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 部屋でゴロゴロしながら、本を読んでは時折セリアーナとお喋りをして……間に昼食をとって、また部屋でのんびりして。


 そんな風に部屋で過ごしていると、ふとセリアーナが廊下に控えている使用人を部屋に呼び、何やらアレコレ指示を出し始めた。


 彼女たちは風呂場に入っていったり、急遽バタバタとし始めたが、一体何が……と思っていると、ふと部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。


「失礼します」


 ノックと共にエレナが部屋に入って来ると、その彼女を見てセリアーナが口を開いた。


「ご苦労様。その様子だと、今日の来客はもう終わったようね」


 俺もよく見てみると、顔はバッチリと化粧をしているが、服装はここ最近よく着ているラフな格好だ。


 このちぐはぐ具合……化粧を落とすのは面倒だったから、服だけ着替えて来たって感じかな?


 エレナはセリアーナに「ええ」と答えながらソファーに座ると、「ふう……」と大きく息を吐いた。


「お疲れみたいだね?」


 起き上がりソファーに座ると、エレナの顔を改めて見てみた。

 化粧が崩れたりはしていないし、座る姿勢だってピシッと背筋が伸びているが……どうにも表情が疲れているように見える。


 うん……お疲れだな?


「ええ……昨晩話を聞いてはいたけれど、本来予定していない来客だったからね。君もアレクが今朝早くに出発したことは知っているでしょう?」


「うん。昨日聞いたし、それでエレナも忙しいってセリア様が言ってたね」


 何がどう忙しくなるのかは俺にはよくわからないが、それでもアレクとオーギュストが揃って街を離れるってのは結構な事態だ。


 極秘任務ってわけでもないし、昨晩のうちに二人のことは関係者に伝わっているだろう。


 んで、領主の屋敷にまで事情を聞きに来れる者ならともかく、そこまで身分が高くはないけれど街の有力者……そんな感じの者が、エレナのところに集中しちゃったんだろうな。


「話すことといっても、まだ確定しているわけじゃないんでしょう? あまり迂闊なことは言えないし、色々気を使いながらだったから……」


 エレナはそこでもう一度「ふう……」と溜め息を吐いた。


 エレナのその様子に、セリアーナは苦笑しながら浴室を指さした。


「エレナ。使用人を使っていいから、化粧を落として来なさい」


「ありがとうございます。それでは……」


 エレナは立ち上がると、浴室に向かって歩いて行った。


 その背中を見送りながら、俺は隣のセリアーナに話しかけた。


「セリア様はこうなること予測してたの?」


「有り得るとは思っていたわ。今日は私に来客が無かったでしょう? もともと予定になかったとはいえ、何か街に変化が起きたら何件かは面会申請があるものだけれど……」


「そう言えばそうだね。セリア様だけじゃなくて、屋敷自体に来客がなかったし……」


 屋敷にまで来れない者はエレナに集中してしまったようだが、ちゃんと領主夫妻に緊急の面会を申し入れられる者だっているんだ。

 ただ、それがゼロだったんだよな。


 俺の言葉にセリアーナは一度頷くと、話を続けた。


「色々考えられはするけれど、まずは貴族ね。こちらは、お前が冒険者や騎士団の兵を率いて、北の森の調査に向かったことを知っているわ。だから、アレクたちが街を離れたとしても、そこまで狼狽えたりはしなかったようね。何件か面会が入るかもしれないと思っていたのだけれど、何も無かったわね」


