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一通りの報告と、それに対しての対処法の相談は粗方終わった。
報告書には北の拠点を始めとした各拠点へのフォローだったり、北の森や街道の調査の要請だったりも記されていたため、半分近い文官はその検討のために部屋を出ていき、先程までの圧迫感は薄れている。
俺は先程よりかはリラックスして、ソファーの上で姿勢を崩していると、用意させた地図や資料を読んでいたリックが、それをテーブルに置いてこちらを見た。
「どうかした?」
何か聞きたいことでもあるのかな……と訊ねると、リックは「ああ」と頷いた。
「先のカエルもどきの件もだが、それはまだ噂程度であれ目撃情報は入っていた。だが、このワニもどきに関してはまるで無いだろう? 死体すらだ。むろん、本来の生息地は魔境で、セラ副長たちが戦ったのは、たまたま地下水脈を辿って北の森にやって来た個体だという可能性もあるだろうが……」
そう言うと、冒険者ギルドからやって来た職員に「どうだ?」と意見を求めた。
その職員は少し考えこんだかと思うと、緊張したような声で話し始めた。
まぁ……このメンツを前に、いきなり発言を求められても困るよな。
俺は緊張しながらリックの質問に答えている職員を眺めながら、そんなことを考えていた。
ちなみに、職員の答えは「情報は無し」だ。
彼等のやり取りを聞きながら、だろうな……と頷いていると、横からセリアーナが話しかけてきた。
「セラ。お前たちは何か情報は見つけられなかったの? 悠長に探索出来る状況じゃなかったのはわかるけれど、正面から戦っていたのに、何の情報も得ていないということはないでしょう?」
俺はその言葉に肩を竦めると、口を開いた。
「拠点の宿舎に戻ってから軽く話した程度だけどね。ワニもどきは死体が爆発するって言ったでしょう? 残っている部位が大きければ大きい程その規模は大きくなるみたいだけど、小さい……削れ落ちた破片とかでも爆発するんだよね」
「……そう言っていたわね?」
頷くセリアーナ。
何となく視線を感じたのでそちらを見ると、リーゼルとリックも、俺の話を興味深そうな表情をしながら聞いている。
さっきの説明だけじゃ不足だったかな?
まぁ、いいか。
「多分なんだけど、ワニもどきってそこら辺で死んでいたとしても、死体が爆発して跡形もなくなっているんだと思うんだ」
俺の言葉に、皆が「ん?」と首を傾げている。
あの爆発っぷりは、実際に自分の目で見てみないことには理解出来ないのも仕方が無いけれど、リアーナ領の活動が活発になって数年も経つのに、カエルもどきよりもずっと大きい、ワニもどきの痕跡がこれまで全く見つかっていないのって、多分それが理由なんだと思うんだよな。
「うーん……ちょっと今この部屋には、領内の外の狩場とか、魔境での活動を専門にしている人がいないから、ピンと来ないかもしれないけど、この辺……特に魔境とかだと、何か変なところに大岩が転がっていたり、地面が大きく窪んでいたりするんだよね」
俺も一の森で何度か見たことがあるが、周りに岩山とかがあるわけでもないのに、ポツンと大岩が転がっていたりするんだよな。
普通に何度も見かけるから、そんなもんなのかなと思っていたんだが……。
「ワニもどきが何かしらの理由で岩陰に身を潜めていたが、そのまま死体となり、その死体が爆発したことで身を潜めていた大岩が吹き飛んで行った……そう言いたいのかい?」
「うんうん。アイツって、弱ったところで半端な魔物じゃまともに傷を負わせられないだろうからね。死ぬまで丸々体は残っていると思うんだ」
ワニもどきは、オーギュストが正面に立って気を引き続けてなお、俺は近付くことも出来なかったからな。
俺がワニもどきと相性が悪いってことを抜きにしても、魔法抜きでまともに戦える魔物じゃないはずだ。
「まぁ……大岩を吹き飛ばしたり地面に大穴空けたりとかがなくても、死体が爆発しちゃうからね。痕跡を見つけるのなんて無理だと思うよ」
