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 フィオーラ曰く、魔物を引き寄せる薬品よりも遠ざける薬品の方が、一般的には効果が強いそうだ。

 まぁ……追っ払う方が強力じゃないと困るもんな。


 んで、その薬品はどういう風に作用するのかというと、例えば嫌な臭いで追い払うような物もあるそうだが、魔物の素材を加工して、強力な魔物がいるように装う物もあったりする。


 多分、今回は後者だな。


 俺がそう言うと、「でしょうね」と頷いた。


 ついでにテレサもだ。


「あら? テレサもそう思うの?」


 セリアーナが首を傾げながらテレサを見ると、彼女はゆっくりと頷いた。


「ええ。雨季という時期に、川を利用した策……となると、あまりにも運任せすぎますし、策に臭いを使うようなことはしないでしょう」


「そうだね。オレは……まぁ、外ではいつも【風の衣】を発動しているから臭いとかはよくわからないけど、他の皆はアンデッドの臭い以外は何も気付くようなことはなかったからね」


 薬品の臭いに気付かなかったのはアンデッドの臭いが強烈過ぎたからって可能性もあるけれど、人間でそうだとしたら、より鼻の利く魔物だってそうだろう。


 俺たちの話で納得したのか、セリアーナは何度か頷いている。


「それで……薬品を川に流すことで、弱い魔物を川下に追いやりながら、森の奥にいる魔物を引っ張り出してきたってわけね」


「それだけじゃないわ。セラの話であったでしょう? 隊を分けた後に、カエルもどきの群れが拠点に帰還する隊を襲っていたって。その辺りが境界線なんじゃないかしら?」


 テレサと話していたセリアーナの言葉に、フィオーラはそう続けると、「終わったわよ」と俺の頭から手を離した。


「ありがと。境界線って、強さのこと?」


「ええ。カエルもどきは隊を襲っていたのに、他の魔物はそんな素振りを見せなかったんでしょう? 森の端にいたと言っていたのも、追いやられたからじゃないかしら?」


「……おぉ」


 ワニもどきとの戦闘を終えた俺たちが、拠点に戻ろうと森を突っ切っていた時に何度か魔物と戦ったが、アレは先に帰還した隊たちを追っていったんじゃなくて、追いやられていた魔物たちだったのかもしれない。


 カエルもどきが引き寄せられるっていうハプニングがあったものの、それ以外はあの積み荷は魔物避けの役割を果たしていたようだ。


「カエルもどきが丁度いい基準になるのですね。それは、向こうに残った者たちは気付いているのでしょうか?」


 俺が森の様子を思い出していると、今度はエレナがフィオーラに訊ねた。


「……あまり調べる余裕はないと思うけれど、向こうで魔物が襲ってこないことに気付けば、ジグなら見当を付けられるんじゃないかしら?」


「なるほど……それなら、明日の荷物を持って帰還してくる隊は少数編成になりそうですね」


「そうね。オーギュストと馬車を操縦する者を含めた数人程度ね」


「アレクはまだ向こうに残りそうね」


 セリアーナがからかうような口調でエレナにそう言うと、苦笑しながら肩を竦めている。


「別にそれは構いません。ただ、場合によっては私が隊を率いて森に出る必要があるかもしれませんからね。その備えをどうしようかと……」


 今領都に残っている者で、所属先が複数の混成部隊を急遽率いれそうな者と言えば、リックとテレサと……エレナだ。


 緊急事態が起きたなら、リックは領都を離れるわけにはいかないし、テレサも各所の戦力を調整しないといけないから、領都を離れるのは無しだ。


 となると、半引退済みのエレナにお鉢が回ってくる可能性が高い。


 そうなったら確かに大変だ。


 最近は奥様業は行っていても、隊を率いるような機会は無かったし、屋敷を空ける備えはしなければならないだろう。


 でも。


「カエルもどき以下の魔物は遠ざけられるみたいだし、仮にカエルもどきが襲ってきたとしても、団長がいるし大丈夫だよ。オレも明日は森の見回りに出るし……そのついでに迎えに行ってもいいしね」


