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 強い光、続けて轟音と振動。

 さらに、それだけじゃなくて、穴の底に突き刺さった魔法が底の水を蒸発させたことで生まれる大量の霧。


「っ……凄いね!? ……でも、これだと穴の中の様子がわからないんじゃ……」


 霧で穴の中の様子がわからないんじゃないかと言おうとしたが、続けて放たれた風の魔法で、霧は消し飛んだ。


「……ぉぉぉ」


「セラ、まだ撃つから下がっていろ」


 覗き込むためにフラフラ穴に近づいていると、後ろからジグハルトに戻ってくるように言われた。


「む? 了解!」


 チラッとしか見えなかったが、今の一発だけでも十分下まで坂道は出来ているのに……角度が急すぎるからかな?


 ススス……とジグハルトや二人の後ろに戻ると、大人しく彼が魔法を撃つ姿を見ていた。


 何発か続けて撃っていたが、同じ角度で撃っているわけじゃないことに気付く。

 それどころか、ねらい先も違っている。


「……あぁ、下りるための道を作ってるだけじゃなくて、足場も整えているんだね」


「ああ。崩れた土砂で多少はそこが埋まりはしただろうが、それでも俺たちが戦えるほどじゃないだろうしな」


 俺の呟きに、アレクが答えた。


 穴の中の水全部を蒸発させることは流石に無理だと思うが、それでも、魔法を撃ち込むことで底の形を変えたり、足元を乾燥させたり……多少は三人が動きやすいような環境には変えられるだろう。


 俺は頷きながら、魔法を撃ちまくるジグハルトを眺めていた。


 ◇


 ジグハルトは初めの一発目以降、一定のテンポでポンポンと魔法を撃ち続けていたんだが、気付いたらその魔法が止んでいた。


「終わったの?」


「ああ。これ以上撃ち続けて、俺たちが下にいる時に崩落でもされたら困るしな。後は戦いながら上手いこと合わせていくしかない」


「コレはいらない?」


 俺は首に提げている【竜の肺】をジグハルトに見せた。


 ジグハルトは下では魔法をメインに戦うようだが、コレを使えばデカい魔法をもう少し気軽に使えるだろうし、色々打てる手が増えると思うんだよな。


 そう思ったんだが、ジグハルトは苦笑しながら首を横に振った。


「いや、まだ魔力には余裕はある。お前の加護があるし、それだけで十分だ。……強いて言うなら、フィオの扇があればもっと楽に戦えそうではあるな」


「あぁ……流石にフィオさんのまでは持って来てないね……」


「地形と環境が面倒なだけで、魔物の強さだけならこのメンツで苦戦するようなことはないさ。よし……お前たちも行けるな?」


 ジグハルトが振り向いてそう言うと、二人は揃って頷いた。


「私が先に下りよう。二人はその後で。セラ殿は上に回ってもらえるか? もし魔物が集まって来るようなら、戦況は気にせず伝えてくれ」


「ほいほい。皆も気を付けてね」


 三人は「ああ」と答えると、穴の底に向かって滑り降りていく。


 俺はそれを見送ると、上空に移動を開始した。


 ◇


 三人が穴の底に下りて、俺はその上空に移動して。

 しばらくの間は戦闘は起きず静かなままだった。


 てっきりすぐにでもジグハルトの魔法やアレクの矢が、ドカドカ炸裂するんじゃないかと思っていたんだが……ちょっと意外だな。


「穴の底は……さっきオレが見た時より大分水の範囲が減ってるね。それでもまだ3分の2くらいは残っているけど……」


 改めて上空から穴を眺めるが、先程に比べて大分様子は変わっていた。


 ジグハルトの魔法が着弾した場所は、水が蒸発して地面が露出している。

 凸凹になっているから歩きにくくはあるだろうが、すっかり乾いているし、足が沈むようなことはないだろう。


 だが、まだ3分の2は残っている。


 北から西にかけて流れのようなものが見えるし、きっとあの辺に水脈に繋がる穴が開いているんだろう。

 その北と西の壁は大きく崩れているが、その穴を堰き止められてはいないってことか。


 このままだと折角水を排除した箇所も、そのうちまた溢れてくるだろうし、急いで決めた方がいいんじゃないかな?


