758

1588


「そんで? この印が付いた場所を見て回ればいいのかな?」


 広げた地図を眺めながらオーギュストの説明を待っていると、オーギュストは頷きながら、もう一枚別の地図を取り出した。


 そして、その地図の上にサラサラとペンを走らせていく。


「もう一つの方には、アレクシオ隊長たちへの報告書と指示書が同封している。これと併せて彼らに見せて欲しい」


 一通り書き終えたのか、オーギュストはペンを置いた。


「ふむふむ……これは……街道の見回りの計画か何かかな?」


 地図には新たに、どこにどの隊をどれだけ移動させる……とか、どこに止まらせる……とか書いている。


 ただ、それが何時のことなのかは記されていないが……。


「今日やるの?」


 俺の疑問にオーギュストは首を横に振った。


「いや、それは流石に無理だ。早い方がいいんだろうが、今は天候が悪い。なにより人手が足りない」


「……なるほど。雨季が明けてからってことだね」


「そうだ。詳しい内容は指示書に記されているが……昨日仕上げたものだからな。まだ状況次第で指示の内容が変わるかもしれない。そのことも伝えておいて欲しい」


「うん、了解。……でも、その言い方だとアレクたちはまだ向こうに行ったままになるのかな?」


 本来は昨日一日で全部片づけてくる予定だったのに、思ったよりも長く街を離れることになりそうだ。


 大丈夫なのかな……と思っていると、オーギュストは「大丈夫だ」と頷いた。


「ジグハルト殿は元々一の森の拠点に出向する予定だったし、アレクシオ隊長にしても、雨季の間は二番隊の活動は多くないからな。例年通りなら後一週間も経てば雨が上がるだろう。それくらいの期間なら私が指揮をとれば問題は無いだろう」


「……ほぅ。まぁ……テレサはちょっと忙しそうだけど、リック君もいるし、この時期ならそれでも大丈夫か」


「そう言うことだ。他に聞きたいことは?」


「もう無いかな? それよりも……なんか手の込んだ連絡の仕方だったからどんなことを話すのかと思ってたけど……思ったより普通のことだったね。これくらいなら別に屋敷内で漏れたとしても構わなかったんじゃない?」


 とりあえず、領都にとって大きなことと言えば、アレクが戻ってくるのが遅れるってことくらいだよな?


 オーギュストまでいない状態だと、流石にそのうち手が回らなくなりそうだけれど、彼が戻って来たのならしばらくの間は問題無く機能するだろう。


 慎重になるのは悪くないが……と首を傾げていると、オーギュストが苦笑しながら答えた。


「今後の領内の警備体制などについても記しているからな。それに、向こうに渡す指示書の方が重要だ。もっとも、それは私たちにとってでは無くて、商人にとってだがな。これ以上街を騒がせたくなかったから、伏せておきたかったんだ」


「なるほど……いまいちよくわかんないけど、コッチを持って行けばわかるんだね」


 アレクたちへの指示書が入った封筒を軽く持ち上げて見せると、オーギュストは「そうだ」と頷いた。


 肝心のその内容については何も言わないし、俺もここで聞くのは止めた方がよさそうだな。


 まぁ……部屋の雰囲気から、そこまで切羽詰まった内容って感じはしない。


 アレクたちに渡してから一緒に見たらいいか。


「よし……とりあえず、これで話は終わりだね? それじゃー行って来るよ」


「ああ。君に限って外の移動で危険は無いだろうが、まだ街道に魔物が出てくるかもしれない。気を付けてくれ」


「はいはい」


 オーギュストに適当に返事をしながら、封筒と地図をポーチに詰め込むと、部屋を後にした。


 ◇


 領都を出発してから、街道を北に向かうこと数十分。


 ここまでは街道上や周囲の森の様子を見てはいるが、時折森の端に小型の魔物や獣の姿はあるものの、強力な魔物が森から出て来ているようなこともなく、普段の森のままだ。


 だが、そろそろ昨日戦闘を行った場所が見えてくる頃だ。


【緋蜂の針】や【影の剣】を発動して、いつでも戦闘に移れるように準備をすると、【浮き玉】の高度を下ろして現場に近づいて行った。


1589


 まずは街道を見て回るために、しばらくの間、戦闘跡の周囲を行ったり来たりしていた。


「まぁ……わかっちゃいたけど、荒れっぷりがひどいよね。魔物が戦闘跡に寄って来てたらどうしようかと思ったけど、これじゃ寄ってくるどころか近付こうとも思わないかな?」


