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 ワニもどきの上半身にビビりながら、俺はアレクの盾の陰に隠れていると、魔力の調整を終えたジグハルトが一気に魔法を連続して放っていき、離れていた生き残りの魔物たちを一掃した。


 何だかんだ……今回の探索で遭遇した魔物の大半はジグハルトが止めを刺していたな。

 先に帰還した別動隊を追おうとしていたカエルもどきの群れも、狙ったわけじゃないとはいえ、半分はジグハルトが倒してしまった。


 俺は何をしたかな……。


 一応北側からこちらに来ようとしていた魔物の群れは仕留めたとはいえ、俺が今日やったことと言えば、上空を飛んで回って、何か見つけたら報告をするってだけだった。


 監視と伝令は俺に一番求められている役割だし、それ自体に不満は無いんだが、いまいち今回は役に立てていないというか、仕事が出来ていない気がする。


 全部何かの途中であって、締めをしていないからかな?


 大ボスであるワニもどきは、俺がアレクに貸した【ダンレムの糸】だし、まぁ……全く働いていないってことはないよな?


「一先ず見える魔物は片付いたな。セラ、どうだ?」


 腕を組みながら「ぬぬぬ……」と唸っていると、ジグハルトが辺りの様子を訊ねてきた。


「ほ? あぁ……うん。大丈夫だよ」


 ジグハルトは、普段なら魔法を連発する際に魔力を周囲に広げているから、目に入る範囲の索敵も一緒に行えているんだが、ワニもどきの死体を迂闊に刺激しないように、今回は魔力を広げていなかった。


 珍しいジグハルトの質問に少々驚きつつも、地上には魔物はいないと伝えると、ジグハルトたち三人は顔を見合わせて頷いた。


 そして、地面にかがんでいたオーギュストが立ち上がると、体の具合を確かめるように、捻ったり前後に曲げたりをしだした。


「……穴の上に移動するの?」


 魔物がいないのに、体を動かす準備をするってことはそういうことだよな。


 ワニもどきの死体はどうするつもりなんだろうか?


 ジグハルトは「ああ」と答えたが、俺がワニもどきの死体に視線を向けていることに気付いたようで、さらに続けた。


「俺も見たことが無い魔物だったし、出来れば回収して領都に持ち帰りたかったんだが、アレを人の手で移動させるのはどんな方法を採ろうと危険すぎる。せめて魔法を撃っている間に何か変化があれば、対処法を思いついたかもしれないが……」