 俺がそう言うと、エレナは「頼もしいね」と笑った。


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「ご苦労だったわね」


 寝室から戻って来たテレサにセリアーナが顔を向けると、彼女は笑いながら首を横に振った。


「構いません。軽い疲れでしょうし、数時間も経てば目を覚ますでしょう」


 先程まで話に交ざっていたセラだが、静かになったかと思うと眠ってしまっていた。


 部屋に控えていた使用人たちは驚いていたが、セリアーナたちは慣れたもので、テレサは眠っているセラを抱き上げると、すぐに寝室へと運んで行った。


 テレサが自分の席に座ると、それを待っていたセリアーナが、寝室のドアに視線を向けながら口を開く。


「外での長時間の仕事があった日は大体こうなっているけれど……相変わらずね」


「戦闘時に【祈り】を使ったと言っていましたが……慣れない魔物を相手に、普段とは違う戦い方をしたようですし、疲れが溜まっていたんでしょう。アレクたちが一緒だったとはいえ、セラしか出来ないことは多いですからね。特に今回はそうだったんでしょう」


「あの娘が森を移動しながら、広範囲の監視を行ったことでわかったこともあるし、いい仕事をしたんじゃないかしら?」


 セリアーナの寝室に向けての言葉に、エレナとフィオーラがフォローするように続けて来ると、セリアーナは「ふう……」と一つ溜息を吐いた。


「それもそうね……」


 そして、ソファーから立ち上がると、使用人たちが控えている入り口側の壁に向かって歩き始めた。


 急に主が近づいて来たことに、使用人たちは緊張の表情を浮かべているが、セリアーナは気にせず彼女たちの前に立った。


「貴女たちは下がりなさい。夕食の用意が出来るまで来なくていいわ」


「……はい。失礼します」


 セリアーナの指示にすぐに頷くと、早足で部屋から去っていった。


 ◇


 使用人たちが部屋を去っていってからしばらくの間、セリアーナは部屋の北側の壁を睨んでいたが、やがて表情を緩めると、三人が座っているソファーに戻って来た。


「今日は少し長かったわね。部屋の前?」


「いいえ。隣の子供部屋の前よ。でも、別の者に引っ張って行かれて、大人しく一階に下りて行ったわ」


「……中々頑張りましたね。商業ギルドでしょうか?」


「そうでしょうね。まあ……その程度なら咎めるようなことはないし、むしろ使えるくらいよ」


 セリアーナはそう言って笑っている。


 この屋敷で働く者……とりわけ、この南館の二階で働く者は、身辺調査は厳重に行われているため、何かを企むようなことはまずしないだろう。


 彼女たちは、領都内の組織と何かしら繋がりを持っている家出身の者がほとんどで、屋敷内で知った情報を家に流しているのはセリアーナたちも把握している。


 むしろ、彼女たちに敢えて情報を流すことで、ある程度領都内の各組織の動きをコントロールしているくらいだ。


 だが、今回は部屋から遠ざけた。


「頭が痛いわね?」


「……本当に。全く、西部の影響力を一掃したと思っていたのに、この期に及んで未知の強力な魔物が現れるだなんてね。執務室に残っている者たちも、今頃揃って頭を抱えているんじゃないかしら?」


 セリアーナはそう言って笑ったかと思うと、大きな溜め息を吐いた。


「アレクたちが帰還してから、改めて話を聞かせてもらうとして……カエルもどきとワニもどき? アレは貴女たちはどう思う?」


 その言葉に、三人は順に答えていく。


「少なくともカエルもどきに関しては、戦い方は気を付ける必要がありますが、それでも一応戦えはするようですね。冒険者と騎士団の兵たちだけで何度か戦ってみればすぐに対処出来るはずです。情報も共有されますし、何とかなりはするでしょう」


「ワニもどきは……まともに戦わないことが正解でしょうね。編成を厳選する必要がありますし、いかに早く騎士団に渡せるかが重要でしょうね」


「ワニもどきの素材は気になるけれど、取れないのなら仕方がないわね。カエルもどきだけでも十分素材として活用出来るし、上手く確保したいわね」


 三人の言葉に、セリアーナは再度「はあ……」と大きく溜め息を吐くと、ジロっと睨みつけた。

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