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領都に帰って来るなり、あちらこちらから人をリーゼルの執務室まで連れて来て、その後は報告書の確認作業に付き合って……と、ただでさえ今日は北の森で重労働をこなしてきただけに、流石に疲れが回って来た。
川から回収した樽や木材だったり、アンデッドの体だったモノの運搬についてや、北の森や街道の調査についてだったり、まだまだ話すことがあるにはあるんだが、それは騎士団と冒険者ギルド、おまけで商業ギルドの職員たちで話し合えば済むことだし、俺たちはここで退散させてもらうことにした。
「はぁ……疲れた……」
セリアーナの部屋に戻ってきた俺たちは、一先ずお茶にでもしようとソファーに座ったんだが、改めてこう……腰を落ち着けると、一気に疲れが湧き上がってくる。
もしこのままベッドにダイブしたら、あっという間に寝こけてしまいそうだ。
「先程の話では【祈り】を使用したんでしょう? その割に随分と疲労しているようね。エレナ」
「……そうかな?」
ソファーの上で崩れている俺を見て、セリアーナはエレナに風呂の用意を済ませるようにと指示を出した。
セリアーナが言うように、森での戦闘は【祈り】を使っていたし、肉体的な疲労はそこまででもないはずなんだが……顔に出るくらいには疲労していたようだ。
まぁ、アンデッドの大群に始まり、カエルもどきとも戦った上に、ワニもどきという謎の強力な魔物とも遭遇したりしたんだ。
主にメンタル面ではあるだろうが、【祈り】だけじゃ回復が追い付かないくらい、疲れていてもおかしくはないかな?
風呂でゆっくりして、リラックスしないとな……。
俺はさらに姿勢を崩していくと、誰も注意してこないことをいいことに、遂にはほとんど寝転がるような姿勢になっていく。
そして、その姿勢のまま風呂の用意が仕上がるのを待っていた。
◇
風呂から出て、ソファーの上でフィオーラに髪を乾かして貰っていたんだが、部屋に入ってきた使用人に、テレサが俺のジャケットを洗濯物とは別にして持って行かせていた。
「……あれ? それ洗濯するんじゃないの?」
テレサの指示がチラッと聞こえたが、研究所がどうのって言っていた。
ちょっと特殊な服なのは確かだが、別に今までも使用人に任せて来たのに……なんでまた?
首を傾げていると、背後のフィオーラが口を開いた。
「カエルもどきだけならともかく、今日はアンデッドの大群とも戦闘したんでしょう?」
「うん? うん……まぁ、オレがアンデッドと直接戦ったのはほんのちょっとだけどね」
ネズミもどきとは戦っていないし、あの広場で、数人分のアンデッドと戦ったくらいだろう。
「貴女はいつも外では風を纏っているから、多少の戦闘で汚れが付くようなことはほとんど無いでしょうけれど、アンデッドが相手だとね……。あのジャケットは特別製だし、念のため下で処理させておくわ」
「ほぅほぅ……」
アンデッドは倒してからも、周囲の魔素に変な影響を与えたりする厄介な性質を持っている。
俺のジャケットは魔王種の素材で出来ているし、何かが起きるってわけじゃないが、こんな風に部屋に保管しておくよりは、専門家に調べてもらった方が安心出来るな。
「細かいことはこちらで片付けておくから、貴女は余計なことは気にしないでちゃんと休みなさい」
フィオーラは、頷く俺にそう言った。
その言葉に甘えて目を閉じようとしていると、セリアーナが「フィオーラ」と口を開いた。
「教えて欲しいことがあるの」
「何かしら?」
「貴女に聞けばわかると思ったから、執務室では訊ねなかったことなのだけれど、その娘が川から拾い上げた樽……でいいのかしら? それは何だったの? まあ……先日の北の森の魔物を動かすために川に流した薬品なのはわかるけれど……」
「ああ……それね。魔物を引き寄せる薬品と、逆に遠ざける薬品を混ぜたものじゃないかしら?」
「……変な代物ね」
フィオーラの言葉に、セリアーナは若干戸惑っているような声色で応えた。
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