683

1438


「見つけた!」


 オーガと戦闘があった場所から数十メートルほど北に向かったところで、幅1メートルほどの水の流れを発見した。

 水量こそ多いが水深は手が付くほどの浅さで、元からあった川って感じじゃない。


 ここはまだ街道からそこまで距離が離れているわけじゃないし、比較的森の浅い位置ではあるが……領都からも各拠点からも離れていて、人の手が全く入っていない場所だ。

 倒木だったり、どこから転がって来たかわからないがデカい岩だったりがそこら中にあるし、地面もへこみや勾配があって荒れ放題だ。


 んで、そこに雨水がどんどん溜まっていってるんだな。


「いろんな所から水が流れて来て、それが水路みたいになってるんだね。でも、それだけじゃー……これだけの水量にならないだろうし、どこかに水源があるわけか。これを遡っていったらそこに辿り着くだろうし、調べに行こうかね」


 先程倒したオーガの死体は、あの場に放置したままだ。


 時折聞こえてくるオーガの叫び声は間隔が短くなっているし、どうやら数も増えている気がする。

 群れの残りが合流し終えたのかもしれないな。


「……急ご」


 そう呟くと、俺は【浮き玉】を上昇させながら一気に加速させた。


 ◇


「あそこだね」


 水路を遡っていくと、デカい倒木の陰に、直径2メートルほどの水溜まりのようなものを見つけた。


「上から見た限りじゃ……他から水が流れ込んでいるようには見えないし、さっきも見つけたような湧き水かな?」


 俺は周囲に魔物がいないことを確認すると、倒木の側に下りていく。


「こんなのがそこら中にあるんじゃ、カエルもどきもいくらでも休憩出来るだろうし、行動範囲を読むのは無理かもね……」


 困った困った……と、ボヤキながら湧き水に近づいて行った。


 折角だし、この湧き水周辺の土も採取しておこうかな……と腰のポーチに視線を落としていると、視界の端の湧き水に黒い影が浮かび上がった。


 そして。


「……ぅおっ!?」


 湧き水の中から何かが飛び出してきて【風の衣】を貫いた。


「なっ……なんだ!?」


【琥珀の盾】は発動していないあたり、そこまで強力な攻撃ではなかったのかもしれないが、【風の衣】を破ったことに違いはないし、油断は出来ないぞ。


 俺は慌てて高度を取ると、湧き水に視線を向けるが……そこには何もいない。


 だが、今のが何かは予測が出来る。


「……まぁね。アカメたちが反応出来ないような不意打ちを決められて、水中に潜んでいるような生き物なんて、いくら魔境だからってそんなにいないよね」


 湧き水から視線を外さずに、「はぁ……」と溜め息を吐く。


「カエルもどきがこんなところにいるとはね」


 そう呟きながら湧き水をジッと睨むが、カエルもどきの姿は見えてこない。


 そこの倒木の幹のうろから水が湧き出ているのかと思ったが、実はもっと深い穴なんだろう。

 最初見つけた水溜まりのように、どこかと穴で繋がっているのかもしれないな。


「……少し中を見てみたいけど、覗き込むのは危ないよね? かと言ってここからじゃ暗くて見えないし……それなら!」


 俺はゆっくり近くの岩まで後退すると、その岩を左足で蹴り砕いた。


「よしよし……丁度いいサイズの破片があるね」


 地面に転がる手頃なサイズの破片を、尻尾で拾い上げて顔の前に持って来ると、両手をかざして集中した。

 破片に照明の魔法をかけて、徐々に光量を上げていく。


「光量はこんなもんかな? それじゃあ……」


 光量が丁度いい強さになったところで魔法を止めると、俺は湧き水のすぐ側に移動した。

 もちろん、先程のような不意打ちを受けないように、注意は怠らずにだ。


 そして、尻尾を湧き水の上に伸ばすと、掴んだ破片をその中へと落っことした。

 湧き水が湧いている穴は縦穴ではなくて、斜めに伸びているようだ。


 照明の魔法がかかった破片が、その穴の中を照らしながら転がり落ちていくんだが……。


「……いるね。それも2体」


 すぐに穴の奥に引っ込んでしまったため、ハッキリとは確認出来なかったが、二つの影が見えた。


「1体と思ったら2体か。この穴の中にもっといたりしてね……」


1439


