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「副長か!? どうした?」


 冒険者ギルドのドアの前に下りた俺に、丁度中から出てきた冒険者たちが驚いたような声を出した。


 地上にいる人たちを驚かせないようにと、下りてくる前に【妖精の瞳】を解除していたんだが……目の前に下りて来ちゃえばそんなの関係無いか。

 ちょっと失敗だ。


 ともあれ……彼等は武装した姿で建物から出てきたし、ダンジョン探索を行うタイプの冒険者たちなんだろうが、この反応はジグハルトに気付いていないのかな?


 俺がどう答えたもんかと一瞬躊躇っていると、さらに別の冒険者も加わってきた。

 彼はジロジロと俺の恰好を見ながら口を開く。


「アンタ最近外の調査に出てたが……その帰りってわけじゃないよな?」


 上着こそ着てきたが、少なくとも魔物との戦闘に備えた恰好じゃないのは、よく見たらわかるだろう。


 とりあえず、中に入る前に情報収集も兼ねて、適当に喋ってみるか。


「今日は休みだよ。今まで屋敷にいたんだけど、ちょっと冒険者ギルドに用事があって飛んで来たんだ。皆はダンジョンの帰りかな?」


 見た感じあまり汚れていないし、そんなに深い場所で本格的に狩りをしたって感じじゃないな。


「ああ。もっとも、上層を昼から軽く回っただけだし大した成果はないがな」


「俺たちも雨季の間は休むつもりだったんだが……流石に鈍って来たからな。軽い訓練も兼ねて潜っていたんだ」


「ほぅほぅ……。中は混んでた?」


「奥の方はな。この時期に一気に稼ぎたい連中もいるってことだろう。俺たちも割って入れなくはなかったが……まあ、今回は譲ろうと思ってな」


「あぁ……雨季前にも色々あったしね」


 狩場の独占とか他領出身の冒険者とのぶつかり合いとかあったからな。

 どうやら彼等は関わっていなかったようだが、事情を耳にして自重したんだろう。


 彼等を眺めながら「ふむふむ」と頷いていると、一人が何かに気付いたように口を開いた。


「おっと……中に用があるんだったな。悪かったな足止めして」


 彼等はそう言うと前を空けた。


 俺も話に乗っかったし、そんなこと気にしなくていいと思うんだが、まぁ……ここでいつまでも話し込んでいるわけにもいかないしな。


「いやいや、全然いいよ。お疲れ様」


 そう言って彼等の間を通って、建物の中に入っていった。


 ◇


 冒険者ギルド内は、ここ最近の調査の帰りに報告で寄った際に比べると、冒険者の数が多い気がする。


 もちろんそれは雨季であるって前提での話だが……まぁ、さっきの彼等もそうだったが、ダンジョンでの狩りを終えた者たちが、集まっているんだろう。


 ジグハルトがいる件とは関係なさそうだな。


 俺はホールでたむろしている冒険者たちに軽く挨拶をしながら、奥の受付に向かって行った。


「お疲れ様。ジグさんは奥かな?」


 受付の職員は俺の言葉に一瞬驚いた素振りを見せたが、すぐに「案内します」と立ち上がった。

 どうやらジグハルトはカーンの部屋にいるようで、彼は奥の通路に向かっている。


 俺はその彼の後を黙ってついて行っていたが、ホールから通路に入ったところで声をかけた。


「ねぇ、さっき随分驚いてたけど、何かあったの?」


 俺に知られたのがまずかったのなら、そもそも案内なんかしないだろうしな。

 理由があるのなら、部屋に入る前に聞かせて貰っておこう。


 前を歩く彼は、足を止めると振り返った。


 苦笑というか困り顔というか……なんとも言い難い表情でこちらを見ている。


「騎士団には伝令を出したのですが、まだご領主様に伝えるかどうかの指示が出ていないのですよ。私も部屋を用意する際に少し耳にした程度なので内容まではわかりませんが、今まさに奥でジグハルト様とテレサ様が支部長と協議を始めているはずです」


「あぁ……それなのに俺がジグさんいるかって言ってきたもんだから驚いたんだね」


 俺がここに来たのはセリアーナの加護があってこそだし、そのことを知らなかったら、そりゃー驚くよな。


「はい。副長は今日はお休みだと伺っていましたし、まさかこちらに姿を見せるとは思わなかったものですから……」


 今度はハッキリと苦笑を浮かべる彼に、俺は「ごめんごめん」と謝った。


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 さて、話を終えて移動を再開した職員が案内してくれたのは、通路の一番奥にあるカーンの部屋ではなくて、途中にある会議室だった。


