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「あぁ……雨水が溜まっちゃってるのか……」
昨日俺が魔物の痕跡を見失った場所までやってきたが、水が流れ込んで来たことで、深くはないがちょっとした水溜まりになってしまっていた。
一日経てば潜んでいた魔物も移動するかもしれないし、昨日は何も見つけられなくても、今日は何か見つけられるかな……とか思っていたんだが……。
「……昨日はしっかり残っていた斜面を転がった跡も消えちゃってるし、昨日のうちにある程度見当をつけておいたのは正解だったかな?」
ぼやきながら周囲を改めて見てみるが、蹴り折って倒した幹の部分はほとんどが水に沈んでしまっている。
とは言え、水溜まりの中から枝が出ているし、他に木が生えている中で、ポッカリと何も無い空間が出来ているから見つけられないなんてことは無いんだが……もし移動していたとしても、痕跡も何もかも沈んでいそうだからな。
ここからさらに追跡を行うのは難しいだろう。
「まぁ……ここを捜索の基点にしたらいいし、無駄にはならないか。ってことで……周りには何もいないし、ここのチェックも……」
ポーチからゴソゴソと地図を取り出そうとしていると、奥で何かが跳ねるような水音が聞こえた。
「ほっ!」
俺は即座に上昇すると、ヘビたちと共に地上の様子を探った。
「……魔物だよね? ココに来るまでに何も見つけられなかったけど、地中に潜んでいたのかな?」
ここにくるまで上空からずっと地上の様子を探っていたのに、森の奥にいた魔物たち以外は何も見当たらなかったんだよな。
ずっとアカメたちは表に出していたし、見落としは無いはずだ。
そうなると……?
「おっと……あそこにも水溜まりが出来ていたんだね。そこから聞こえたのかな?」
少し北に行ったところで、ここの水溜まりよりもう少しサイズが大きい水溜まりが出来ていた。
他には見当たらないし、俺が聞こえた音はそこからしたんだろう。
「水中から木が伸びているし、普段は水なんてなかったんだろうね。ってことは、またどこかに繋がってるような穴でもあるかもしれないね。今の状況でも聞こえてくるくらいの水音がしたんだし、飛び込んだのか跳ねたのかはわからないけど、結構デカいのがいそうだね……」
俺は「ふむ……」と呟くと、そちらに向かって体を伸ばそうとしたヘビたちを止めた。
そのままゆっくりと水溜まりの上空を一回りしてみるが、何も見つからない。
このどこかに穴が開いていて、そこに身を隠しているのは間違いないだろう。
本腰を入れて捜索したら、多分見つけることは出来るんだろうけれど……。
「ここは退くか。多分コイツは昨日仕留められなかったのとは別のヤツだろうしね」
昨日の魔物は少なくとも水棲ってわけじゃなかったし、ここで時間をかけていて挟み撃ちなんか食らったらたまったもんじゃない。
毒を食らって状況が悪くなったら、すぐに群れの弱い魔物をけしかけて自分だけ逃げようとするんだし、種族が違ったとしてもそれくらいの連携は使って来そうだ。
それに、そこで手間取っていたら、森の奥で様子見をしている魔物たちが、ここぞとばかりに突っ込んで来るかも知れないしな。
負ける気はしないし、いざとなれば逃げるのは簡単だが、結構強そうな魔物を浅瀬に引っ張りだすような真似をする訳にはいかない。
「今日はこれくらいにしておこうか……!」
負け惜しみでも強がりでもないが、地上に向かってそう言い放つと、森の外に向かってその場を一気に離脱した。
◇
一の森から離脱した俺は、その後は足を止めることなく真っ直ぐ北の拠点に飛んで行った。
北の拠点には昨日は来なかったが……一日空けるくらいじゃ特に変化は無いようだ。
……一目でわかるくらいの変化があったら大事件か。
魔物が拠点の近くまで追いやられていたし、拠点の戦力は十分ではあったが、何も無かったのならそれが一番だ。
上空を一回りしてから門番に挨拶をして中に入ると、皆が滞在している宿舎に向かった。
「おはよー。みんな元気?」
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宿舎に到着した俺は、挨拶もそこそこにアレクたちに預かって来た封筒を渡した。
「これは?」
「団長から。報告書とか今後の指示書が入ってるよ。一応団長からの伝言もあるんだけど、一先ずそれを読んでよ」
「……わかった。ジグさん!」
アレクは受け取った封筒をそのままに、ジグハルトの元へと歩いて行った。
俺も付いていこうかなと思ったが……二階のホールには、彼等以外にもこちらに出向いて来ている隊員たちがいる。
アレクたちと話すのは今じゃなくてもいいんだし、先に彼等の状態でも聞いておこうか。
いつでも出発出来るように準備を済ませていて、手持無沙汰そうにしながらアレクたちの方に視線を向けているし、適当にお喋りするくらいの余裕はあるだろう。
「お疲れさまー。調子はどう?」
隊員たちの方へと移動していき、彼らに声をかけた。
ぱっと見ではあるが、疲労の色は見えないし……調子は良さそうだが、どうだろうな?
