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「距離があるからまだはっきりは見えないか……近付けば何かわかるかもね」
とりあえずここからだと黒っぽい馬ってだけしかわからない。
近付けば、どんな状況のアンデッドかわかるだろう。
だが。
「使うか?」
と、狼煙が入っているポーチに目をやった。
異常だとは思うが、果たしてこれが皆を呼ぶほどのことなのかどうか。
この調査の元々のきっかけは、領都を襲ってきた魔物のボス的位置にいたアンデッドたちだ。
今更別のアンデッドがいたところで、大量にいたうちの2頭ってだけかもしれないし……。
「使うのはちょっと待って、確かめるのを先にするかな?」
流石にこいつらは、囮だとか頭を使うような真似はしてこないと思うけれど、仮に向こう側に何かがいて、俺が皆を呼び寄せた隙を突いて逃げられたりってことはあるかもしれない。
折角詰めていっているのに台無しだ。
うむ。
一先ずここは俺だけでどうにかしよう。
「とは言え……どうしようか? 目潰しは効かないし、アンデッド相手に【影の剣】も【緋蜂の針】も使いたくないし……」
アンデッド相手の接近戦は極力避けたい。
かと言って、【ダンレムの糸】を使うのもなぁ……。
「まぁ、いいや!」
ここでグズグズ考えていても仕方がないし、とにかく行ってみよう。
俺は念のため高度を上げて森の上に出ると、木の枝で姿が隠れるように気を付けながら、接近していった。
◇
2頭のアンデッド馬の真上に来た俺は、仕掛ける前に、まずは様子を観察することにした。
「どっちの目にも反応していないし、死んでるのは確かだね。アンデッドだ。……ただ、コイツら何してるんだろう?」
ノタノタと森の木の間を歩いては、立ち止まってうつむく。
そのまま何するでもなくしばらくボーっとしたかと思うと、また歩き出す。
そしてまた、ちょっと歩いては立ち止まる。
その繰り返しだ。
一見餌を食べているようにも見えるが、何も食べていないしな。
この行動自体に意味を求めても仕方がないか。
「目的があるわけじゃなさそうだね。指示を出すような何かが側にいないってことだろうし……群れじゃなくてこの2頭だけか。……よし」
周囲を見回して、この2頭以外に何もいないことを確認すると、俺は尻尾を木の枝の半ばに巻き付けた。
長さは3メートルほどで、太さは俺の腕ほど。
【祈り】抜きなら尻尾でもちょっと手に余る重さだろうが、半分にしてしまえば振り回せるだろう。
俺は尻尾を巻き付けた状態のままその場に滞空すると、馬の様子を窺いながら、仕掛けるタイミングを探った。
今は2頭とも動きを止めているが、これまで通りならそろそろ動き出すはずだ。
とりあえず様子見だな。
上からジーっと挙動を見逃さないようにと眺めていると、間もなくノソノソと歩き始めた。
これまでのパターン通りだ。
そして、パターン通りってことは。
「また動きを止めるかもしれないね。狙うならそこか」
仕掛けるタイミングには悪くないだろう。
俺は枝に巻き付けた尻尾に力を込めながら、再び馬の挙動を見つめ続けた。
◇
「今だっ!!」
馬が動きを止めた瞬間に、俺は【緋蜂の針】を発動すると、枝の半ばに蹴りを叩きこんだ。
枝は乾いた音を立てながら、半ばからベキッと折れる。
その折れた枝を、巻き付けた尻尾で持ち上げると、動きを止めたままの馬めがけて突っ込んで行く。
折った枝は、重いことは重いが【浮き玉】の速度も合わせて、何とか持ち上げられている。
俺の存在を気取られないようにと、音もたてないようにしたし、【緋蜂の針】の発動もギリギリまで待っていたんだが、どうやらこいつらは聴覚も無いようで、頭を下げて動きを止めたままだ。
これならわざわざ動きを止めるのを待ったりせずに、適当なタイミングで仕掛けても良かったかもしれないな。
そんなことを考えながら、体を縦にクルっと回転すると、尻尾を操りながら片方の馬の頭部目がけて思い切り枝を振り下ろした。
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「むっ!? 弱い!?」