 戦闘跡と言っても、普通に戦っただけじゃなくて、魔物の死体を処理するために積んだ山に向かって【ダンレムの糸】を撃ったんだ。


 それも二発も。


 焼却処分の場合だと燃え残りや灰が残っていかもしれないし、それに魔物が釣られたりって可能性もあったんだが、流石に死体の大半が消し飛んでいるからな。


 さらに、この荒れっぷりだ。


 もっとじっくりと探せば、どこかに矢の範囲から外れた死体の一部が転がったりしているかもしれないが、それくらいだとわざわざ魔物がこの場に止まったりはしないだろう。


「とりあえず……この辺に魔物はいないみたいだね。やっぱり昨日のアレは積み荷にひかれてたのかな……?」


 それとも、人が通ったからか。


 何にせよ、まだまだこの辺を一般人が通ることは無いだろうし、ちょっと先にある地面の大穴も含めて、今は放置していて大丈夫そうだな。


「それじゃー……ここまでは大丈夫っと」


 ポーチから取り出した地図にチェックを入れていく。


 ここに来るまでにも、北の森を始めいくつかのポイントを見て回ったが、昨日までに戦闘があった場所はもちろん、それ以外の場所にも異変は起きていなかった。


 カエルもどきがどこかにいてもおかしくはないんだが……俺の索敵の範囲外にいるのか、それとも地中にでも身を潜めているのか……気にはなるが、大人しくしている分には後回しでいいか。


「さて……と」


 俺は地図を折りたたみポーチに入れると、クルっとその場で【浮き玉】の向きを変えた。


「後はこっちか」


 向いた先は東側で、そちらには一の森が広がっている。


 ここに来るまでの間、北の森とは違って、街道からでも時折一の森の外に出てくる魔物の姿は捉えていたんだが、この辺りだと全くその気配が無くなっている。


 昨日はこの辺に生息していたであろう魔物を、かなりの数倒したし、ただ単にいなくなっているって可能性もあるが、その戦闘の気配を警戒して後退していたって可能性ももちろんある。


 そんな慎重な魔物が相手の場合だと、迂闊に森に入り込むと襲ってきたりもするからな……。


 どうするか。


「上から行こうかな?」


 しばし一の森を睨みながら考え込んでいたが、ここはシンプルに縄張りの外から見て回るか。


 そう決めると、俺は一気に上昇して、森の上空に入っていった。


 ◇


「うーん……と? あっ、あの辺りだね」


 森の上空に入った俺は、すぐに昨日の目印を作ったポイントを発見した。


 あの辺りだけ森の木がゴッソリ無くなっているから一目でわかったな。


「森に入ってからここまで魔物の姿は見えないし、何かに仕留められたような痕跡も無しか。んで……?」


 姿まではハッキリとわからないが、森のさらに奥から、上空を漂っている俺に視線を向けている魔物が何体かいるのが見えていた。


「姿かたちまではわからないけど、強さは中々だね。それより少し弱い魔物がその奥に何体もいるけど……群れのボスかな? オレを警戒しているみたいだね」


 近付いてくる気配は無いが、上空にいて手が出せないからってよりも、変な動きをしないかの監視って感じだね。


 昨日はあんなのはいなかったはずだし、この辺にいた魔物を群れに組み込んだってところかな?


「まぁ……それならオレが何もしなければ襲ってきたりはしないかな? このままこの辺りの魔物を奥まで引っ張っていってくれたら、昨日オレが仕留め損ねた魔物が孤立するから戦いやすくなるんだけどね……。おっと、真上に来ちゃったか」


 奥の魔物を警戒しながら地上の様子を探っていたが、何も無いまま木が何本も倒れているポイントまでやって来ていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る