 ジグハルトやテレサがいるんだし、てっきりカーンの部屋で話をしていると思ったんだが。


「こっちなんだ?」


 俺の言葉に、ノックするためにドアに手を伸ばしていた職員は振り向いて答えた。


「ええ。人数がいたものですから……」


「なるほど……」


 言われてみれば、部屋の中に人の気配が多数ある。


 ヘビの目だけで【妖精の瞳】は発動していないから、中に人がいることしかわからないが……大きな声は聞こえてこないし、多分職員が大半なんだろう。


 何を話し合っているのかはわからないが、この人数なら、確かにカーンの部屋には入りきらないよな。


「まぁ……入ったらわかるか。ご苦労様」


 ドアを開けた職員に礼を言うと、俺は会議室の中に入っていった。


 ◇


「早いな。俺たちもまだ集まったばかりなんだがな……」


 中に入ってきた俺に向かって、カーンがボヤくようにそう呟いた。


 ジグハルトとテレサを除いた他の者たちも、無言で頷いて同意しているし、屋敷への伝令を出していないのに、俺が現れたのは予想外なんだろう。


「ちょっと上を飛んでいた時に、冒険者ギルドにジグさんがいるのがわかったからね。何があったのかなって思って見に来たんだ。何か話し合いをしているみたいだけど、オレも同席させてもらって大丈夫かな?」


 俺は、そうカーンに向かって言ったんだが。


「構わねぇよ。そうだろう?」


「姫、どうぞ」


 カーンの返事を待たずに、ジグハルトが許可を出し、テレサも隣の空いた椅子を引いている。


 その二人を見て、カーンは困ったようにこめかみを掻いているが、「まあ、いい」と席に着くように示した。


「ありがと。それで、どうしたの? ジグさんがいるし一の森で何か起きた? それにしては、皆慌ててないけど……」


 気になったことを続けて挙げていくと、隣のジグハルトが口を開いた。


「大したことじゃねぇよ。カーン、俺はセラに説明しておくから、ソッチも話を纏めておいてくれ」


 その言葉に、カーンは「おう」と手を上げて応えると、自分のもとに職員たちを呼び寄せて話を始めた。


 そちらを他所に、ジグハルトが話を始める。


「何日か前に、お前が一の森の北側でカエルもどきの群れと出くわしたとか言っていただろう?」


「む……? あぁ、地下の水路とか見つけた時のことだね」


「それだ。その報告を受けて、俺たちも時間を作って拠点の北側の調査を行ったんだ」


「ほぅ……。デカい水溜まりとかあった?」


「ああ。だが、お前の報告とは違って、そこを利用する魔物が複数いたな。わざわざ始末する必要は無いし、その場で放置していたが……水場争いをした痕跡は無かったし、カエルもどきはあの場にはもういなかったんだろう」


「……ふむ」


 まぁ……散々俺があの水溜まりは荒らしたし、流石にもういなくなっていたか。


 抜け穴みたいなのがあって、それを利用して行き来されていたら面倒だったが、一先ずその心配は無さそうかな?


 俺がそうホッとしていると、ジグハルトが「ただな……」と続けてきた。


「森の西に繋がる地下水路……そこも見てきたんだ」


「いた?」


 この言い方だと、そこで一戦やらかしたか?


 そう思ったが、ジグハルトは首を横に振る。


「いなかったの? それじゃー……一の森は何も起きていないってことなんじゃない?」


 それならジグハルトは何のために領都に戻って来たんだろうか?


「地下水路周辺にカエルもどきはいなかったが、それだけじゃなくて、他の魔物もいなかったんだ。水場にちょうどいいだろうにな。ああ……それと、そこから東で、魔物の死体を見つけた。お前が倒した奴だろうな」


 カエルもどきだけじゃなくて、他の魔物も見かけない。

 さらに、俺が倒した魔物の死体が残っているってことは……。


「あの辺から魔物がいなくなったってことかな?」


「かもしれない……ってことで、俺も拠点を離れて調査に出ることと、俺の穴埋めの兵の要請をしに来たってわけだ」

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