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「ただいまー」
セリアーナの部屋に戻ってきた俺は、まずは帰宅の挨拶をしながら部屋の中を見回した。
部屋の中にいるのはセリアーナと使用人だけで、エレナの姿は見当たらない。
机の上は片付いているし、俺が出かける前に取り掛かっていた仕事は片付いたようだが……。
「お帰りなさい。二人に話は聞けたのかしら?」
ドアのすぐ側でキョロキョロしていると、セリアーナはこっちに来いとばかりに、目の前をソファーを指した。
「フィオさんにはね。テレサの方はちょっと忙しそうだったからやめておいたよ。まぁ……でも、色々話は聞けたからね。フィオさんから何人か推薦してもらったし、他にもどんな風に選んでいったらいいかってのは、何となくわかって来たかな?」
俺は部屋の中を移動しながら、先程までのお出かけの成果を話していく。
「そう。急いで決めるようなことではないし、私たちも動くから焦る必要はないけれど、お前に何かいい案があるのならそれはそれで構わないわ」
「うん。まぁ……オレの案っていうよりは、フィオさんに相談に乗ってもらったことなんだけどね。よいしょっと……それより、エレナは用事でも出来たの?」
セリアーナの向かいのソファーに座ると、エレナが部屋を離れた理由を訊ねた。
俺が出かけてまだ一時間も経っていないし、まだ彼女が屋敷に戻るような時間じゃないと思うんだが……何かあったのかな?
「お前も外を見て回っていたから気付いているでしょうけれど、商業ギルドからの使いが増えているの。エレナ……というよりも、二番隊隊長にもね。今はアレクが街にいないから、代わりにエレナが相手をする必要があるでしょう? お前が戻ってくる少し前に自宅に戻ったわ」
セリアーナの言葉に、「あぁ……」と頷いた。
役職的にはアレクは大分領内でも上の方ではあるんだが、身分って意味では、アレクもエレナもそこまで平民から離れているわけじゃないし、商業ギルドの幹部までいかなくても、ある程度立場が上の者なら話を持っていけるんだろう。
何組来るのかはわからないが、忙しそうだな。
「うん? 元から予定があったの? それとも急遽?」
「後者よ。執務室経由で話が届いたわ。屋敷で文官たちを相手にするよりも、エレナを相手に話をする方が有益と判断したんでしょう」
「なるほどねぇ……それじゃー……エレナもだけど、フィオさんとかも忙しくなるのかな? 帰ってくる時にだけど、貴族街の入口の所で馬車が随分並んでたんだよね。それだけじゃなくて、後続もまだまだいそうだったし、その中にはエレナのところに来る人もいるんじゃないかな?」
領主の屋敷に話を伺いに来れる者なら、上手く話を持っていったら、エレナとの面会予約も取れるだろう。
派閥は違うかもしれないが、リーゼルに面会申請を出すよりかは、エレナの方が許可が下りやすいだろうしな。
オーギュストやリックにもその話が行ってるかもしれないが、彼等はまだまだ職務中だし、無視しているはずだ。
それに……自分で名前を挙げておいてなんだが、こういう話はフィオーラは相手しないだろうし、その分エレナに集中しそうだよな。
俺は先程の上空からの光景を思い浮かべながら、エレナも大変だろうな……と考えていると、セリアーナが意外そうな表情を浮かべた。
「外が混雑していたの?」
「うん? ……うん、気付かなかった? 馬車が詰まっていて検問の兵だけじゃ足りなさそうだから、騎士団本部で待機している兵たちをそっちに回せないかって、帰ってくる前にリック君に言ってきたんだ」
領都全体は無理でも、貴族街の入口くらいまでなら、無理なく加護の範囲を広げられるだろうし、てっきり外の様子に気付いていたと思ったんだが……違ったみたいだな。
「そう……」
セリアーナは短く返事をすると、両眼をギュッと強く閉じて何かに集中するような素振りを見せた。
加護を使っているんだろうが……この様子じゃ今日は範囲を大分絞っていたみたいだな。
