728

1528


「来たっ!」


 再び上空に上がって来た俺は相変わらず周囲の警戒を続けていたんだが、そこで西側からやって来る魔物の群れを視界に捉えた。


 そして、あっという間に森の奥から飛び出してきたかと思うと、縁の手前で急停止した。


 ワニもどきの魔力は川を渡らせるくらいの力はあるけれど、流石にこの穴にノンストップで飛び込ませるほどは無いようだ。


 一応こちら側には、ジグハルトが自分たちが安全に下りれるように、地面を崩した箇所があるし、魔獣ならそこを通れば簡単に降りることが出来るはずだが、ワニもどきの魔力に中てられて興奮しているのか、どいつもそれには気付いていないらしい。


 だが、フロアで区切られたりしているダンジョンだと、フロアを越えて乱入してくることなんて滅多にないが、外は違う。


 ワニもどきとの戦闘中にバラバラに乱入してこようものなら、面倒なことになる。


 ただ単に倒すだけならそう難しいことじゃないんだが、下の三人はコイツらをワニもどきとの戦闘に利用するつもりだしな。


 ってことで!


 俺は群れの裏側に回り込むと、尻尾を振りかぶった。


 そして。


「さっさと飛び込めー!」


 大声でまくしたてながら、穴の手前に止まっていた魔物たちを、崩れた箇所へと追いやっていく。


 魔物の大半は狙い通り穴の中に下りていくが、中には俺に反撃してくる個体もいる。

 そんな個体は……。


「はっ!!」


【緋蜂の針】で蹴り飛ばして、【影の剣】で止めを刺す。


 ただの魔獣相手ならこんなもんだろう。


 あまり倒し過ぎるような事態になったら困るが、幸い俺があっさり倒していくことが上手い具合に後押しになったようで、数体倒しただけで残りは全部穴の中へと駆け下りていった。


「よし……いないね。それじゃー、オレも!」


 群れの生き残りが全て下りて行ったことを確認すると、最後に周囲の確認をして、俺も穴の中へと飛び込んで行った。


 ◇


「セラ! オオカミを何体か減らしてくれ!」


 俺が穴の中に下りていくとすぐに、アレクから指示が飛んで来た。


 その声にアレクの方を見ると、彼はオーギュストの側にいて、周りにオオカミの死体が転がっている。

 アレクは今は先程まで持っていた弓を引っ込めて剣を手にしているし、彼が倒したんだろう。


 南側でワニもどきの注意を引いていたオーギュストは、西側に移動してワニもどきの頭を抑えているが、上から下りてきた魔物には背を向けていて、その隙を突かれたんだろう。


 もっとも、普通の魔物なら、たとえ背を向けていたとしても、戦闘中のオーギュストを避けてもおかしくはないんだが、まぁ……魔物たちはただでさえ上で俺に追い立てられて下りてきたわけだし、とりあえず目の前にいる人間に襲い掛かってもおかしくないよな。


「りょうかい!」


 俺はそう応えると、一番北側のオオカミに向かって突っ込んだ。


「ほっ!」


 オオカミの腹を蹴り上げてから【影の剣】で首を斬り飛ばし。


「ふっ!」


 オーギュストに飛びかかろうとしたオオカミは、尻尾で叩き落すと、俺が止めを刺す前にオーギュストが剣を振るって弾き飛ばす。


 さらに一体二体と倒していくにつれて、オオカミだけじゃなくて、シカも一緒に南側に後退していった。

 ワニもどきからも距離をとっているし、矢を防ぐ壁代わりには丁度いい位置じゃないか?


