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「おっとぉ……?」


 逃げていった生き物たちの後を追って森の中を移動していると、小型の妖魔種が溜まっている場所が見えてきた。


 獣がいないのは、あそこにいる魔物たちを避けるために別の場所に行ったからかな?


 複数の魔物の群れが、近づき過ぎたりしないように互いに距離を測りながら、周囲をキョロキョロと探っていた。


「場所に余裕はあるし、もっと散らばってもよさそうなんだけど……」


 俺はそう呟きながら、魔物たちが固まっている場所の様子を、木の陰に身を潜めながら窺った。


 丁度森が途切れている位置の手前だし、向こう側に川が流れているみたいだな。


 雨で普段よりも増水しているだろうに、水流の音が聞こえてこないけど……もうこの辺から川幅が結構あるんだろうか?


 領都の側を流れる川ならともかく、今まで森の中の川まではわざわざ見ようとしなかったからな……。


 それはともかく。


「オレから逃げて自分たちじゃ渡れない場所に来ちゃったのかな……? この辺に慣れていないって可能性もあるけど……」


 元々この辺にいた魔物は先日の北の森の外での戦いで大半は討伐したはずだし、こいつらは別の場所に生息していた魔物で、それがここ最近の森の北側でのゴタゴタで、こっちに移動してきたって可能性はあるよな。


 それなら、こういうちょっと間の抜けた行動も理解は出来るが……。


「ふむ……」


 俺は魔物たちから目を離さずに、コソコソと【浮き玉】の高度を上げて、魔物たちの背後に回り込んで行った。


 ◇


「ふむふむ……?」


 俺は上空から魔物を通り越して、森の外に出ると、周囲を眺めながらそう呟いた。


 先程予想した通り、俺が思っていたよりも川幅はずっと広い。


 上流の樽や木材を拾い上げた箇所に比べたら、川幅は倍くらいはあるだろう。


 水量は多いが、川幅が広がった分流れは多少は緩やかになっている。


 流れを乱すような岩や流木なんかも見当たらないし、水音が聞こえなかった理由は理解出来た。


 そして、魔物たちが渡ろうとしない理由もだ。


「橋の代わりに使えそうな倒木も無いし、体一つでこの川を渡るのはちょっと難しいよね。それに……」


 俺はジッと川べりを睨む。


 森の方から川にかけて、木の幹くらいの太さの何かが這ったような跡が目に入った。


 この雨の中で上空からでもわかるくらい、その跡はしっかりと残っている。


 昨晩か今朝か……どちらにせよ、まだ出来たばかりだろう。


「カエルもどきか。一体だけみたいだけど、この辺をうろついていたみたいだね。本気で探せば見つけられるかもしれないけど……今この状況で見当たらないってことは、簡単に見つかる場所にはいないってことかな?」


 魔物たちがあの場に止まっているのはこの痕跡に気付いたからか、それとも、森に潜んでいるカエルもどきに気圧されてかのどちらか……両方かな?


 なんにせよ、この魔物たちは街道に出て悪さをするってことはなさそうだ。


「始末してもいいけど、折角森の浅瀬に生き物が戻ってきたわけだし……今回は放置でいいかな? 死体の処理にも時間がかかるしね」


 見つけ次第散々追い払っておきながらこんなことを言うのもなんだが、余程暇ならともかく、俺は今日は時間にあまり余裕はないんだ。


 まだやることが残っているのに、ここで時間を使いすぎるわけにはいかない。


 この魔物たちはこれで良しとして、さっさと森の中に戻ろう。


 魔物たちを刺激しないように、俺は少し北に移動してから森の中に下りていった。


 ◇


 再度森の中に入ってからしばしの間移動を続けていたが、小さい魔物や獣は見つけても、カエルもどきのような大物とは出くわさずにいた。


 だが、俺は地面に転がる物を見つけると、尻尾で側に手繰り寄せながら「またか」と呟いた。


「浅瀬の方だと何も見当たらなかったけど、この辺では見つかるね」


 俺が先程からいくつか見つけた物は、途中で千切れたシカか何かの足だった。


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「丸呑みして、邪魔だった部分だけ千切って捨てたってところかな?」


