698

1468


 ジグハルトが何故ここにいるのかを話し終えると、俺たちの側に控えていた職員が、今の話を補足するように加わってきた。


「手が空いた兵も冒険者も北の森の調査に出していますし、北の森にはオーギュスト団長もアレクシオ隊長も向かっています。ジグハルト殿まで向かわなくても問題無く対処出来るとは思うのですが……」


「まぁ……それはそうだね」


 職員の言葉に頷いていると、反対側に座るテレサが口を開いた。


「私や支部長もそう思っているのですが、それでも、現場を見てきた彼の勘というのも無視することは出来ません」


「む……それもそうだね」


 ベテランのジグハルトが、何か気になるって言って、任務に出向いていた場所からわざわざ領都に戻って来たんだ。

 根拠は弱くても、テレサが言うように無視することは出来ないだろう。


 かと言って、先程職員が言ったように、これ以上動かせる人間がいるかどうか……ってなっちゃうし……だからこそこんな風に人を集めて会議をすることになったんだな。


 もっとも、部屋の中にいる者たちをよく見てみれば、騎士団や冒険者ギルドの職員はもちろんだが、商業ギルドの者もいるし、どうにかしてジグハルトの穴を埋める者を用意しようって意図を感じる。


 そもそも、ジグハルトは厳密には普通の指揮系統に組み込まれているわけじゃないし、今後も円滑な関係を維持したいのなら、出来るだけ彼の要望を叶えるってのが彼等の方針だ。


 ってことで。


「ジグさんが行くのは決定として、どんな事態が起きてると思ってるの?」


「いえ、まだ決定ではないのですが……」


 俺の言葉に慌てて重ねてくる職員。


 俺がここで決定って言ってしまうと、そう言う流れになってしまうとでも思っているのかもしれないが……でもなぁ?


 ジグハルトの顔を見れば、ニヤッと笑っている。


「わかってるじゃねぇか。まあ……俺も仕事を受けた手前、無理を通すつもりはないが……な」


「いいよ。支部長とかがなんとかするでしょ。それより、ジグさんは何が起きてると思うの?」


 俺がジグハルトの予想を訊ねると、彼は「ふむ」と顎に手を当てて呟いた。


「まあ……何かがいるんだろうな。ただ、それがいるのは一の森じゃねぇ。北の森の……川の上流だろう」


「……北の森なんだ」


「ああ。お前が調べた情報は俺のところにも来ていたから、あの辺で何が起きているのかは大体は把握出来ている。川の東側から魔物がいなくなったんだろう? 川を伝ってくる魔力にびびったが、魔境には近づきたくない魔物が逃げ場が広い西側に移動したんだろうな」


「なるほど……」


 中々説得力のある言葉に頷いていると、テレサがジグハルトに声をかけた。

 辺りに気を使ってか、小声になっている。


「何がいると思いますか? 以前魔境の北の奥には竜種がいるとの報告がありましたが……」


「ああ……セラがここ最近よく出くわしているカエルもどきとよく似たやつだな。安心しろ。そいつじゃねぇよ。流石にあのレベルの化け物が動けば、もっと森の生き物に影響が出ている」


 ジグハルトは「それに……」と俺を見た。


「北の拠点からもっと先まで見て来たんだってな? もし竜種なんていたら距離があっても気付けるだろう」


「それはそうだね……。ちょっと竜種の可能性は考えもしなかったけど、少なくともそこまでのはいなかったよ」


 昨日のことを思い返しながら、俺はジグハルトに答えた。


 もっとも、そんなレベルの魔物がいるだなんて考えもしなかったから、あくまで拠点の周囲を一回り程度でしかなかったが、森そのものは異常はなかったはずだ。


「……となると、何がいるんだろうね?」


「まあ、それは行ってみたらわかるさ。俺は今日街を発つから、明日向こうで合流だな」


 そう言うと、ジグハルトは立ち上がり向こうで話しているカーンたちに向かって、「おい!」と呼びかけた。


「こっちの話はもう終わったぞ。そっちはどうだ?」


 ジグハルトの催促に、カーンは「はあ……」と溜め息を吐いてこちらに歩いてきた。


1469


 こちらにやって来たカーンは、くたびれたような声で話し始めた。


「商業ギルドお抱えの冒険者を何組か回してもらうことになった。先日の北の森の件も知っているし、場合によっては雨季が明けた後も街道が利用出来なくなる可能性もあるってことで納得してもらったが……」


