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フィオーラは睨むセリアーナに「冗談よ」と笑って返すと、先程の話の続きを始めた。
「一の森……魔境に関しては、手に負えない魔物が多数生息することはこの国の者ならわかっているし、何の問題も無いと思うわ。でも……ねぇ?」
フィオーラは苦笑しながらテレサに視線を送ると、フィオーラとは逆に真面目な表情で頷いた。
「未開拓の魔境ではなくて、既に領地として領民が生活しているすぐ側に、コレだけ強力な魔物が生息していたとなると、外部の者たちが参加を躊躇うかもしれません。今後の領内の開拓の進度に影響が出かねないですね」
テレサは普段から騎士団本部に出入りして2番隊に関わっている上に、最近は冒険者ギルドとの関わりも強めているため、以前と違って、他所から来た冒険者たちの考えも、彼女はかなり正確に理解出来るようになってきている。
そのテレサの意見に、セリアーナは深い溜息で返事をした。
「エレナ?」
「はい。それこそ、セリア様が連れてきた彼女たちのように十分な腕を持っている者たちならば、初めから魔境やダンジョンでの活動が目的ですから大丈夫ですが、中には景気の良さに釣られてリアーナにやって来た冒険者もいます」
「まあ……そうね。むしろ、腕が立ちながら拠点を持てていないような冒険者は、早い段階でウチに来ているだろうし、今後ウチにやってくる冒険者は、後者のパターンが多くなるはずね。でも……それだと魔境は無理だし、ダンジョンでの狩りも許可は出せないわね」
「ええ。ですが、その彼らにも任せられる仕事はあります。ダンジョンや領土を拡大させるための魔境の開拓は無理でも、既にある程度魔物の情報が出そろっている、リアーナ領内の開拓事業の護衛任務などがそうですね。ただ……」
エレナはそこで口を閉ざすと、セリアーナの顔を見た。
そして、二人揃って溜め息を吐く。
「流石に、明らかに能力面で不安がある者を送り出すことは出来ないわね。護衛先を危険にさらすかもしれないし、そもそもカーンが任務を引き受けさせないでしょう。……人手が足りないわね。ついでに時間も」
「はい。今回の一件に絡んでのことかもしれませんが、ある程度確証を得るまでは動かせません」
再度揃って溜め息を吐いている二人を他所に、フィオーラはテレサに話しかけている。
「騎士団と魔境の探索を行っている冒険者たちを調査に回すことは出来ないの? 猟師ギルドも巻き込んで、一気に片付けてしまえないのかしら? 冒険者も悪くないけれど、森や山の探索なら彼らが一番でしょう? 探索と調査は猟師ギルドに任せて、騎士団や冒険者たちは魔物への警戒に専念させてしまえばいいんじゃないかしら?」
リアーナ以前からこの土地で活動している猟師ギルドの猟師たち。
職分が違うため滅多に協力し合うことはないが、不仲というわけではないし、要請したら協力を取り付けることは不可能ではない。
だが、セリアーナは首を横に振った。
「能力面だけなら問題は無いけれど、それでも彼らは魔物討伐ではなくて獣や薬草採取が専門よ。数日程度ならともかく、長期間付き合わせることは出来ないわね」
納得したのか、フィオーラは「そう……」と呟いた。
「でも……そうなると、この広いリアーナ領の調査なんて終わらせられるのかしら? 試料を採集してきてくれたならウチの職員たちも使って構わないけれど、調査に出すことは出来ないわよ?」
「来年以降を考えていた三番隊だけれど、それを雨季前後の一時的な組織としてではなくて、年間通じての正式な部隊に格上げすることも検討しないといけないかもしれないわね」
「率いるのは姫になるわけですし、私ももちろんご一緒しますが、他の隊員はどうしますか? 騎士団からも冒険者ギルドからも、これ以上人を出すのは難しいですが……?」
「今北の拠点にいる隊から引き継ぐしかないわね……」
ただでさえ、今回の調査のために各所に無理を言って集めた自覚があるだけに、セリアーナは再び大きな溜め息を吐いた。
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昨日は夕方屋敷に帰って来てから、諸々の報告を終えてセリアーナの部屋に移動したんだが、風呂に入ったりお茶を飲んだりしていたらいつの間にか眠っていたらしく、気付いたら寝室だった。
その後、隣室に移動して食事などもちゃんととったんだが……やはり疲れが溜まっていたようで、またも気付けば眠っていた。
気付いたら眠っていた……ってことはこれまでも何度かあったんだが、一日で二度も寝落ちするってのは滅多にないし、やっぱ中途半端に眠ったのがよくなかったのかもな。
さて、それはともかくとして……。
「まあ……無理をせずに、適当に見て回りなさい」
「うん、わかってる。2時間かそれくらいで戻ってくるつもりだよ」
「結局、今朝はまだ何の報告も上がっていないし、北の森も川のどちらも問題は起きていないでしょうからね」
「それじゃー……行って来まーす!」
見送りに部屋のドアの前まで来たセリアーナにそう告げると、珍しくドアから部屋を出ていった。
向かう先はフィオーラがいる地下の研究所だ!