「尻尾で釣りをするってのも現実的じゃないし、放置するのがいいのかな?」


 折角カエルもどきが潜んでいる場所がわかったのに、手出し出来ないのは歯がゆい思いではあるが、【妖精の瞳】もヘビたちの目も、地中の様子まではわからない。


 もちろんこの穴だってそうだ。


 しかも穴の中は水がいっぱいなのも影響しているのか、どうにもアカメたちも反応が鈍い。


「……矢をぶっ放すってのもね。この穴が地中でどんな風になっているのかわからないしね」


 俺は水が湧いている穴を睨みながら溜め息を吐いた。


【ダンレムの矢】をこの穴目がけてぶっ放せば、確かにカエルもどきは倒せるかもしれないが、地中の様子がわからない以上、どんな影響が出るのか……。


 流石に地盤沈下なんかは起きないだろうが、止めておいた方がいいよな?


 岩や木でこの穴を塞ぐくらいなら問題は無いだろうが、その代わりカエルもどきがどこに逃げ出すかもわからない。

 カエルもどきがこの穴を巣に利用しているのを知っているのは、森の活動でのアドバンテージになるかもしれないしな。


「……よし! 土と水だけ採取して、見逃してあげようかね」


 もう一度溜め息を吐くと、【猿の腕】を発動して、ポーチから取り出した採取瓶を掴み、穴から射線を通さないように気を付けながら、土と水の採取を開始した。


 完璧とは言わないが、今日の一の森での目的は十分果たせたはずだ。

 相変わらずオーガの叫び声は続いているし、さっさと森を離れよう。


 ◇


 採取を終えた俺は、森の中を街道に向かって飛んでいた。


 先程の湧き水の場所は大体覚えたし、地図にもちゃんと記している。

 領都に戻って騎士団の方に渡しておけば、ジグハルトたちにも情報は共有してくれるだろう。


 追加メンバーたちと一緒に北の拠点に着いたら、今日はもう領都に戻っちゃってもいいかもしれない。


 追加メンバーも、流石に到着してそのまますぐに森に出るようなことはないだろうし、先輩メンバーたちと親交を深める時間にでもしてもらえばいいかな。


「さて……それよりも、森に入ってどれくらい経ったかな? 30分くらいは経ってるよね? ちょっと時間をかけ過ぎちゃったかもしれないね……」


 地上付近を高速で移動するのは木が邪魔になるし、何より危険だ。


 かと言って、あまり高度を取り過ぎるのも雷が怖いしってことで、丁度木の枝辺りの高度を選んでいるんだが、これはこれで枝が邪魔になるし、魔物が潜んでいるかもしれないから、地上近くほどではないがそこまで速度は出せないんだよな。


 だが、森に入ってから慎重に行動しすぎたかもしれない。


 森に入ってからの捜索に、オーガを発見してからはその追跡。

 さらに、戦闘を行った後は水源の捜索。


 そんなこんなで今だ。


「カエルもどきが謎過ぎて、ちょっと慎重になり過ぎてたかもしれないよね」


 中々森の捜索に明確なクリア条件ってのが無いし、カエルもどきを始め、何かと考えなければいけないことが目の前に現れるから、ついつい時間をかけ過ぎてしまった。


「森の上空に出てしまえば、その気になればすぐに街道に出れるし、もうそれで……あ」


 上空から一気に外に出よう……等と考えながら、ふと周囲に視線を飛ばしていると、左手の方角にいる1体のデカいオーガと目がバチッと合ってしまった。


 互いに目が合った状況で、俺は一言呟くだけだったんだが、そのオーガは違った。


 一度デカい声で叫んだかと思うと、すぐに足元に転がっている石を掴んで、こちらに向かってぶん投げてきた。


 速度も威力も申し分ないが、距離は数十メートルは離れているし、風に掠らせることもなく躱してみせた。


「おっとっと……!? この距離だと流石に無理だよ!」


 聞こえるかはわからないが、回避を決めた俺はオーガに向かってそう言い放った。


 距離は十分で、尚且つ動きもしっかりと見えている。

 これなら何度繰り返そうが、回避し続けることは可能だし、無視しても余裕で凌げるだろう。


 ……だが。


「くっ!?」


 例のデカい叫び声を上げたかと思うと、そのオーガの奥からさらに複数の石が飛んできた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る