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「おわっと……こんなところまで飛んで来てるね。強烈だなー……とは思ったけど、思った以上だったかもね……」


 オーギュストと合流しようと、彼がいる場所にアレクと向かっていたんだが、その途中で足元に転がっている魔物の死体の一部が目に入った。


 シカの前足……かな?


 足先から半ば辺りまで残っているが、千切れた先が炭化しているように真っ黒だ。


 矢と魔法とがぶつかり合った場所の近くにいたんだろうけれど……他の部分は消し飛んじゃったのかな?


「矢を直接魔法で潰すとは思わなかったな。打ち合わせでは壁を作って防ぐと言っていたが、矢の軌道が少し乱れたから切り替えたんだろう」


「そういえば体勢を崩してたね。足場が悪すぎたの?」


 俺の言葉に、アレクは溜め息を吐くと、足で地面を叩く。


 さっきの一発で荒れたことが原因なのか、乾いていたはずの地面がバシャバシャと水音を立てている。


「……ああ。表面は乾いていたが、奥はそうじゃなかった。特に俺がいた場所はずっと水に沈んでいた場所だったからな……。側面を狙うにはいい場所だったんだが、もう少し足元も考えるべきだったかもしれない」


 そう言って、もう一度溜め息を吐くが。


「まぁ……こんな機会そう何度もないでしょう。今団長が生き残った魔物に止めを刺してるし、そっちを手伝ってジグさんのとこに早く行こう」


 こんな特殊な環境な上に、そんな所で【ダンレムの糸】をアレクが使うような機会は、多分これが最初で最後だし、多少のミスは気にしなくてもいいだろう。


 アレクもそう思ったのか、フッと笑うと前を向いた。


「そうだな。オーギュストの手伝いをするのはいいが、まだ土砂が晴れないが……ジグさんはどうしている?」


 ジグハルトがいる手前辺りの地面が、先程の爆発で凄いことになっているようで、ここからだと直接ジグハルトを見ることは出来ないが、相変わらずバカでかい魔力は健在だし、多分問題は無いだろう。


「向こうの壁際に下がってるね。見た感じ消耗もしてないし、ジグさんは大丈夫みたいだよ。ただ、ちょっと魔力が動いているのが見えるけど、アレは何かに備えてるのかな?」


「この土煙を吹き飛ばしていないってことは、魔物の生き残りがいるかどうかを調べているんだろう。手負いの魔物がいる中で下手に風の魔法を使うと暴れるかもしれないし、安全を確保出来てからだろうな」


「なるほど……。あ、団長がいるね」


 まだ息のある魔物に止めを刺して回っていたオーギュストが、剣を地面に突き刺して休憩をしていた。


 避難したとはいえ、すぐ側を【ダンレムの糸】の矢が飛んで行ったにも拘わらず、大きな消耗は無いようだ。


「歩き方も普段通りだし怪我は無いようだな」


「みたいだね。団長ー」


 俺たちの声が聞こえたのか、オーギュストが剣を引き抜くとこちらに向かって歩き始めた。


 ◇


「二人とも怪我は無いようだな」


 すぐ側にやって来たオーギュストは、俺たちをジロジロと見ながらそういった。


 ちなみにそう言った当の本人は、目立った怪我は無いが中々ボロボロになっている。


「俺たちは問題無いが……アンタは大丈夫なのか?」


 アレクはオーギュストの有様に、思わずといった様子でそう訊ねるが、オーギュストは笑いながら耳を軽く叩いた。


「矢と魔法の余波で地面から水が染み出て、見た目はひどくなっていると思うが、爆発の反響音で、耳と頭がまだ痛む……その程度だな。そちらは問題ないか? アレクシオ隊長は少し矢の制御に手こずっていたようだが……」


「ああ、大丈夫だ。足元が不安定だったから、矢の威力に押されてしまったってだけだ。アンタに怪我が無いのなら、残った魔物をさっさと片付けてしまおう。セラ、生き残りの位置を教えてくれるか?」


「うん、了解」


「私もそのつもりだが……ジグハルト殿はどうなっている?」


「ジグさんは、向こうでいつでも魔法を撃てるように魔力を溜めている。こちらが片付いてからだな」


「ああ……そういうことか。わかった」


 今のやり取りでオーギュストも納得したらしい。


 ってことで、まだ少し残っている生き残りの位置を伝えるために、俺は二人を残して高度を上げた。


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 地上付近まで高度を上げると、流石にそこまでは土煙も来ておらず、穴の全体を眺めることが出来た。