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加護に集中するために閉じていた目を開けると、ソファーから立ち上がり机に向かって行った。
そして、そのまま座ると引き出しを開けて、中から紙を取り出して書き物を始めた。
今の間で何か気付いたことでもあるんだろうな。
俺はセリアーナの加護のことを知っているから、その行動を納得していたが……部屋の隅の使用人たちに目を向けると、口には出さないが不思議そうな表情を浮かべていた。
まぁ……俺と話していたかと思うと急に黙り込んだ上に目を閉じて、さらに、急に立ち上がったかと思うと、机に移動して何やら書き物を無言で始めたんだ。
セリアーナの加護のことを知らない彼女たちは、そりゃ何事かな……と思ってもおかしくはないか。
とは言え、わざわざ教えるようなことではない。
使用人たちに、セリアーナはちょっと変わったところがある奥様って思われるだけだし、このままでいいか。
そんなことを考えながら、ペンを走らせるセリアーナを眺めていた。
◇
さて、セリアーナを眺めること十分弱。
必要なことを書き終えたらしく、その紙をクルクル丸めて封をすると、使用人の一人を自分の下に呼び寄せた。
「これをリーゼルに届けて頂戴」
「はい……。私が直接届けますか?」
リーゼルの執務室は今も絶賛大忙しだろうし、いくらセリアーナの申し付けとは言え、いち使用人である彼女が向かうのは中々ハードルが高いはずだ。
いつもだと俺が持っていくか、そうじゃなくても本館と南館の境にいる女性兵たちに渡すことが多いし、使用人がそのまま持って行くってことは滅多にない。
今回もそのどちらかになるのかな……とそのまま眺めていると。
「ええ、お願い。返事をもらう必要は無いから、渡すだけで構わないわ」
セリアーナは彼女にそのまま持って行くようにと命じた。
「はい……。それでは、行ってまいります」
セリアーナから手紙を受け取った彼女は、一度頭を下げるとすぐに部屋から出ていく。
俺はしばらく彼女が出ていったドアを眺めていたが、珍しいこともあるもんだな……とセリアーナを振り向くと、「ふう……」と左手で右肩を揉んでいた。
今の手紙を書いたので疲れたのかな?
「肩でも凝った? マッサージしようか?」
「そうね……向こうでお願いするわ」
セリアーナはそう言うと椅子から立ち上がり、寝室に向かって歩いて行く。
使用人たちには何の指示もなしか……。
俺は「ふむ?」と首を傾げつつも、セリアーナの後を追って寝室に向かった。
◇
寝室に入ると、セリアーナはベッドにうつ伏せになった。
座ってじゃなくて、横になった状態でやれってことだな。
「【祈り】と【ミラの祝福】どっちにする? それとも両方にする?」
「【ミラの祝福】だけでいいわ」
「はいはい。それじゃー……」
俺は横になっているセリアーナの枕元に移動すると、両肩に手を当て、ゆっくりと動かしてマッサージを始めた。
「セリア様」
肩や首を揉みながら声をかけると、セリアーナはうつ伏せのまま「何?」と返事をした。
「さっき街の様子を見ていたんでしょう? 何かあったの? まぁ……何かあったから旦那様宛に手紙を書いたんだろうけれど、手紙の持って行かせ方とか、いつもと違ったよね?」
さらに言うなら、肩が凝った仕草とか、マッサージをするのに寝室に移動したりだとか、何かあったんだってことを伝えようとする、割とあからさまな仕草ではあったよな。
「大したことではないわ。ただ、敵でも味方でもないような者が検問前に何人か溜まっていたから、通した後も気を付けるように……とだけ伝えたのよ」
「……む、人手が足りなそうだから、待機中の二番隊も応援に行かせたんだけど、まずかったかな?」
直接話をする者は商業ギルドに所属する者たちだから身元はハッキリしているだろうけれど、一緒についてくる御者とか護衛とかまではどうかわからない。
事故が起きる前に混雑を解消させようと、手の空いている者を応援に向かわせたんだが……失敗だったかな?
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