「悪くねーな。昨日は帰還組を除けば休息日にしていたからな。一日中宿でゴロゴロ時間を潰していたぜ」
一人がそう言って「なあ?」と周りに言うと、他の者も頷きながら口を開く。
「怪我した連中もいたが、俺たちが持ってきた薬品だけで間に合ったしな。一番隊の連中は忙しそうにしていたが、俺たちは何もしていなかったなぁ」
「一昨日が一日中戦いっぱなしだったからな。馬たちも休められたし丁度良かったな。アンタはどうだった? 領都で一日過ごしたんだろう?」
一昨日はこの辺まで魔物が来ていたが、昨日はもうどこぞへ散らばっていたんだろう。
魔物が拠点を攻めてくるようなこともなく、ゆっくり休めたらしい。
とりあえず、コンディションは悪くないようだな。
「オレの方は結構忙しかったよ……。領都自体は平和だったけどね」
「あんたが休息日に忙しかったのか……? 珍しいこともあるもんだな」
その言葉に、周囲の者たちも笑いながら頷いている。
「一昨日の帰還中に魔物の痕跡を発見したんだけど、念の為森を見回りに行ったり、後は帰還中の団長たちの援護をしたり。あんまり休んだ気はしなかったね」
「ああ……団長たちは少し早く出発していたんだが……援護ってことは何かあったのか?」
「森から魔物が出て来てて、積み荷が邪魔そうだったからオレが代わりに引き受けたんだ」
俺は昨日の街道でオーギュストたちと合流してからのことを話すことにした。
◇
街道での戦闘や、小物の群れをけしかけてきた魔物。
さらに、そいつを追っていったが俺が姿を見失ってしまったことや、つい先程のことなど……色々話をすると、彼らは興味深そうに聞いていた。
流石は、二番隊と冒険者がメインの編成だけのことはある。
「……それで、副長はその魔物とは戦わずにこっちに来たのか? アンタらしくないな」
その言葉に、俺は肩を竦めて返した。
「その魔物を仕留めることが目的ならそうしたけどね。でも、森の奥にオレの動きを探っている群れがいくつかいたし、近くにオレが気付けていない魔物が潜んでいたかもしれないから、今日は退くことにしたんだ」
「まあ……魔物の相手に夢中になって、俺たちのことを忘れられても困るしな。……隊長さんたちは何を見ているんだ?」
アレクたちは広間の奥の窓際で、先程から地図を広げて話し込んでいるが……白熱しているのか、まだ二人の話が終わるには時間はかかりそうだ。
「ここから領都までに魔物が出現していたポイントとか、それへの騎士団の対処とか……団長からの指示書だよ。後は……まぁ、細かいことだね」
彼の質問に答えつつも、三番隊については適当にごまかした。
「ふぅん……指示書ってことは、まだ俺たちはコッチでやることが残っているのか? デカい群れは潰したし、概ね問題は片付いたと思ったんだが……」
「北の森だけじゃなくて、一の森の魔物とかも絡んでいるみたいだからね。……もし任務を切り上げたいのなら、領都で交代人員を用意してもらうけど?」
「いや……そこまでするほどじゃないが……なぁ?」
彼はそう言うと、苦笑しながら他の隊員たちを見た。
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