 今度はジグハルトが死体に視線を向けた。


 そして、数秒ほど見つめたかと思うと、溜め息を吐きながら首を大きく横に振った。


「ジグさんが、アレに魔力が届かないように気を付けていたってのもあるかもしれないけど、何も起きなかったもんね」


「まあ、ここで破棄することは想定のうちだが、全く生態が掴めないままってのは予想外だったな。……もういいか?」


「ああ……待たせた。それでは、上に向かおう。アレクシオ隊長。君の盾は大丈夫か?」


「これくらいなら問題無いな。セラ、コレを返しておく」


 アレクは【ダンレムの糸】を解除すると、手のひらに乗せてこちらに伸ばした。


「うん。もし荷物が重かったらオレが上まで運ぶから遠慮せず言ってね」


 俺は【ダンレムの糸】を受け取って耳に着けると、皆を見るが……。


「荷物は無さそうだね?」


 俺の言葉に三人は苦笑している。


 各々武装はしているものの、荷物は無いし身軽な姿だ。


 これから斜面を登っていくわけだし、それ自体は歓迎されるべきことなんだろうが、収穫は別動隊が運んだ物だけになりそうだな。


 ◇


 さて、全員無事に穴から脱すると、縁から少し下がった場所に並んで立った。


 先程まで俺たちがいた穴の底は、戦闘中は北と西の水脈に繋がる穴の周りを除けば、ほとんど水気は無くなっていたんだが、いつの間にやら浅く水が張っている。


 魔法で水を出していたワニもどきを仕留めたにもかかわらず、この水の増加量か。


 俺は穴の中を覗き込みながら口を開いた。


「水が流れ込むペース、最初より増えてない?」


「……ああ。もしかしたら、ヤツが流れ込む量をコントロールしていたのかもな。さっさと上がってきてよかったぜ」


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「下がっていろ」


 ジグハルトは穴の縁に立つと、まずはワニもどき以外の死体を焼くために、炎の魔法を数度放った。


 下にいた時と同様に穴の中に霧が発生するが、威力と範囲を抑えているからか、霧の量は大分少ない。

 続けて放った風の魔法一発で全て吹き飛んだ。


「……何も起きないな」


「アレが破裂する要因はやはり魔力ではないか。そうなると……時間か?」


 ワニもどきの死体を消し飛ばすために魔力をためているジグハルトに並ぶように、穴の縁まで進んだアレクたち二人は、未だにあのワニもどきの死体が破裂した要因が気になるのか、穴を覗き込みながら話している。


 まぁ……俺も気になるしな。


「時間ねぇ……どっちも同じタイミングでああなったけど、残ったサイズとかで変わるのかな? それとも尻尾とか下半身だけがああなるとか?」


 さらに二人の後ろから俺も穴の奥を覗き込みながら会話に加わった。


 魔力が原因じゃないのなら死んでから経過した時間って線は割とありそうな気がする。

 んで、破裂した方としていない方で違うとしたら、上半身と下半身が一番大きい違いだよな?


「腐敗や死後硬直が起きるほど時間は経っていないが、血の流れは止まるからな。……そんなところか?」


 俺たちがアレコレと話しては「ふむふむ」と頷いていると、魔力を溜め終えたジグハルトが口を開いた。


「血の線もあり得なくはないが……体内に残っていた魔力が抜けたかどうかってところじゃないか? セラでも気づかない程度の薄さだが、俺以外の魔力を感じる。あのサイズが破裂すると……どうなるかな? 一撃で決める! デカいのを撃つから、お前たちは離れていろ」


「むっ!? わかった」


 物騒なジグハルトの言葉に、俺たちは急いでその場を離れる。


 ジグハルトから10メートルほど距離を取ったところで、彼に向かって「いいぞ!」と合図を起こると、彼の周りに一気に魔力が広がった。

 久々に見る本気の一発だ。


 穴の中に向かって放つとはいえ、この威力の魔法を撃ち込んだら噴出する余波も相当なものだろう。


 下手に浮いていると、その余波で吹き飛ばされかねない。


「これヤバいかもっ!!」


 そう叫ぶと、俺は二人を置いて更に距離を取った。


 あの二人なら体も大きいしきっと耐えるはずだっ!


 二人の「セラ?」という声を無視して後ろに向かって飛んでいると、まずは強烈な光が背後から飛び込んできた。


 続けて、アレクとオーギュストの二人が上げる驚きの声が魔法の爆音でかき消される。


 そうなると、次は魔法の余波で爆風が辺りに吹き荒れるから、それに耐えるために高度を落とそうとしていると、今の魔法の爆発音を超えるさらにバカでかい爆音が森全体を揺らした。


「うわあっ!?」


 そう俺が叫べば。


「うおおおおっ!?」


「なんだとっ!?」


 アレクとオーギュストも揃って叫んでいた。


 ◇


 一際大きい爆発音の後は、穴の中から飛んできた土砂が降って来たり、周囲の木が倒れてきたり……ワニもどきの死体が爆発したんだろうが、俺が予想していた規模よりもずっと大きかった。


 地面への衝撃も相当だったみたいで、アレクやオーギュストはもちろんだが、魔法を撃ったジグハルトも膝をついているほどだ。


 浮いている俺にはわからなかったが、ちょっとした地震くらいはあったんだろう。


 ってか、ジグハルトは穴の縁にいたはずなのに、ここまで下がってきているって何があったんだ?


 とりあえず。


「いやー……すごかったね。皆大丈夫だった?」


 そう声をかけながら近づくが……耳が麻痺していて、俺の声は聞こえていないらしい。


 まぁ……【風の衣】の中にいる俺でも、頭が軽くクラクラするくらいだしな。


 無理はさせずに自然に復帰するのを待とう。


「どうせもう危ないことは無いだろうしね。……それにしても、これはどこからどこまでがジグさんの魔法なんだろうね?」


 三人をそのままにしておいて、俺は様子を見るために穴の奥を覗き込んだが……見事な破壊具合に唖然としてしまった。

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