「ああ、わかっているさ。適当に一の森の獲物を回してやればいいんだろう? まあ、囲っている冒険者を借りるんだ。それくらいは構わねぇよ」


「そう言ってもらえたら助かる。いくら領内での問題だとはいえ、あまり商業ギルドに借りを作るのは上手くないからな。ウチの責任内で解消出来るんならそれが一番だ」


「……どう話が転んでも、どっちも上の二人の派閥だろう? お前が気にすることじゃないだろう」


 ジグハルトの笑いながら言い放った言葉に、カーンは表情を緩めた。


 商業ギルドが抱え込んでいる冒険者は、ちょっと扱いが難しいからな。


 一応冒険者ギルドの管轄ではあるんだが、それでも商人たちが個別に契約を結んでいる場合が多いし、そもそもリアーナの冒険者じゃない場合もある。


 そう言う意味では、あまり領地にとって重要な仕事を振るのは少々不安ではあるんだが……まぁ、流石に商業ギルドの幹部格の商人なら、リアーナで活動している腕がいい連中を押さえているし、その辺の不安は無いだろう。


 んで、商業ギルドはリーゼルの、冒険者ギルドはセリアーナの派閥ってことになっているし、領内の治安は騎士団の問題でもある。

 カーンも色々問題にならないように考えているが、どのみち領主夫妻の管轄になるんだ。


 もう少し肩の力を抜いてもいいだろうな。


「よし……なら、俺はもうここでの話し合いに残る必要は無いだろう? 準備を済ませたらすぐに発つ」


 ジグハルトはそう言って席を立つと、俺の頭越しにテレサを見た。


「拠点に回す人員の選別と任務の説明はアンタに任せて構わないか?」


「ええ。毎日伝令を送るわけですし、先遣部隊も残っていますから、そこまで細かく指示を出す必要はありませんね?」


「ああ。残っている兵も冒険者も、どちらもリアーナで顔が利く連中だ。上手く仕事を割り振れるだろう」


 テレサの「わかりました」という言葉に頷くと、今度は視線を下げて俺を見る。


「お前も明日来るんだよな? いつも何時頃に北の拠点に到着しているんだ?」


「うん? 大体……10時ちょっと過ぎくらいかな? 誰かと一緒だとかだったら速度は落ちるけど……明日は一人で向かうからね」


 途中の街道や森の様子を確認するために、速度は多少落とすが、それでもそうそう時間はかからないで到着出来るはずだ。


「俺たちはお前を待たずに先に川の手前まで行っておくから、昼前には合流してくれ」


 ジグハルトの口振りだと、小休止を挟んでから一気に突っ込むつもりなんだろうな。

 ジグハルトも大分本気っぽいな。


「む? ……了解」


「よし。後は任せた」


 それだけ言うと、ジグハルトは足早に会議室を出て行った。


「……後は任せただって」


 ジグハルトが出て行ったドアを見ながら俺がそう呟くと、テレサが「仕方がないですね」と立ち上がる。


「これ以上は時間をかけても仕方がありません。ジグハルト殿の穴埋め要員への指示書を作っておきましょう。カーン支部長」


「ああ。今呼びに行かせているから、すぐにやって来るはずだ」


 テレサは「結構」と答えると、部屋の向かい側にいる職員たちの元に歩いて行った。


「支部長。これ以上何か大きな話ってあるかな?」


「あ? いや、もう無いだろう。……ああ、屋敷への報告か。それなら後で俺の方から持って行っておくから、お前さんに伝令を任せることはないな。話はそう長引きはしないだろうが……戻っても構わないぞ」


「そうだね……」


 とりあえず、街の地下がバタバタしていた理由はわかった。


 ジグハルトが北の拠点に行くってこと以外目ぼしい話はないし、それだけセリアーナに伝えたら十分だろう。


 俺も明日は忙しくなるかもしれないし、今日のうちにしっかり体を休めておかないとな!


「それじゃー、オレは戻らせてもらうよ」


 そう伝えると、俺はドアに向かって【浮き玉】を移動させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る