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 慌てて音がした方を振り向くと、少し離れた場所でオーギュストが倒れていた。


「……は?」


 事態について行けず、思わず間抜けな声が漏れてしまった。


 オーギュストが倒しに向かっていた魔物は、今の爆発に驚いたのか壁際に走り去っているし、コイツらが何かをやったってわけじゃないだろう。


 それじゃー……一体何が?


 雷でも落ちた?


 呆然としながら倒れたオーギュストを見ていると、横から飛んできた魔法が、魔物たちを焼き払った。


「……うわっ!? ジグさんかっ!?」


 慌てて魔法が飛んで来た方に視線を向けると、今の魔法を放ったであろうジグハルトが、こちらに向かって走って来ていた。

 ついでに、走りながら、追撃の魔法も撃ち込んでいる。


 壁際だから威力を制限しているのかもしれないが、あの程度の魔物相手に珍しく何発も魔法を撃っているな。

 とりあえず、ジグハルトは何とも無さそうだ。


 それなら……とアレクを見ると、今の爆発音を警戒して、その場で足を止めて盾を構えてはいるが、こっちも異常は無さそうだ。


 当然、俺も何ともないし……マジで何が起きたんだ?


 とりあえず、治療するためにオーギュストの下に行こう。


 ポーションは持っているし、いざとなれば【隠れ家】の中のストックもあるしな。


 ってことで、俺は移動をしようとしたのだが。


 ジグハルトの「セラっ!!」という大声に、慌ててその場で停止した。


「お前はそこから動くな!!」


 続いて飛んできた言葉に、「ぉぅ……」と小さく呻く。


 停止した俺に対して、ジグハルトは徐々に足を緩めると、慎重に倒れたオーギュストに近付いて行く。


 だが、ジグハルトが辿り着くよりも先に、オーギュストがヨロヨロと体を起こし始めた。


「おぉ……大丈夫だったのかな? あっ!? ……そういえば」


 いきなりオーギュストが倒れたことが衝撃過ぎてすっかり忘れていたが、俺は【妖精の瞳】とヘビたちの目で彼の様子を確認すると、数分倒れていた割には、全く体力も魔力も減っていなかった。


 オーギュストは立ち上がれないのか、まだ地面に座り込んでいるが、それでも傷を負っているようにも見えない。


 彼の身に何が起きたのかわからないが、爆発のダメージで倒れたとか何か毒が発生したとか、そういうわけじゃなさそうだな。


「……それはそれで、何で倒れたんだ?」


 首を傾げていると、ジグハルトが大声で俺とアレクの名を呼びながら手招きをしている。


「とりあえず、話を聞けばわかるか」


 そう頷くと、一先ず俺はこの場でアレクを待つことにした。


 ◇


「何が起きたんだ?」


「わかんない。別にダメージを負ったって感じじゃないけど……それでも団長がぶっ倒れるくらいだしね」


 アレクの言葉に首を横に振りながら答えると、彼は「そうだな……」と呟いた。


「まあ、聞けばわかるな。どうしたんだ? オーギュストを倒せるような魔物がいたようには思えないし……ジグさん、アンタも今何もしないでいるよな? 何かいるのか?」


 二人の前に立ったアレクは、疑問を一度に口にした。


 そう言われてみれば、ジグハルトはオーギュストが倒れた時は、彼の代わりに魔物を魔法で片付けたが、今は何もしていない。


 色々腑に落ちないな。


 俺たちは二人を見ていると、オーギュストがゆっくり口を開いた。


「済まないな……二人とも」


 いまいち声が弱々しく感じるが……とりあえず大丈夫そうではあるな。


「あの倒したはずの大物の死体……アレの一部が近くに転がっていたのだが、すぐ側を通り過ぎる際にその鱗が破裂したんだ。仕留める前に私が剣で戦っていた時もあの鱗は飛び散ったりしていたが、その比ではなかった」


 オーギュストはそう言うと、「見ろ……」と鎧の脇腹部分を指した。


 オーギュストが着ている鎧は、今日は森で活動するから普段の金属製の鎧ではなくて、革製の鎧だ。


 それでも、魔物の素材で仕立てられた代物で、下手な金属鎧よりは頑丈なはずなんだが……べコリと拳ほどの大きさに凹んでいた。


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 オーギュストの話を聞いて、俺は向こうに転がっているワニもどきの体を凝視した。


