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「おや? セラは足はもういいのかな? まだ治っていないはずだけど……」
風呂から出てきたエレナが、ストレッチをする俺を見て不思議そうな声を上げた。
自分が風呂に入る前は、俺は怪我人らしくソファーの上でゴロゴロしていたのに、出てきたら呑気にストレッチをしているんだし、どうしたのかと思ったんだろう。
説明するために口を開こうとしたんだが、その前にセリアーナがエレナに座るように、指で向かいの席を示しながら話を始めた。
「悪化はしていないし経過は順調みたいで、この程度なら問題は無いそうよ。最近体を伸ばせていなかったから、今のうちに……らしいわ」
「ああ……それは何よりです。明日は少し大変かもしれないし、準備は大事ですね。でも、セラ。無理をしてはいけないよ」
「それ、似たようなことをセリア様に言われたばかりだよ。まぁ……大丈夫だよ。明日は側にアレクとか団長もいるしね。何かあっても、そっちに振るよ」
そもそも、俺が戦闘で怪我をしたのは昔のダンジョンを含めてもホンの数回だし、「無理をしない!」と予め決めていたなら大丈夫だろう。
まぁ……いざとなれば【祈り】は使うかもしれないが……それくらいは大目に見てもらおう。
俺の返事に満足したのか、エレナはセリアーナの向かいに座ると、お茶を飲みながら彼女と話を始めた。
部屋に来た時に比べると大分リラックスした様子にホッとしながら、俺はその彼女たちの話をBGM代わりにストレッチを続けた。
◇
30分ほどストレッチを続けたところで、もう十分だろうとストレッチを終了した。
やはり真面目にじっくり行うと、体のあちらこちらが伸びて、気分的にもスッキリした気がする。
気分もスッキリしたし、手早くマットを片付けて来た俺は、ソファーでお茶を飲もうと思ったんだが、エレナがマッサージをすると言ってきた。
たかがストレッチで激しい運動をしたわけじゃないし、別に必要とは思わないんだが、折角だし俺はその申し出を受け入れた。
そして10分程が経ったのだが。
「……君は全く痛くは無いのかな?」
エレナは俺の足をマッサージしながら、痛みが無いのかを訊ねてきた。
一見怪我の具合を確認しているようにしか見えないし、実際そうではあるんだが、エレナは時折足のツボらしき場所を押している。
だが、俺には全く通じない。
「うん。ちょっとくすぐったいくらいだね」
俺がそう言うと、エレナは少し残念そうな表情で「そう……」と呟いた。
「痛がるほうが良かった?」
「いや、そんなことはないよ。ただ、君は今は【祈り】を使っていないでしょう? セリア様とも話していたんだけれど、あの加護が無い状態の君だったらどうなるのかなと思ってね」
エレナは苦笑しながら、手を止めずにマッサージを続けている。
「……どこも痛くないよ」
そう言ってセリアーナを見れば、こっちはおかしそうな笑みを浮かべている。
まぁ……エレナが言うように、【祈り】を常時発動していた時に比べたら、俺が気付いていないだけで、体に疲労がたまっていたりするかもしれないし、マッサージ自体はありがたいんだが、これはきっと親切心よりも退屈しのぎの方が強いな?
