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「お前が気にする必要は無いわ」
俺の声の様子から、兵を動かしたことを気にしているのがわかったのか、セリアーナはうつ伏せのまま話を始めた。
「一番隊の兵も一緒に向かわせたんでしょう? 二番隊だけなら見逃しがあるかもしれないけれど、一番隊が現場で指揮を執るのなら問題無く進行出来るわ」
「ふむ……セリア様が見ていた時はどんな感じだったの?」
「門前の広場で、北側に並んでいたわ。混雑は解消していなかったけれど、少なくとも事故は起きていなかったわね。それよりも」
セリアーナはそう言うと、自分の耳をチョイチョイと指した。
「耳……? あぁ、コレかな?」
一瞬何か耳元で聞きたいことでもあるのかと思ったが、その気になれば【隠れ家】だってあるのに、内緒話をする意味は無いよな。
となると、【妖精の瞳】か。
俺は自分の耳から取り外してセリアーナの顔の横に持って行くと、またも自分の左耳をチョイチョイと……。
「着けろってことね……はい、いいよ」
「結構」
セリアーナの耳に【妖精の瞳】を着けると、彼女はすぐに発動した。
【妖精の瞳】は、セリアーナの加護と合わせるとより詳しく人の動きが見えるようになるんだが、それにしても随分と忙しない。
「何か気になることでもあるの?」
「向こうで私が見ていたでしょう? その時はコレが無かったから不十分だったのよ。立ち位置や編成で判断したけれど、正確じゃなかったし……念のためね」
「……ほぅ」
セリアーナの加護でどんな風に見えるのかは俺には想像でしかわからないが、それでも、何となく言っていることは理解出来る。
流石に商人に問題は無かったようだが、明らかに御者や護衛の見え方がおかしな一行がいたりしたんだろう。
だが、チェックでは特に怪しい箇所は見つからずに、そのまま素通りしていたから、リーゼルに報せに行かせたってところかな?
「何も無いならいいけど、気にはなるもんね……」
「そういうことよ」
セリアーナは俺の呟きに答えると、集中したいのか黙ってしまった。
まだいくつか聞きたいこともあったんだが……一先ずこのまま気が済むまでやらせるか。
俺はセリアーナの邪魔にならないように気を付けながら、肩や首周りのマッサージを行った。
◇
「おや?」
顔の側に浮いている目玉が急に消えたことに気付いた俺は、セリアーナの左耳に視線を移すと、解除された【妖精の瞳】があった。
「解除したんだ? もう終わったの?」
肩を揉む手を止めて訊ねると、相変わらずうつ伏せのままのセリアーナが、「ええ」と答えた。
「貴族街全体を見ていたけれど、リーゼルに渡した手紙に記した内容と違いはなかったわ。下の騎士団本部から兵を動かしているし、何かが起きるってことはないはずよ」
先程に比べて力を抜いているのか、顔が枕に埋もれて声がくぐもっているが、とりあえず、セリアーナの懸念は解消したようだ。
「見たのは貴族街だけなの?」
「ええ。色々な立ち位置の者がいるんだし、領都全体を見ても仕方が無いでしょう? 貴族街だけで十分よ。それに、兵を送ったといっても、手出しをするようなことはないはずよ」
わざわざ兵を動かすってのに、拘束したりはしないのか……。
「監視だけなんだ?」
まぁ、何の罪で拘束するのかって問題もあるか。
「あくまで身元を確かめるだけよ」
「なるほどねぇ……でも、それにしては向こうの使用人とかも警戒していなかった?」
「あら? よく気付いたわね」
「珍しくセリア様が使用人を旦那様の部屋に送ってたからね……。どうかしたのかなって思ったんだ」
自分の部屋に入る許可を与えるくらいだし、あの彼女が怪しい動きをしているとかそんなことはないと思うんだが、それでもちょっとセリアーナらしからぬ扱いだよな……。
「大したことじゃないわ。彼女は商業ギルドの幹部の縁者だから、今回の件は私たちの動きを出来るだけ伝わらせたくなかったのよ」
「ふぬ……まぁ、指示を出したタイミングで、オレたちが寝室に移動した……ってだけでも、情報と言えばそうだしね」
「商業ギルドは敵ではないけれど、一々探られるのも面倒だし、今回はアレでいいのよ」
そう言うと、自分の腰を指した。
肩や首はもうよくて、今度は腰をマッサージしてもらいたいようだ。
