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 冒険者ギルドから屋敷に戻ってきた俺は、セリアーナたちに街の様子や、冒険者ギルドで見聞きしたことの報告を行った。


 話を聞いたセリアーナたちは、まずは下がバタついていた理由がわかり満足げな様子だった。


 ジグハルトが街に戻って来ていたのは予想外だったようだが、騎士団と冒険者ギルドと商業ギルドの三者が急いで合流するような事態と考えると、まぁ……納得出来る範囲だったんだろう。


 ちなみに、肝心の内容に関しては……そこまで興味は無いようだった。


 領内の出来事とは言え、魔物絡みの問題で既に戦力は用意している上に、アレクとジグハルトとオーギュストも派遣するんだ。

 セリアーナたちがここから出来ることはもう無いもんな。


 だが、向こうの戦力が足りていて、明日はセリアーナたちは屋敷にいるし、向こうの出来事に関係はなくても、俺は向こうに行くことになっている。


 ってことで、セリアーナとエレナの三人とで、色々と俺がどう動くべきかの作戦会議を行うことになった。


 ◇


「あの三人がいるのなら、お前がやることなんて一つでしょう」


「まぁ、そうだよね」


 さて、作戦会議を行おうと決めたはいいんだが、予想は出来ていたが大分短時間で終わってしまいそうな気配が漂っている。


 使用人たちを下げていないことからもわかるが、セリアーナが今言ったように、あの三人がいる以上俺が出来ることなんて限られているからな。

 特殊な戦い方をする必要もなく、やることと言ったら上空からの観測と伝令くらいだろう。


 そのことを指摘したセリアーナに、俺は「うむ」と頷いていると、エレナが思いついたように口を開いた。


「セラ。川の上流はどうなっているのかわかるかな? 先日の街の側での戦闘を終えた後に、アレクが家で広げていた地図を一緒に見たんだけれど、北の森は詳しい地図をまだ作られていないから、ハッキリとした地形はわからないんだよね」


「むむ……川の上流かぁ」


 エレナの言葉に、上空から見た北の森を思い浮かべるが……。


「オレも北の拠点より北側は、ずっと森の上空を漂っていたからね。推測になるけどそれでいい?」


 魔物の群れ方とか、森の様子からそれなりに精度が高い推測だとは思うが、それでいいかな……と訊ねると、エレナは「もちろんだよ」と頷いた。


 それなら……と、俺は話を続けた。


「北の拠点の手前辺りから、ドンドン魔境と距離をとるように西側に街道が曲がってるんだよね。んで、北の拠点から北に行ってもそれは同じなんだけど、あんまり森の魔物の動きに変化は無いんだ。だから、多分川も西側に曲がってるんじゃないかな? ……というよりも、先にそれを確かめてから、街道とか拠点を設置したんじゃない?」


 自然の地形を変えることは出来ないし、自分で言った言葉だが、説得力がある気がする。


「ふむ……近すぎても魔物の接近を許してしまいかねないしね。それなら、川は領都よりも西側から流れていることになるね。そうなると……」


「地形に余裕があるし、上流には川幅が広い場所や、支流が流れる池があってもおかしくないわね」


「そうですね。セラ、調査隊はまだ北の拠点より北側は見ていないんだよね? 現場の戦闘に関してはアレクたちに任せて、君は上流の地形の把握に専念しよう。何かいるのだとしたら、今セリア様が仰ったような場所のはずだよ」


「ふむふむ……」


 やることはいつもと一緒ではあるが、とりあえず指針が出来るのは動きやすくていいね……と頷いていると、エレナがスッと耳元に口を寄せてきた。


「それに」


「うん?」


「そう言う場所の方が、誰かが何かを仕掛けるのには丁度いいでしょう?」


 漠然と川ってだけより、特徴のある地形の方が目印にしやすいだろう。


「……なるほど」


 そう言えば、カエルもどきとか地下水路とか色々あって、ついつい頭の隅っこに寄せていたが、下の騎士団本部に繋がれている連中のお仲間か何者かが仕掛けた何かも探しているんだよな。