◇
「ふーぬ……ちょっとお客さんが多いんだね。バタバタしてるみたいだけど……」
本館の一階を移動しながら、ついでに周囲の気配を探っているんだが、普段並に屋敷に外部の者が訪れている。
と言っても、騎士団や冒険者ギルドのような者ではないし、普通の商人とかのおっさんぽいかな?
セリアーナが言っていたように、事件が起きたってわけじゃなさそうだが……。
「どうしたのかな……」と廊下に並ぶドアの向こうを気にしながら進んでいると、丁度廊下の先から見知った顔の文官が歩いて来ていた。
リーゼルの執務室に立ち入れるような者だし、ある程度の位に就いているんだろう。
何か知っているかもしれないし、彼に聞いてみるか。
「お疲れ様。今忙しい?」
俺に気付いて頭を下げる彼にそう声をかけると、一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに「構いません」と答えてきた。
「なんか屋敷に人が多いけど、街で何かあったの?」
「はっ。先程ですが、北の森の調査に向かっていた兵が、北から狼煙が上がっているのを発見しました」
「狼煙……北の拠点からかな? ん? もう森の調査に出てるの? また随分早いね……」
彼の報告を聞きながら、俺は頭に浮かんだ疑問を口に出していくと、別に全てに答える必要は無いんだが、律儀に彼は答えていく。
「この天候ではありますが、日中の方が魔物の活動は活発になりますし、魔物が動き出す前に川の水だけでも調べておく予定でした。アレは領都だけではなく、領都周辺の街でも利用されますから……」
「あぁ……ココだけなら何かあってもすぐに対処出来るけど、他のところだとちょっと難しいからね」
他の街や村に昨日のことを報告しているかはわからないが、何かあっても簡単に今は領都から人を送れないから、早い段階で調べておく必要があったんだろうな。
ふむふむ……と頷く俺を見て、彼はさらに話を続ける。
「ええ。幸い多少の濁りは見られたそうですが、水質自体は問題無かったそうです」
「それは良かったー」
「はっ。それと、狼煙に関してですが……川の調査に出ていた隊が、森の中から北に上がっている狼煙を発見したそうです。街道に近い東寄りだったそうですし、北の拠点で上げられたものでしょう」
「内容は?」
「午後に荷物を運ぶ……と、簡単なものだったそうです。ですが、その情報を知った者たちが何か収穫があったのではないか……と。ここ数日で何度も領都から兵を送っていることは住民にも知られていますからね。何か収穫があったのかもしれないと調べるために、屋敷に人を送ってきて……この盛況ぶりです」
少しうんざりしたような声色でそう言った。
執務室で仕事を任されるような者が、一階にいるってことは……もしかしたら彼も客の対応を申し付けられているのかもな。
ご苦労様だ……と心の中で労いつつ、俺は彼に足止めをして申し訳ないと謝ると、移動を再開した。
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