俺は「はいはい」と、肩から手を移動させた。
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夕方にセリアーナの部屋に戻って来てから、セリアーナと普通に話をしたり、寝室でマッサージがてら話をしたり、また寝室から出て話をしたり……彼女の部屋で過ごしていたが、日が暮れてしばらくした頃、研究室に詰めていたフィオーラが、仕事が終わったのか部屋に姿を見せた。
そして、彼女も一緒にそのまま部屋で過ごすことになった。
商業ギルドの幹部の縁者である使用人も、執務室から戻って来て以降はそのまま部屋にいるし、どうやら今日はもう彼女のことは気にしないでいいようだ。
まぁ……フィオーラが部屋に入って来た時、「今日は何も無かった」とボヤいていたし、特に伏せておきたいような情報は出てこないだろう。
変に彼女だけ排除するのも怪しまれるし、そもそも別に問題がある行動をしているわけでもないしな。
ってことで、使用人たちのことは気にせずに、セリアーナたちと三人で当たり障りのない話を続けていると、夕食の時間になってしまった。
ここ最近だと今の俺たちに加えて、エレナやテレサも一緒に食事をとることがほとんどなんだが、今日はその二人はまだ戻って来ていない。
いやはや、珍しいと言うか……今日は余程忙しくなっているんだろうか?
「二人は忙しいようね」
「そうね。エレナは仕方が無いけれど……テレサは思った以上だったわね」
セリアーナたちもそう考えたのか、食事をしながら同じようなことを話している。
「今日は昼を過ぎてから外の訓練場に運び込まれた荷を調べたり……騎士団の仕事が忙しいのはわかっているけれど、エレナも相当なようね。アレクが戻って来ていないとはいえ、全部応対しているのかしら?」
「どうかしら……エレナも慣れてはいるはずだし、適当なところで切り上げることも出来るでしょう。無理はしていないはずよ? もし……仮にどうしても面会を断ることが出来ないような相手がいたとしても、何かしらの方法で私に連絡が来るはずですものね」
そう言うと、セリアーナは窓の外に視線を向けた。
この感じだと、あまり加護の範囲を広げていないのかもしれないな。
……とりあえず。
「エレナもアレクも普段はあんまり屋敷にいないからね。今日はエレナだけだけど、いい機会だからお客さんが詰めてるんじゃない?」
話は二人に任せて黙っていたが、少しは俺も喋ろうかなと、会話が途切れたタイミングでそう言うと、「それもそうね……」と二人は頷いている。
「んで、エレナの方は別に問題とかが起きていないだろうし、いいとして。テレサの方はどうなってるんだろうね? フィオさんが言ったように、外の荷物の件で忙しいだけなのかもしれないけど……」
テレサは騎士団だけじゃなくて、冒険者ギルドの方にも関わっている。
俺たちが考えているよりもずっと面倒な作業をしているのかもしれないが、それにしても朝から今に至るまで、ずっと冒険者ギルドにいるみたいだしな。
「冒険者ギルドか外の訓練場か……もし何か問題が起きているのなら私たちにも連絡があるでしょうし、何もないのなら、ただ単に忙しいだけでしょう。三番隊の件もあるし仕方がないわ。今日は屋敷には戻ってこないかもしれないわね」
「それもそっかー……」
それはちょっと困ったな……と力なく返事をしていると、二人は俺の声が気になったのか、「どうかしたの?」と訊ねてきた。
「三番隊のこともだけど、明日のこともちょっと相談に乗ってもらおうかなって思ってたんだよね。でも、今日はタイミングが悪かったみたいだね」
「明日……? ああ、北の森や拠点のことね」
セリアーナの言葉に、俺は「そうそう」と頷いた。
たった一日で、領地での魔物に対する動き方ってのが変わってしまったしな。
そのことを明日北の拠点にいるアレクたちにどんな風に伝えたらいいのかってのを聞きたかったんだが、この分だと今日は難しそうだ。
いっそ明日北の拠点に出発するのは、テレサから話を聞いてからにするか……と、考えていると。
「うん? どうかした?」
ドアの外に視線を向けるセリアーナに気付いた。
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