 先日見つけた片足だけのブーツもその一つかもしれないし、ちょっと気合い入れて探ってみようかな……と考えていると。


「まあ、お前は上から探ることに専念したらいいのよ。調査と捜索は本職に任せなさい」


 俺を落ち着かせるように、横からセリアーナが言葉を放った。


1471


 夕食を済ませた後は、エレナは自宅へと戻っていった。


 普段だとアレクが家を空けている時は、そのままこちらに泊まっていくことが多いんだが、今日は昨晩急に決まったことだしな。

 あんまり家を空けすぎるのもよくないんだろう。


 ってことで、使用人も下がらせて、俺とセリアーナの二人は部屋で本を読みながらゆっくりと過ごしていた。


「……あら?」


 セリアーナがふと小声で呟いた。

 何事かなとそちらを見ると、視線は足元に向いている。


「うん? どうかしたの?」


「テレサとフィオーラがこちらに来ているわね。……何か用でもあるのかしら?」


「この時間に二人が?」


 別に夜に彼女たちがこの部屋にいること自体はおかしいことではないんだが、それは夕食時からいる場合がほとんどで、今のように後になってから……それも、エレナが帰宅してから来ることは滅多にない。


「使用人も一緒よ。別にいつ部屋に来ても構わないのだけれど……珍しいわね」


「……明日のことかな? それ以外だと別に無いよね?」


 首を傾げるセリアーナにそう言うと、彼女は小さく頷いた。


「でしょうね。ただ……わざわざ彼女たちが来るほどのことでもないと思うのだけれど……」


 メインで動くアレクたちと違って、俺が明日現場でやることなんてほとんど決まっているし、わざわざこの時間に来るほどのことかと言うとな。


 セリアーナは首を傾げながらも、「まあいいわ」と立ち上がると、お茶でも淹れるのかキッチンに向かって行く。


「奥には行かなくていい?」


 お湯の用意なんかは【隠れ家】を使えば手間も時間もかからない。

 どうせ部屋には俺たちだけなんだし、気にせず使ってもいいと思うんだが。


「必要ないわ。お前は彼女たちを迎えに行って頂戴。そろそろ二階に上がって来るわ」


「はーい」


 俺に迎えに行かせて、その間に用意を済ませるつもりらしい。


 それはそれで構わないか……と、俺は返事をして、部屋を後にした。


 ◇


 俺がテレサたちと合流したのは、彼女たちが丁度南館に入ろうとしたところだった。


 俺が丁度いいタイミングで現れたことに、扉を守る兵たちは驚いていたが、セリアーナの加護を知っているテレサたちはそんなことはなく、一先ず一抱えある木箱を持った使用人も一緒に南館に入って来ると、そのままセリアーナの部屋に向かうことになった。


 その途中で、あの荷物は何かを訊ねたんだが、一瞬後ろを歩く使用人たちの気にする素振りを見せると、「部屋で話す」と言われてしまい、結局彼女たちが何の用事で訊ねてきたのかはわからないままだ。


「夜分遅くにすみません」


「ごめんなさいね」


 使用人たちに荷物を運ばせながら、テレサたちはセリアーナに急な来訪を謝罪しているが、セリアーナは「気にするな」と言い、運ばれる荷物を眺めている。


 素人である使用人に扱わせているし、危険な物じゃないのはわかるんだが……なんなんだろうな?

 俺も気になる。


「……その荷物が部屋に来た理由なの?」


「ええ。……終わりましたね。ご苦労様。荷ほどきは私たちが行うから、貴女たちは下がっていいわ」


 テレサは荷物を運び終えた使用人たちにそう言うと、彼女たちを部屋から下がらせた。


 これで、部屋には俺たち四人だけだ。


 俺とセリアーナが部屋の中に置かれた箱を眺めていることに気付いたのか、フィオーラがそちらに向かって歩いて行きながら口を開いた。


「それじゃあ、さっさと開けましょうか。貴女たちも手伝ってちょうだい」


「ふぬ……りょうかい」


 俺はフィオーラの言葉に頷くと、【猿の腕】を発動しながら箱のもとに移動した。


 そして、一番手前の箱の蓋を持ち上げて、中を確認する。


「これはポーション?」


 箱の中身は緩衝材代わりの藁の塊と、そこに縦に置かれたガラスの小瓶だった。

 よくある回復用のポーションだ。


「その箱はそうね。数はないのだけれど、配合を少し変えているから効果は通常の物よりも高いわ。急ごしらえだから、箱まで用意することは出来なかったのよ」


 明日に向けての物資を揃えてくれていたんだな。


 俺はフィオーラの言葉に「なるほど」と頷いた。

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