 下半身は破裂してどこかに飛んで行ってしまったが、上半身は丸々残っている。

 見るならこちらだけでも十分だろう。


「……なんの光も見えないし、ちゃんと死んでるよ?」


 カエルもどきの場合だと、たとえ体が真っ二つになった程度じゃ死ななくて、魔力を使ってチマチマ嫌がらせをしたりもするんだが、このワニもどきは【妖精の瞳】でもヘビの目でも、もちろん俺自身の目でも、生きている痕跡は見当たらない。


 アカメたちも反応を示さないし、死んでいるのは間違いないだろう。


 オーギュストは苦しそうな表情をしたまま俺の言葉に頷いた。


「すぐ側を通り過ぎた私ですら命を感じることは出来なかったし、アレが死んでいるのは間違いない。とは言え、そのタイミングで破裂したことは確かだ。何か仕組みがあるのか知れないが……君の目で見てもわからないというのなら、この時点で対処出来ることは無いだろう」


 オーギュストはそこで区切ると、向こうに転がっている上半身を睨んだ。


「だが、同じ個体だ。向こうに転がっている上半身が破裂しないとも限らないし、迂闊に近くを通るわけにもいかない。済まないな、アレクシオ隊長。向こうの魔物もジグハルト殿に仕留めてもらう」


 何であの死体が破裂……と言うか爆発するのかわからない以上、遠距離手段が乏しいアレクよりは、こっちの魔物のようにジグハルトに任せてしまう方がいいよな。


 俺はそう思うが、一度任せた仕事だしどうするんだろうな……とアレクを見ると、彼は「気にしないでいい」苦笑した。


 そして、すぐに話を切り替える。


「それよりも、結局アレはどう処理するつもりなんだ? いくら人里から離れているとはいえ、森に放置するわけにもいかないだろう?」


 そのアレクの言葉に、オーギュストは「ああ」と頷いた。


「その通りだ。【ダンレムの糸】とジグハルト殿の魔法。それと……魔物の死体を処理するための魔道具もあったな。先程破裂した時は、近くを通りはしたが、特に魔力を使ったりはしていなかったし、恐らく魔力に反応して破裂するようなことは無いはずだ。それで片づけるしかないだろう」


「向こうの魔物を始末するための魔法にも反応をしなかったしな。刺激するつもりはないし、魔力を広げ過ぎないようにはするつもりだが、それでいいはずだ。だが……アレの威力は馬鹿に出来ない。俺が魔法を撃っている間、アレクに盾になってもらうぜ?」


 ジグハルトはそう言うと、向こうに転がっている上半身の方を指しながらアレクを見た。


「ええ。アレを放置しておくのも危険ですし、一気に終わらせましょう」


 アレクはジグハルトの隣に回ると、盾を発動して構えた。


 ◇


 アレクが盾に回ったことで不安が無事解消したジグハルトは、魔力を溜めながら攻撃の準備に移っていた。


 倒すだけなら簡単なんだろうけれど、壁の破壊状況なんかを考えながらだし、威力や範囲の調整に神経を使うんだろう。


 邪魔しちゃいかんな。


 ってことで、念のためアレクの盾の陰に俺と一緒に移動したオーギュストに、ダメージの具合はどうかを聞いてみた。


「ねぇ、団長。大丈夫なの? ポーションなら色々持ってるよ?」


 先程に比べたら表情は大分マシになっているが、発動中の【祈り】を除けば、特別何か治療をしているわけじゃないし、大丈夫なんだろうか?


 オーギュストの上を漂いながらそう訊ねると。


「ああ……。それよりも、セラ殿。もう少し高度を下げた方がいい」


 そう言って地面を指した。


「……ぬ?」


 オーギュストが言う通りに地面近くまで下りると、小さく頷いて口を開いた。


「私に飛んできたのは、アレの鱗か側に転がっていた石か何かだろう。鎧を破られたわけではないし問題は無い。だが、あの威力と衝撃なら君の加護も恩恵品も貫くだろう。アレクシオ隊長の盾の範囲から出ない方がいいな」


 ……中々怖いことを言うじゃないか。

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