「どこも痛みが無いのならそれはいいことだよ」
エレナはそう笑うと、俺の腰と背中に手をまわして、クルっとひっくり返した。
「全身やるんだね……」
てっきり足だけかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
エレナは返事をする代わりに、そのまま背面のマッサージに取り掛かった。
◇
長時間エレナからの丁寧なマッサージを受けた俺は、すっかりリラックスしてしいた。
まぁ、我ながらいつもこんな感じではあるんだが、今日は使用人も部屋の中にいるし、そういう時は一応取り繕っていたんだが……もういいか。
開き直った訳ではないが、セリアーナたちも何も言わないし、今日はもうこのままでいいだろう。
彼女たちも、こんなことをわざわざ外に漏らしたりはしないはずだ。
ソファーに寝転がったままダラりと手足を放り出していると、ふとセリアーナが視線を窓の外に向けたことに気付いた。
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「どうかしたの?」
「うん? ええ……大したことではないと思うのだけれど」
俺の問いかけに、何とも微妙な返事をするセリアーナ。
「……?」
エレナの顔を見るが、彼女も「?」と首を傾げている。
窓の外を見ていたし街で何かがあったのかもしれないけれど、それにしては反応が鈍い。
セリアーナも大したことではないと言っているし、事件の類じゃないんだろうけれど……。
「……ふぬ。セリア様、外見てこようか? 気になってんでしょ? オレも気になるし、軽く街の上空を一回りしてくるよ?」
俺は体を起こすと、セリアーナに外を見て来ると伝えた。
セリアーナが街の何を気になっているのかはわからないが、俺も気になる。
何か事件が起きていたとしたら、今すぐは無理でも、後々屋敷にも情報が上がって来るからここで待っていてもいいんだが……大したことじゃない場合は、現場で止まってしまうことも多々ある。
今回のがそうとも限らないが、もしそうだったとしたら、明日以降も今日のように時間が取れるかわからないし、夜に話を聞くだけの余力が残っているかもわからない。
今日中に自分で調べておく方が、気になり続けたままになるよりずっといいだろう。
俺の言葉に、セリアーナは「そうね」と呟くと、こっちにこいと手招きをした。
大きな声で喋っていたわけじゃないし、ドアの手前に控えている使用人たちに聞こえるとは思わないが、念のためなのかな?
セリアーナは、俺とエレナが側に来ると小さな声で話し始めた。
「下の騎士団本部から何人かが街の東に向かったわ。地下の通路を使っているようだし、恐らく冒険者ギルドね。それ自体はこの天候だしおかしなことではないけれど、その前に、地下から冒険者ギルドと商業ギルドの職員らしき者が訪れていたの」
「どちらも騎士団本部を訪れること自体はおかしなことではありませんが、地下通路を使ってですか」
俺が普段から何気なく使っている地下通路は、割と知る者も多いが、それでも一応街の機密施設だったりする。
雨に濡れたくないとか、そんな理由で誰でも気軽に利用出来る施設じゃない。
それは、たとえ冒険者ギルドや商業ギルドといった、謂わば半公営組織の者でもだ。
とは言え、ちゃんとした理由があるのなら、別に利用すること自体は可能な代物だ。
だが。
「セリア様は何か引っかかってるんだね?」
俺の言葉にセリアーナは小さく頷いた。
「……ええ。お前が言うように、別におかしなことではないのだけれど、本部から人が出るまでの時間が気になったの」
「ふむふむ……」
通常だったら、騎士団本部にやって来て、受付をして、そして何かしらの決裁を経てから行動。
報せを持って来る者や間に入る者によっては、いくつか手順を省略出来るが、概ねこの流れなのに、今回は違ったってところか。
「確かに急用っぽいね」
冒険者ギルドにはカーンがいるし、もしかしたらテレサもそっちに行っているかもしれない。
商業ギルドは……あんま誰がいるかわからないし、何か話を聞くなら冒険者ギルドの方だな。
「とりあえず何かあったぽいってのはわかったし、冒険者ギルドに行ってみるよ」
セリアーナは、俺の言葉に「お願い」と一言返した。
俺は【浮き玉】を浮き上がらせると、上着を取りに自室に向かった。
◇
「ちょっと出かけてくる」と、使用人たちに伝えてセリアーナの部屋から飛びたった俺は、冒険者ギルドに向かって街の上空を飛んでいる。
雨ということもあって、外を出歩いている者はいないし、街中で何かが起きている気配は感じない。
加えて街の外も静かだし、平和なもんだ。
「これなら何かが起きていたとしても、誰も気付けないよね」
俺だってセリアーナが何も言わなければ、何かが起きているだなんて思いもしなかったしな。
とりあえず、街の上空を飛んでいても何もわからないだろうし、さっさと冒険者ギルドに向かおう。
「……おや?」
貴族街を抜けて、中央広場の半ば辺りにやって来たところで、冒険者ギルドが目に入ったんだが……。
「あれジグハルトじゃないか?」
これだけ距離があってもわかる魔力の持ち主。
そんなのジグハルトくらいだろうが、彼は今一の森の開拓拠点にいるはずだ。
……なんで領都に?
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