 穴の大半を覆っている土煙は、矢と魔法が衝突した南壁の少し手前辺りから広がっている。


 そして、北側には普通に流れていくが、南側はすぐ側に壁があるため、左右に分かれていき……。


「……あ、ジグさんだ」


 土煙の流れを目で追っていると、穴の南東の端で魔力を溜めたままのジグハルトの姿が見えた。


 ジグハルトも宙に浮いている俺に気付いたようで、小さく頷いている。


 その場に留まったまま動く様子はないし、こっちの事情は何となく把握出来ているみたいだな。


「あっちは大丈夫だね。それじゃー……っと」


 改めて、穴の中央辺りに視線を向けた。


「移動してはいないけど、まだ元気そうなのが数体と……死にかけなのが数体……ね。爆発で吹っ飛んだのか、あちらこちらに散らばっちゃってるけど、倒すことは簡単そうだね。森の方も……うん、何も近寄って来てないね。こっちを片付けたらお終いかな?」


 概ね穴の現状を把握出来た俺は、下に向かう前に、ついでにと森の方にも視線を向けたが、こちらに向かってやって来る魔物の気配は無い。


 西側の川の向こうから引き寄せられる魔物の第二陣があったら、乱戦になることは間違いないし厄介だと思っていたが、あの一度だけで打ち止めだったらしい。


 俺は「ふむ」と呟くと、下に転がる魔物の位置を覚えながら、アレクたちの下に向かって行った。


 ◇


 上から見た情報を二人に伝えると、まずはダメージが大きい、転がったままの魔物たちを始末していくことになった。


 俺は地面の側に下りたくないってこともあって、その役目を二人に任せているが、地面に倒れた魔物に止めを刺すだけの簡単な仕事だし、二人は喋りながら止めを刺して回っている。


「結局、増援は無かったな」


「ああ。北はセラが片付けたとはいえ、西側から呼べるのなら、まだまだ増援が来てもおかしくはなかったんだが……アレを仕留めたからだろうか?」


 俺が上で考えていたことと同じようなことを二人は喋っている。


 やっぱりまだまだ魔物の数に余裕はあるし、ワニもどきだって、他所から魔物を呼べるだけの魔力はあっただろうからな。


 ワニもどきを倒したとはいえ、予想が外れたことが落ち着かないんだろう。


「セラ、この辺りに魔物の気配は無いんだな?」


 オーギュストと話していたアレクが、ふと顔を上げるとそう訊ねてきた。


「上から見た限りじゃね? そりゃーもっと広く探せばいるだろうけれど、少なくともこっちに向かってきてる魔物はいなかったよ。地下にいたら……それはわからないけどね」


「そうか……」と、呟くアレク。


 そのアレクに向かって、オーギュストは静かに話しかけている。


「北側でセラ殿が倒した分も含めて、数だけなら相当なものだろう? それに、戦闘自体はこちらが隙を与えずに圧倒していたんだ。お前が気にしているのは南から姿を見せたカエルもどきだろうが……ここでの戦闘が始まる前に既に何匹も倒しているし、遠ざけるには十分な理由になったんじゃないか?


 オーギュストの言葉に、アレクは納得したのか頷いている。


「ああ……考え過ぎだったかもな。……っと、向こうはもういいのか?」


 強い風が吹いたかと思うと一気に上空に土煙が舞い上がり、穴の中の視界が晴れていく。


 まず目に入ったのは、腹部を矢が貫いて二つに分断されたワニもどきの体。

 そして、矢と魔法でボコボコに荒れ果てた地面と、先程いた場所から方々に散らばった魔物たちの姿だ。


「逃げ回られると面倒だし、さっさと仕留めてしまえと言うことだろう。私は向こうに。アレクシオ隊長は向こうを頼む」


 オーギュストの指示に、アレクは「おう」と答えると、二人はそれぞれの方へと駆け出していった。


 残った魔物はシカとオオカミが数体ずつだし、追いかけっこにでもならない限りすぐに片付くだろう。


 仮に逃げても、ジグハルトが魔法で仕留めるだろうし……これで終わりだな。


「っ!?」


 そんなことを考えていると、オーギュストが走っていった方向から、バンッ!! と、鈍い爆発音が響いた。

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