「ふぬ……それだけ信用されてるのかな?」


「どうかしら? 今日は冒険者ギルドに問い合わせているだけかもしれないわよ? まあ、貴族に関してはそう言う理由ね。後は商人だけれど……」


「うん」


「リアーナの者ではないけれど、領都のすぐ側で問題を起こした上に、すぐそこでも起こしたでしょう」


「……あぁ。今近付くのはマズいって思っちゃったのかな?」


 領都を危険な目に遭わせた上に、領主の屋敷のすぐ手前にある騎士団本部でも騒ぎを起こしている。

 もちろん、商人本人が問題を起こしたわけじゃないんだが……そこは雇用主って責任があるしな。


 それを耳にした商人連中が、今この屋敷を避ける理由には十分だろう。


1463


 エレナが風呂に入っている間、俺は今日のセリアーナへの来客が無かった理由から始まり、今の領地の女性の派閥や勢力図的な話を、セリアーナから聞いていた。


 何でも今のリアーナでは、貴族と商業ギルドに加盟している有力商店主の奥さん方は、ほぼほぼ互角らしい。


 それぞれ活動エリアが違うためぶつかるようなことはないんだが、この領都だけじゃなくて、領地全体への影響力でそうなっているんだとか。


 王都やリアーナよりも歴史があるような領地では、もう領内も落ち着いているし、明確に貴族と平民とで身分の上下が出来ているし、それほど生活圏が重なることはないんだが、ウチはまだまだだからな。


 一応表立っての身分では貴族の方が上なんだが、領内で食料や薬品などの調達と運搬を担っている商業ギルドの存在は大きいらしい。

 直接住民の生活に関わるだけに影響力は相当で、貴族もそれなりに気を使っているようだ。


 ……エレナが今日忙しかったのは、その辺も関係しているのかもな。


 そして、序列という意味では1位は当然セリアーナだ。


 領主夫人という立場に加えて、2位の俺とエレナとフィオーラとテレサといった、領内の女性のトップ連中がゴッソリ纏まっているわけだし、それぞれリアーナ以外にも伝手があるからな。

 身分はもちろん、自分たちでその気になれば外からいくらでも物を調達する術を持っている。


 貴族と商人たちのどちらも、優位に立てる場は無いだろう。


 んで、そのセリアーナが側に置くのは俺たちだけに止めているから、リアーナの女性間の争いってのは、基本的に起きていないそうだ。


 ちなみに、領内での勢力や影響力という面では冒険者ギルドも無視出来ないんだが、如何せん彼等は彼等で内に籠り過ぎている。


 例えば戦士団だったり、今回の調査隊に参加している冒険者みたいに色々考えている者もいるんだが、どうしても騎士団の傘下って立ち位置のままだ。


 商業ギルドや騎士団はリーゼルの、冒険者ギルドはセリアーナの派閥内だし、どうなったところで結局は領主側の管轄内だから、そのままでいてくれたら楽だよな。


 まぁ……未婚の冒険者が多いだけって可能性もあるが、そこは自分たちで頑張ってもらおう。


 ◇


 さて。


 ひとしきり話をしたはいいが、エレナはまだ風呂から出てくる様子はない。

 一度すっかり体を起こしたわけだし、もう一度寝転がるのもなんだからってことで、俺は部屋からマットを持って来てストレッチを行っていた。


 ここ最近は忙しかったし、怪我の件もあって、毎日のストレッチこそ継続してはいたが、十分に出来ていたとは言えなかった。

 いい機会だし、ここでしっかりと体を解しておくつもりだ。


「足の痛みは?」


 足を伸ばしたまま体を倒す俺を見て、セリアーナが足の具合を訊ねてきた。

 セリアーナは恰好が格好だし、部屋には使用人もいるから参加はせずに、このまま見学を続けるつもりらしい。


 手伝ってくれてもいいんだけどな……と考えながら、俺は顔だけセリアーナに向けた。


「大きく動かしたり力を入れるとまだ少し痛いかな? でも、確実に良くなってはきてるよね。もう少し時間がかかるかなって思ってたけど、これならもうすぐ完治するんじゃないかな?」


 歩くことすらほとんどせずに、ひたすら右足への負担を無くしていることと若さの力だろうか……と考えているんだが、セリアーナは胡乱げな目で俺の足を見ている。


「順調なのはいいことだけれど……早く治るのはどうかと思うわね」


「む?」


「お前一度加護を使ったでしょう? その影響もあるんじゃないかしら?」


「む……まぁ、それは確かに。でも、アレって割と短時間だと思うんだよね。そこまで影響は無いと思うけど……」


 北の森の戦闘で何度か使ったが、流石にアレだけで一気に完治を早めるってことはないはずだ。


「まあ、考えすぎかもしれないわね。でも、恩恵品は左足に着けているから、右足に負担がかかることはないでしょうけれど、気を付けるのよ?」


 明日のことを言ってるのかな?


 もちろん言われるまでもないことだが……それでも頭に止めておこう。


 俺は「りょーかい」と返事をした。

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