 目の前にぶら下げていた、シカの千切れた足を放り捨てると、改めて周囲の様子を探ることにした。


「……いないよな?」


 一しきり周囲を見回してみたが、俺の目では何も見つけられないし、例によってヘビくんたちも反応は無し。


「仮にいたとしても、何体いるかだよね。一応この辺りには四体はいるはずなんだけど……」


 今捨てたばかりの千切れた足や、これまでに見つけた食べ残しが、果たして同じ個体が作った物かどうかだよな。


 もっと俺より魔物とかに詳しい……それこそ猟師あたりなら、噛み跡とかで見分けられるのかもしれないけれど、俺はそんなことは出来ないからな……。


 どうしたもんかな……と、しばし悩んだが。


「……よし。とりあえず、地面に跡が無いかだけ見ておいたらいいかな?」


 カエルもどきは、俺のように宙を浮いて移動するわけじゃないし、移動するなら必ず尻尾を引きずっている。


 足跡は消えてしまうこともあるが、尻尾の跡だけはハッキリ残っているし、俺でも見逃すことは無いだろう。


 差し当たっての方針を決めると、森の中の移動を再開した。


 ◇


「ほっ!」


 目の前の魔物の群れに照明の魔法をぶち込んで、森の西側に追い払った。


 魔物を発見次第、俺の存在を気付かれないように上空に移動してから回り込んで、魔物たちが街道に抜け出さないように方角に気を付けながら、上手く一発で決められるように魔法を撃ち込んで……と、大分手間をかけている。


 正直なところ、出くわした魔物はどれも小型だったし、この程度の群れなら10分もかけずに全滅させられるんだが……折角こちら側に戻って来た生き物なんだし、襲ってきたりしなければ、わざわざ殺す必要も無いだろう。


 ジャケットの威嚇と目潰しだけで十分追い払えている。


 俺は「ふぅ……」と息を吐くと、走り去っていく魔物たちの背中を睨んだ。


「ゴブリンとコボルトの群れが一緒にいるか……。この辺りに戻って来たばかりだから、縄張りとかがまだ無くてゴチャゴチャになっているってこともあるかもしれないけど、それにしたって場所はたくさんあるはずなんだけどね」


 まだ獣と一緒に行動している姿は見ていないが、争っている様子も見えていない。


「共通の敵……というか、ひたすら怯えているというか……。やっぱりカエルもどきはいるみたいなんだけどね」


 森の中を結構な時間ウロウロしているつもりではあるが、強力な魔物の姿は見つけられない。


 それにも拘らず、魔物たちが複数種の群れで行動するだなんて真似をするってことは、俺が見つけられないだけで、それなりの脅威がいるってことだ。


 まぁ、カエルもどきなんだろうけどな。


「でも、食われた魔物の残骸は目につかないんだよな。サイズが小さいから一体じゃ腹が膨れないし、普通の獣よりは色々やってくるから狩りにくいのかもしれないけど、魔物は餌の候補にはなっていないのかな?」


 俺は頭を小さく振りながら「わからん……」とぼやくと、そのまましばらく唸っていたが。


「魔物の考えなんて理解しようとするだけ無駄かな?」


 別に思考を放棄したわけじゃないんだが、他の魔物ならともかく、カエルもどきなんてわけのわからない生き物の行動を俺如きが予測しようだなんて、流石に無理過ぎるだろう。


 カエルもどきがうろついている……それがわかっただけで十分だ。


 あんまり拘り過ぎないで、さっさと見回りを続けよう。


 ◇


「……街道まで来ちゃったねぇ」


 森の中をウロウロしながら、目についた魔物の群れを脅してどっかに行かせて……。


 そんなことをしていたら、いつの間にやら森を出て街道が見える場所まで来てしまっていた。


「目についた魔物は西側に追いやったから、帰還する連中が街道を通っても襲ってきたりはしないと思うけど……どうなるかな?」


 薬品が入っていた樽を始め、荷物は特殊な布で包むから魔物を引き寄せる効果は表に出ないとは思うが……それ抜きでも、街道を移動している人間を襲ったりするかもしれないしな。


 もう少しこの辺を……。


「おや?」


 もう少しこの辺りの見回りを行おうと考えていると、街道の先で上がっている狼煙に気付いた。


 昼頃出発と聞いていたけど……もう出発したのかな?

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