敷はともかく……本部でもか?」
「そうそう。そんなに面倒な話題ってことはないと思うんだけど、領都で話すのは避けた方がよかったのかな?」
屋敷には商業ギルドの縁者も働いていたし、一応隠した方がよかったのかもしれないが、商隊を動かすくらいで大袈裟な……って気もする。
俺の言葉に、内緒話でもするのかジグハルトはもっと側に来いと指を動かした。
「どうしたの?」
「三番隊の件は一先ずこちらが落ち着いてから話す予定だからな……」
小声で訊ねると、ジグハルトも同じく小声で返してきた。
そして、さらに話を続けていく。
「領都の状況がどうなっているかは、報告書には書かれていないから予想でしかないが、商人どもが騒いでいたんじゃないか?」
「うん……商業ギルドの人たちが冒険者ギルドとか貴族街に来てたよ」
俺はよくわかったねと答えた。
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「補給物資をここまで運んで来るのは騎士団らしい。まあ……この雨の中、さらに予測出来ない動きをしている魔物がいるんだ。商人を使うわけにもいかないだろう」
「そうだね。騎士団から護衛を出すってのも手かもしれないけど……守り切れるかは微妙だよね」
昨日のオーギュストたちですら、荷物を積んだ馬車が一緒だったから、魔物相手に後手に回ってしまっていた。
もちろん、それは彼らが少数だったからってこともあるし、護衛の兵の数が多かったらまた話は違っていたかもしれないが、慣れない商人と一緒に……となると、護衛を増やしたところでどうにかなるとは思えない。
「だろう? それなら、物資の手配だけ商人どもに任せて、拠点に運ぶのは騎士団で行う方がよっぽど確実だし、効率もずっといい」
ジグハルトの言葉に、俺は頷いた。
この辺で活動する商人なら、大抵普段から冒険者の護衛を雇っているだろうし、そういう守られることに慣れてはいるだろうが、慣れているからこそ雨季に街の外に出るようなことはしないもんな。
「危険かもしれないのに慣れてないことをさせるよりは、全部ウチがやっちゃう方がいいもんね。……でも、それだけでそんなに騒ぐようなことなのかな? 残り一週間程度の物資だし……精々馬車一台か二台分でしょう?」
騎士団との取引って実績は確かに大きいかもしれないけれど、商業ギルドとは普通に取引しているわけだし、昨日の街の様子を考えたらちょっと大げさすぎる気がする。
「今回だけならそうだろうが……三番隊を作るんだろう?」
「む?」
「通常だと商売が出来ない時期に、騎士団が注文してくるんだ。それも納入するだけでいいときた。そりゃ、どうあっても繋ぎをとりたいだろう」
ジグハルトの言葉を受けて、しばし考えこむ。
……三番隊が関わるとなると?
「あ……これからも同じようなことがあるってことだね?」
「そうだ。しかも、今回はこの北の拠点だけだが、今後は他の箇所にも派遣するかもしれないんだろう? 十分過ぎるんじゃないか?」
「なるほどねー……わかるようなわからないような……。領都でだって雨季の間の備蓄が必要だし、なんでもかんでも手を広げてたらそのうち収拾がつかなくなったりしそうだけどね? どれくらいの物資が必要になるのかはわからないけれど、今年だけでもちょっとポーションの材料とかが微妙だったのに、今後は大陸西部との取引も減っていくだろうし、そんな状況で大丈夫なのかな?」
別に一つの商会で全てを引き受ける必要は無いかもしれないが……そうなると、利益が分散されてそこまで旨みは無くなるかもしれない。
まぁ……専門家がそれでもアレだけ動いていたわけだし、ちゃんと考えているんだろうけれど……と首を傾げていると、ジグハルトはニヤッと笑った。
「領地だけで賄おうとしたらそうなるだろうな」
「領地だけ…………あぁ、船があったか」
ウチは広い領地はもちろんだが、王都圏まで繋がっている便利な航路も持っている。
それを利用したら、雨季の間分の物資調達くらいどうとでもなるだろう。
「そうだ。特にリアーナは大陸西部との直接的な取引が減っていくだろうし、その分王都圏を経由した船での取引は増えていくだろう。ルバンはますます儲かるだろうな」
「……船壊しちゃったからね。修理はウチ持ちらしいけど、直るまでの間使えないわけだし、丁度いい穴埋めなのかな?」
「穴埋めどころか、新しい船も買えるんじゃないか? ついでに倉庫も建てて保管料でも取っちまえば、さらに……だな」
「なるほどねー……ちゃんと上手く行く算段はあるんだね」
上手いこと時期を調節したら、王都圏から仕入れてルバンの村で保管して、その後領都に運ぶだけでいいわけか。
まだ話は具体的にはなっていないだろうが、それでも、ルバンとの関係も強められるし、王都圏で名前を売ることが出来る。
このチャンスをモノにしたいって考える者が多いわけだな。
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