 とは言え、まだまだこちらにも残っている魔物はいるし、コイツらも何体か倒してしまおうかな……と、【影の剣】を構え直していると。


「セラ、もういい! 下がれっ!!」


 アレクの声が飛んで来た。


「むっ!?」


 再度アレクの方に視線を向けると、今度は剣を納めて弓を手にしていた。

 そして、自分の方に来るようにと、腕を大きく振っている。


 俺はジグハルトの姿を探すと、東の壁のすぐ手前で魔力を溜めているのが目に入った。

 いつでも魔法を撃てる状況だな。


 俺は「よし……」と頷くと、魔物たちを睨んだままアレクの元まで下がって行く。


「やるの?」


「ああ。あれだけいれば十分だ。ジグさん! オーギュスト! やるぞっ!」


 アレクは返事をしながら二人に向けて大声で合図をすると、【ダンレムの糸】の弦を引いて、矢を発動させた。


1529


 オーギュストが加護を発動しながら、強烈な横薙ぎの一撃をワニもどきの頭部にお見舞いすると、ワニもどきの体は片側の前後の足が完全に地面から離れた。


 矢を放つタイミングを窺っていたアレクは、さらにもう一段弦を引くと、オーギュストに向かって「離れろっ!!」と声を上げた。


 多分オーギュストのポジションが俺だったら、即矢を撃つんだろうが……オーギュストは空を飛べるわけでもないし、恩恵品に守られているわけでもないからな。

 今から止めを……って状況なのに冷静なもんだ。


 オーギュストも慌てて飛び退ったりしないで、ワニもどきから目を離さずに後退しているし……毎度思うが、この辺りの俺と違った落ち着き具合は経験の差だな。


 アレクの後ろに回って偉そうにそんなことを考えていると、十分に距離をとったオーギュストが、地面に伏せながら「やれ!」と叫んだ。


 それを合図に、アレクは矢を放つ。


 帯状の光がワニもどきに向かって延びていくが、その威力に押されて、アレクもズズっと地面に沈みながら後ろに下がって行く。


 ジグハルトの魔法で足元の水は消し飛んで地面も乾ききっていたんだが、それは表面だけだったようで、沈んでいくアレクの足元からは水が染み出ている。


 その染み出た水が、矢の余波で霧のように辺りに広がっていく。


 そして、それは矢を撃ったアレクだけじゃない。


 矢が直撃したワニもどきもの周囲もだ。


「おぉぉっ!?」


 光ではっきりとは見えないが、どうやらまだ矢の威力に抗っているようで、ワニもどきを中心に一気に霧が広がっていく。

 光に混じって魔力も見えるし、もしかしたら防御代わりに水の魔法を使っているのかもな。


 この霧の広がり具合を考えたら、その可能性も高そうだ。


 だが、水が出る端から消し飛んでいるし、その魔法に効果はほとんど無いだろう。


 魔法で生み出した魔法を即消し飛ばすか……普段は自分で使っているから気付かないが、【ダンレムの糸】を撃つ瞬間に後ろにいると、相変わらずコレの威力の高さがよくわかる現象だな。


 もっとも、その現象もほんの一瞬だ。


「貫いたっ!」


 弓を構えたままのアレクの体が、ガクッと前に傾いたかと思うと、アレクがそう叫ぶ。


 前を見ると、ワニもどきを中心に広がる光と霧が消えていた。


 その代わり、地面が抉れるような破砕音や、魔物の何とも言えない叫び声が辺りに響き始めた。

 ワニもどきを貫いて、矢が後ろに追いやられていた魔物たちを倒していっているんだろう。


 ワニもどきの抵抗で矢の威力は多少は削がれたはずだが、それでもオオカミやシカ程度を倒していくだけの威力はまだまだ残っている。


 アレクの体勢が崩れたことで軌道がズレて、矢が少々暴れてしまったが、そのまま向かいに広がる南壁に向かって飛んで行き……。


「っ!?」


「うおおっ!?」


 東側から【ダンレムの糸】以上に強烈な光が走ったかと思うと、南壁に向かって飛んでいた矢に直撃して、爆発をした。


 ◇


 爆発で生まれた土煙に視界を遮られながらも、一先ず俺たちはオーギュストと合流するために、足場が荒れ果てた穴の中で移動を開始した。


「今のジグさんだよね?」


 俺がすぐ側のアレクにそう叫ぶと。


「ああ。矢を魔法で撃墜したが……互いの威力が拮抗していたのかもな。あの場で爆発しやがった!」


 アレクもまたそう叫び返してくる。


「てっきり魔法で土壁を出したりするんだと思ったけど、違ったね」


「俺たちからはハッキリとは見えなかったが、矢の軌道が少しズレてしまったし、壁を作って受け止めるよりも、撃ち落とした方がいいって判断したんじゃないか? しかし……音の反響が凄いな……!」


「本当だね! 【風の衣】もほとんど意味無いよ……。それに、矢と魔法から逃れた魔物が何体か残ってるけど、地面に倒れこんでるよ! あ、団長もいるね!」


 土煙の奥に目を凝らして見れば、地面に転がっている魔物たちの姿がハッキリと映っている。


 それとは対照的に、予め地面に伏せていたオーギュストは無事だったようで、立ち上がると転がっている魔物の下に止めを刺しに向かっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る