頭部に枝を叩きつけられた1頭だが、その一撃で首がへし折れて地面に崩れ落ちた。
我ながら今のは遠心力を乗せたいい一撃だったとは思うけれど、所詮はただの木の枝に過ぎないのに、コレか。
アンデッドになると、頭の回転はともかく身体的には強化されているはずだ。
俺はそこまでアンデッドに詳しいわけじゃないけれど、何度か戦ったことがある。
その経験から言わせてもらうなら……ちょっと弱すぎる。
少なくともコイツ等は魔物じゃなくてただの馬だったんだろう。
「ほっ!!」
俺はその場で横に回転すると、振り下ろしていた尻尾ごと首目がけて一気に真横に振り抜いた。
その一撃を受けた馬は、1頭目と同様に首が折れて地面に倒れる。
差し当たって、この2頭はこれで無力化出来たと言っていいだろう。
だが。
「まだ生きている……って言い方はおかしいけど、このくらいじゃー……アンデッドは動きは止めないか。どうにかして止めを刺したいんだけど……」
今の二度の攻撃で、武器代わりにしていた枝は折れてしまった。
まぁ、フルスイングしたしな。
太いとはいえただの枝だし、折れるのは仕方がないか。
「もう一本調達しようかね」
普段の狩りでたまたま出くわしたとかなら、この場は放置して後回しにしてもいいんだけれど、コイツ等自体を調べたいわけだし、放置するってわけにはいかないんだ。
グロイからあまりやりたくないんだが、まずは頭を潰して、しっかり動きを止めないとな。
俺は「ふぅ……」と溜め息を一つ吐くと、頭上の枝の一つに尻尾を伸ばした。
◇
最初に折った枝と同じ要領で、再び同じようなサイズの枝を手にした俺は、地面に転がっている馬のアンデッドの頭に叩きつけて潰していった。
ほとんど地面と変わらないし、枝への衝撃は首への一撃に比べるとずっと大きいようで、一度叩きつける度に折れてしまい、その都度枝を補充していたため、少々時間がかかったが……まぁ、何とかなったな。
ってことで、頭を潰していよいよ動くことが無くなった、頭部が無くなった馬の死体を見下ろしているんだが……。
「……これは一目でわかったんだけど、鞍を着けていないんだよな。森をうろついている間に落っことしたって可能性もあるんだけれど……簡単に外れるような着け方はしないだろうしな」
俺は両方の死体を見比べながら、首を傾げた。
普段から鞍を着けているような馬なら、何かしらその痕が残っているだろうし、そんな後はどこにもない。
それどころか。
「そもそもコイツ等どうやって死んだんだ?」
どちらの死体も、生前魔物や獣と戦ったことでもあるのか、よく見ると小さい傷はいくつもある。
だが、そんな小さな傷で命を落とすようなことはないはずだ。
「……よいしょっ!」
ひっくり返して、反対側の体も観察していくが、反対側にも致命傷になるような傷は残っていない。
この体の傷の様子から、多分冒険者が所有していた馬だと思うが、何かに襲われて命を落とした……って線は無いだろう。
「……どうやって死んだんだ?」
先程つい漏らした言葉が、再度口をつく。
一瞬、コイツ等何か毒物でも口にしたのか……と考えたが、大して強くなかったとはいえ、毒死したような馬ならもっと弱っていそうな見た目のはずだ。
さらに、流石に少しは傷んでいるが腐乱しきっているようなこともないし、まだ比較的新しい死体なんだろう。
季節が冬だったら、何かのはずみで凍死とかそういうこともあるかもしれないけれど、今はそんなことないだろうしな。
何かがあったんだろうけれど……。
「傷がつかない死に方ねぇ……。溺死とかならあるかもしれないけど、馬が溺死するかというとね……」
まぁ、川に落ちて、そのまま上がってこれずに……なんてことはあるのかもしれないけれど、コイツ等はしっかり陸地にいるわけだしな。
水を飲みに行って、そこで何かに引きずり込まれて……とかもあるかもしれないけれど、それなら無傷でここにいることがわからないし。
「駄目だ。ここで考えてても何もわからんね。とりあえず……上流に行ってみようかな?」
どの道行く予定だが、結局それになるか。
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