733

1538


 違和感を覚えた右手を見ると、聖貨が1枚握られている。


 宙に浮いて森を見下ろしていただけなのに何故……と思ったが、思い当たる点が一つあった。


「さっきのアレって……もしかしてまだ生きてたのかな? あそこまでバラバラにしたのに……?」


 頭部を切断するどころか、手足を落として胴体部分を輪切りにまでしていたのに、アレでもまだ死んでいなかったのか。


 俺が今日倒したと思っていたカエルもどきたちも、実はバラバラの状態で生きていたりとかしないよな……?


「…………いや、大丈夫大丈夫。バラバラにしたし頭も遠くに蹴飛ばしてるからね。もし生きていたとしても、何も出来ないよ……」


 それに、あの群れはジグハルトの魔法の余波を受けているし、カエルもどきがいくらタフだからって、流石にあそこから復活出来るほどの化け物じゃないはずだ。


 俺は「ふぅ……」と大きく息を吐いて気を取り直すと、改めて森の様子を眺めた。


「北はどこまで行ってるかわからないけれど、西は川の側まで崩れてそうだね。もしかしたら合流しちゃってたりするのかな? そうなったら領都にも何か影響があるかもしれないね……」


 もし土砂で川が堰き止められていたら鉄砲水の危険があるし、そこまでいかなくても、あの川の水を利用している街や村には影響が出るかもしれない。


 帰ってから報告することが一つ増えたな。


「それはそれとして……二体目三体目のワニもどきとかが出てきた気配は無いし、とりあえず変化はそれくらいかな? 大事といえば大事だけれど、今俺たちが対処しないといけないようなことは無いね。それじゃー下りるか」


 森の様子は一通り確認したし、地上に下りることにした。


 ◇


「セラ副長、何かわかったか?」


 オーギュストは俺が下りて来るのを待っていたようで、下りて来るなり質問をされた。


「うん。さっきまでいた穴のところを中心に、北と西にかけて森が崩れてたよ。地下の水脈に沿ってるみたいだったね」


 俺の返事に「そうか……」と苦い表情でオーギュストは答える。


 その彼を脇に、ジグハルトが口を開いた。


「魔物は他にいたか?」


「見える範囲にはいなかったよ。俺が仕留めそこなっていたカエルもどきが崩落が原因で死んだみたいだし、もし魔物がいたとしても、巻き込まれちゃったんじゃない?」


 三人は揃って顔を見合わせると「そうか……」と呟いた。


「詳しく聞きたいが……時間が無いな。移動しながら話をしてもらっても構わないか?」


「うん。領都に帰った時に旦那様とかにちゃんと報告したいからね。見て来たことを話すから、拠点に戻ったら団長が報告書を書いてよ」


 オーギュストは「わかった」と頷くと、移動を再開した。


 ◇


 上空で見て来たことや、その際の所感などを交えた報告が終わると、それまで話を聞きながらも何度か質問をしてきていたオーギュストは、一気に黙り込んでしまった。


 報告書にどう記すかとでも考えているんだろう。


 それなら邪魔をしちゃいけないな。


 そう決めると、俺はアレクとジグハルトに向かって「ねね、二人とも」と声をかけた。


「2人はあの穴の爆発をどう考えてるの? ワニもどきが爆発したのが直接の原因なんだろうけれど……」


「ワニもどき……また妙な呼び名を……。まあ、いい。死体から魔力が抜けることで発動するってところだろう。残った肉体のサイズや量で威力が変わるんだろうが……それだけじゃないな」


「ほぅ?」


「ヤツの鱗自体も、爆発する性質があったんだろうな」


 ジグハルトはそう言うと、隣を走るアレクに視線を向けた。


「コイツが戦っている際に削った鱗が辺りにばら撒かれていたが、恐らくそれが俺の魔法に反応してしまったんだろう。死体だけを焼くように放ったつもりだが、鱗の破裂でどんどん拡散されていったってところか?」


 一旦そこで区切ると、「はあ……」と溜め息を吐いた。


「威力自体は増加したりはしないだろうが、拡散されて多少威力が弱まったところで、奥に空洞がある壁程度が耐えられる程弱くはない。穴全体に広がったことで、却って破壊の規模が広がってしまったんだろうな」


