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俺は今日の出発してからの出来事を簡単に伝えていった。


一の森のカエルもどきが潜む水路のことや、崩落していた街道について、執務室の皆は真剣に聞いていたんだが……それは既に下の騎士団本部でも話してきたことだし、後で細かく内容を纏めた報告書が上がって来るだろう。


だから、この話はここまでにして、本題だ!


そう伝えると、アレクが少し驚いたような表情をしている。


「うん? 今のが本題じゃないのか?」


「うんうん。まぁ、今のも大事なことではあったけど、下にちゃんと報告してるしね」


俺の言葉に、皆が姿勢を改めた。


多分何を言い出すんだろう……とでも思っているんだろう。


そう構えられると、実はそこまで差し迫った問題ってわけじゃないし、言いにくくなるんだが……「コホン」と一つ咳ばらいをした。


「北の拠点に着いてからなんだけど、今日は森の調査は止めさせて、追加のメンバーとの打ち合わせの時間に充てさせたんだよね。んで、オレはそれには参加しないで、ちょっと北の拠点からさらに北に向かって飛んで行ったんだ」


「……ふむ。まあ、現場で動く者同士で理解を深めるのは大事だな。それに、一の森や街道での異変がどこまで広がっているのかを調べるのもだ。自由に動き回れる副長が単独行動をすることはおかしなことではない」


俺の話の補足をしていくオーギュストに、毎度のことながら便利な男だ……と感心する。


ともあれ、彼が上手いこと補足してくれるのなら、俺もあんまり考え過ぎずに喋っても大丈夫そうだな。


気を取り直して、俺は話を再開する。


「うん、まぁ……それで、北に向かって森とか街道の様子を見ながら飛んで行ってたんだけど……。北の拠点のさらに北に別の開拓拠点があるでしょう? そこで警備中の兵が空を飛んでいる俺に気付いたんだよね。無視するわけにもいかないし、そっちの拠点に立ち寄ることにしたんだ……」



俺が聞いた拠点での話を皆に聞かせると、「なるほど……」と頷いていた。


領内の統治を行っているこの部屋の者や、騎士団として領内の治安を担っているオーギュストたちにとって、無視出来る内容ではなかったんだろう。


あんな辺鄙な場所、巡回の兵は立ち寄っても隊長格が訪れることはそうそう無いだろうし、一応俺を挟んでいるとはいえ、直接現地の意見を聞けるのはいいことだよな。


……俺のお使いだとよくある光景だ。


「真面目な顔してるとこ申し訳ないけど、それはまた団長たちに任せるとして……」


俺の言葉に、「ん?」と不思議そうな顔をした。


今の話が本題とでも思ったんだろうが……俺が言いたいことはこれからだ。


「多分、こういうことに対処するには、騎士団に人手が足りてないんだよね。領内の騎士団の巡回って、1番隊が領都の西側で、2番隊が冒険者と協力して、領都の南北を見るって感じでしょう?」


「ああ。付け加えるなら、1番隊は巡回のついでに、街道やそこの施設の補修作業などもしているな。先程の副長の話に出た街道の補修も、巡回エリアから離れてはいるが、1番隊を動かす事案なのだが……」


苦しそうなオーギュストから視線をずらして、リックとアレク、リーゼルと順番に見ていく。

皆揃って似たような表情をしている。


仮に動くとしたら雨季が明けてからになるが、1番隊は領内を広く見て回らないといけないし、2番隊にしてもそうだ。

せめてジグハルトに指揮を任せることが可能なら、2番隊が引き受けるんだろうが、彼は今絶賛別行動中だ。


「セラ、お前が言いたいのは、人手が足りないというよりも、隊を率いる者が足りていない……ってことか?」


「あ、そうそう。それそれ。でも、そもそも指揮出来る人とかそんなにいないでしょ?」


もちろん人手も足りていないんだが、人手だけならいざとなれば今回のように集めることが出来る。

だが、その集めた者たちを動かすには、お飾りとは言え俺のように隊長を据える必要がある。


「1番隊も2番隊も忙しすぎるからさ。今回みたいな雨季の前後だけ組むような別動隊があった方がいいと思うんだよね」


3番隊なんて大袈裟なものは必要ないが、期間限定の部隊があった方がいいはずだ。

そんなことを、俺は今日領都の北側を飛んでいて思いついたと、彼等に伝えた。


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「……新しい隊。3番隊の新設というわけじゃなくて、今回の君が率いているような隊を組むことを恒常化したいってことかな?」