 上から見ているからわかったことだし、三人に伝えておいた方がいいかなと、別れて早々だが下に向かった。


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「どうしたっ!? 魔物が集まっているのか?」


 上から下りてきた俺に、三人は足を止めて穴の上に視線を向けた。


 当たり前だが、穴の中からだと上の様子はわからないみたいだな。


「ごめんごめん。そうじゃないんだけどね?」


 俺は慌ててそう言うと、上で見て来たことを伝えた。


「そうか……ここまで派手に崩したから、もう塞げているんじゃないかと思ったが、まあ……仕方が無いか」


「上から見たら結構広範囲に崩れてたし、これ以上やると中にいたら危ないからね。でも、このままだとまた水が溢れちゃいそうだよ」


 アレクと二人で話していると、前を向いたままのジグハルトが「それだけじゃない」と言うなり、前に向かって魔法を放った。


「おわっ!?」


 先程までの魔法に比べると、威力は大分抑えているが熱量は十分なようで、爆音が響いたと同時に一気に穴の中に霧が立ち込めた。

 そして、続いて放たれた風の魔法で霧は全部吹き飛ぶ。


 俺とアレクの会話に、ジグハルトは「それだけじゃない」と言っていたが、一体……?


 今の魔法で何かわかるのかなと思い前を見ると、初めはわからなかったが……徐々に異変が見えてきた。


「アイツが水の魔法を使っているんだね?」


 ジグハルトが放った魔法は、あの魔物が身を潜めていた岩だった。


 岩が吹き飛んで、ついでにその周辺の地面が盛り上がったことに加えて周囲の水が蒸発したことで、あの魔物の全身を正面から見ることが出来た。


 上からだとカエルとヘビとトカゲが合わさったような姿に見えたが、正面から見たら、思ったよりも体の大きい手足の長い柔らかそうなワニ……ワニもどきだな。


 んで、そのワニもどきの足元から大量の水が湧き出していた。


 これだけだと、湧き水の上に立っているように見えるが、【妖精の瞳】がしっかりと魔力の流れを捉えている。


 こいつが水の魔法を使っているんだ。


 仕切り直しなのか、ジグハルトと、先頭に立っていたオーギュストも一旦こちらに戻って来た。


「魔法ってほど大したもんじゃないが、魔力だけは中々のもんだな。使っているのはお前の魔法と似たようなもんだが、発現する水の量は段違いだ」


「前で見ているとわかるが、周囲の水も動かせるようだ。これまで森の魔物が動いていたのは、そうやって合図を出していたのかもしれないな」


「あらら……それは面倒そうだね」


 どれくらいまで出来るのかはわからないけれど、あのワニもどきがいる以上、流れ込んでくる以上のペースで水が増えていくし、場合によっては森の魔物をここから動かせたりもするってことだ。


 あのワニもどきを逃がさないために、ここまで追い詰めたつもりだったけれど、三人もここで足止めを食らうことになりかねない。


「むむむ……」


 どうしたもんか……と唸っていると。


「気にするな。合図は出せても、細かい指示は出せないはずだ。精々、魔物をこちらに引き寄せるか、追い立てるか……その程度だろう。お前は最初に決めた通り、上から周囲の警戒をしていてくれ」


 アレクはそう言うと、【ダンレムの糸】を発動した。


「む……? まぁ、それもそうだね」


 直接戦うのはこの三人で、その三人が落ち着いているんだ。

 俺が一人で狼狽えていても何かが変わるわけじゃない。


 何度か大きく深呼吸をすると、俺は「了解」と言って、穴の上に飛んで行った。


 ◇


 俺が再び上空に戻って来てからも、何度か魔法の音が響いていたが。


「おっと……始まったね」


 足場を作るための魔法から、攻撃用の魔法に切り替わっている。


 ワニもどきは……?


「姿は見えないけど……水中にいるね。アイツが逃げられるほどの穴は無いみたいだし、戦うことにはなるんだろうけれど……」


 水辺で一人ずつ相手するのならともかくこの状況だ。


 ワニもどきだって勝機が薄いのはわかっていると思うんだが、逃げる素振りは見せないし……となると?


「えーと…………あぁ、やっぱそう来るか」


 俺は視線を穴の外に向けて森の様子を探っていると、北側からこちらに向かって近づいてくる魔物の群れを発見した。

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