1539


 崩落の様子も把握出来たし、とりあえずこれ以上森で何か起きるようなこともないからと、俺たちは拠点に戻るために一先ず東に真っ直ぐ進むことになった。


 その移動の際にも、三人はそれぞれ今日の森での自分の行動を振り返っては、互いに意見を出し合って反省をしていた。


 もちろんジグハルトもだ。


 彼曰く、死体だけを焼き尽くすためのピンポイントの魔法が、鱗や死体の爆発で穴の中全体にその魔法が広がってしまったようだ。

 んで、その結果ああなったと。


 ジグハルトが自分の魔法の影響で吹っ飛ぶなんて、随分らしくないなと思っていたが、本当に彼にとっても想定外だったんだな。


 ジグハルトは口調には出ていないが、苦々しい表情で説明をしていた。


「……鱗とか回収出来たらよかったね」


 シンプルなものではあるが、水を操る魔法を使う上に、死んだ後は体がドカンドカン爆発するわけのわからない魔物だ。


 皆も初めて見る魔物みたいだったし、何かの欠片だけでも回収出来たらよかったんだけれど……。


 だが、そんなことを考えながら俺が呟いていると、それを聞いたジグハルトが「それはどうだろうな」と返してきた。


 さらに、隣を走るアレクも「俺もそう思うな」とジグハルトに頷いている。


「そんなもんなのかな……?」


 まぁ、確かに持って帰るのには気を使いそうな代物だけれど……と考えていると、「そんなもんだ」と笑っていたジグハルトが突如前方に向かって魔法を放った。


「なんかいた?」


「少数だが魔獣がいたな。先に戻った連中の荷物に惹かれたのかもな。拠点まで入っていないだろうが、街道近くまで移動しているかもしれない。見つけ次第始末していく」


「なるほど……。それじゃー、ちょっと先行して見て来るよ」


「頼む!」


 ジグハルトの返事に頷くと、俺は東に向かって【浮き玉】を加速させた。


 ◇


 移動を再開して俺が先行するついでに上空から見たことでわかったが、俺たちは穴を出てから南に避難したにもかかわらず、北の拠点よりもさらに北を移動していた。


 精々拠点と同じくらいのラインにいると思っていたんだが、俺たちが戦ったあの穴は思ったよりもずっと北に位置していたらしい。


 だからなのか、魔物との戦闘も何度か起きている。


 もっとも、俺が魔物を発見したことを伝えるとすぐに、ジグハルトが魔法で一蹴していた。


「……うん、全滅させたね」


「よし。行くぞ」


 一瞬で戦闘が終わると、またすぐに移動を再開している。


 苦戦も足止めもされないが、この頻度の多さは……。


「ねぇ、魔物の数多くない?」


 拠点より北側の魔物は比較的平時通りで、森をうろついたら魔物と遭遇するのもわかる。


 だが、それにしても随分と同じような位置に固まっている気がする。


 これじゃー、縄張りなんかあってないようなもんだ。


 何かあったかな……と口にすると、報告書に記す内容を纏め終えたのか、三人の先頭を走っているオーギュストが口を開いた。


「先に拠点に帰還した隊の影響だろうな。川から引き揚げた木材や、確保したアンデッドを積んで移動していたんだ。森から出てまで追って来るほどではないが、近くまでは集まっていたんだろう。君が早い段階で彼らを逃がさなければ、この群れに襲われていたかもしれないな」


「それはー……いくら彼らでも危なかったかもね」


 カエルもどきの群れを相手に渡り合える彼らだったが、それでも荷物を守りながら大量の魔物を相手にするのは大分厳しいだろう。


「ああ。戦力がいない拠点まで魔物を連れて行くわけにもいかないし、かと言って荷を捨てていくわけにもいかないからな。カエルもどきを相手に足止めを食らっていたら危なかったかもしれない」


 そう話している間にも、また一組ジグハルトが焼き払っている。


「それにしても……ここまで魔物を引き寄せるような物だったんだね……」


 これだけ圧倒的な火力がばら撒かれているのに逃げないんだもんな。


 どうなってんだ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る