 俺の話を聞いたリーゼルは、他の者たちに視線で抑えると、考えを纏めるように一度目を閉じてから口を開いた。


 ちょっと言葉が足りなかったかなと思ったが、オーギュストを通さなくても上手く伝わっているようで何よりだ。


 俺は「うんうん」と頷きながら、リーゼルに向かって続きを話すことにした。


「この時期って、1番隊と2番隊と冒険者と……皆外での活動は基本的に無くなるでしょう? だから、何かあった時に準備をいちからしないといけないんだよね」


「そうだね。雨季という環境を考えたら、どうしてもそうせざるを得なくなる」


「オレもそれ自体は全然構わないと思うんだけど、多分結構この時期って外で色々起きてそうなんだよね。今回色々見つけたのは偶然が重なっただけだけど、意外と森は静かだったし……」


 俺の言葉に、黙って話を聞いていたオーギュストが口を開く。


「カエルもどきにオーガの群れ。街道脇の魔物に、森の浅瀬で複数種の魔物が罠を張る……十分過ぎると思うが、君は違うと言うのか?」


「そう纏めて挙げられたらなんかオレの勘違いな気がしてくるけど……でも、今年だけの突発的な事件とかが原因だったら、もっと変な動きをすると思うんだよね……」


 どの魔物も何だかんだで面倒な相手だったけれど、よくよく思い返せば、どれも少なくともパニックになってはいなかったんだよな。


 北の森の魔物はちょっと気になるが、それでも、この時期の外の状況はあんなのが日常茶飯事の可能性もある。


「まだこちらで本格的に開拓を開始して数年……。それより以前は今のリアーナ領の大半はミュラー家の管轄だったが、満足に管理出来ていたとは言えないし、正確な情報が集まっていない可能性もあるか……」


 オーギュストの言葉に皆が頷く。


「今後開拓を進めていくことで、森の奥まで入っていくだろうし、今から手を打っておかないと取り返しのつかないことになる。そう言いたいんだね?」


「そうそう」


「ふむ……人員に関しては、騎士団の団員の募集は毎年行っているが、実力や適性を無視することも出来ないし、すぐに増やす事は出来ないね。そうなると、今回のように冒険者にも参加してもらう必要が出てくるか……」


 このリーゼルの反応……どうやら前向きに考えてもらえそうかな?


 手応えを感じて、リーゼルの次の言葉を待っていたんだが。


「セラ、お前はその隊をどう動かすことを考えているんだ?」


 リーゼルより先に、アレクがそう訊ねてきた。


 隊の運用の仕方か。

 一応考えてはいる。


「北の拠点の何ヵ所かに、10人くらいの隊を滞在させるといいんじゃないかな? 結構どこの拠点も寝床には困らなそうなんだけど、あまり人が多すぎても食料とか消耗品が足りなくなりそうだしね」


 あまり大勢を滞在させると消耗品の問題が出てくる。

 すぐ側に狩場があるし、いざとなれば狩りに出ることで補充も出来るが、今回のように森の調査が目的でもない限りは、森をつつくのは止めておいた方がいいだろう。


 10人程度なら派遣の際に一緒に持たせておいたら、拠点の備蓄と合わせて十分足りるはずだ。


 そう伝えると、アレクは何度か頷いた。


「なるほど……分散させても、定期的にお前が拠点間を移動することで情報の共有は出来るし、隊としての形は維持出来るか」


「うん?」


 アレクの言葉に小さく声を上げるが、聞こえなかったのか、オーギュストが話を始める。


「そうだな。近い距離の拠点同士に置くことになるだろうが、それでも細かい情報の共有は必要になるだろう。セラ副長が隊長役を務めるのなら成立するな」


「待って?」


 待ったをかけるが、またもスルーされてしまう。


 今度は先程まで黙っていたリーゼルが続く。


「冒険者ギルドとの連携は必要だが、十分可能なようだね。オーギュスト、急ぐ必要は無いがリストアップを任せるよ」


「はっ」


 そして、リックや文官も交えて話を始めてしまった。


 ……俺の頼み事は聞いてもらえたようではあるんだが、もしかして、コレは俺が隊長になってしまうんだろうか?


 話を進める彼等を見て、輪に入れないままそんなことを考えていた。

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