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「むっ!?」


 森の中を移動していると、前方を歩く1体のオーガを発見した。

 サイズも強さも、魔境をうろつく平均的な強さのオーガだな。


 どうやら、まだ向こうは俺の存在に気付いていないようだし、一旦樹上に身を隠すことにした。

 そして、前方の様子を探る。


「……近くに群れがいる気配は無いね。ハグレってわけでもなさそうだけど、単独行動かな?」


 オーガは大抵数体の群れで行動しているんだが、アイツは1体のみだ。

 かと言って、特に目立つ傷もないし、群れを追い出されたとかそんなわけでもないだろう。


 ダンジョンの外のオーガの生態に詳しいわけじゃないし、あの行動が普通のことなのかはちょっとわからないが……少し後をつけてみようかな?


 このまま何のあてもなく森をウロウロするよりは、とりあえず何か指針がある方がいいしな。


 よし、決めた!


 俺は木の枝などで風向きを確認すると、風下に回り込みながら高度を下げていった。


 ◇


 オーガの尾行を開始して5分ほど経つが、特に変わった行動をとったりはしない。


 何かを探しているのか、時折足を止めてはキョロキョロとしているが、すぐに歩き出すし……迷っている感じはないよな。


「……うん?」


 そんなことを考えていると、オーガはまた足を止めている。

 そして、身を屈めるようにして足元の何かを覗き込んでいた。


 一体何を……?


 そう思い木の陰からオーガの様子を窺っていると、すぐにその場を離れていった。


「あ、どっか行った」


 少し間を空けてから、今のオーガが覗き込んでいた場所に俺も下りていき、何を覗き込んでいたのか調べることにした。


「んー……? これかな? 何か穴が……奥に水があるね」


 オーガが覗き込んでいたのは、一抱えはありそうな大きさの岩がいくつか転がっているが、その陰に隠れるように穴が空いている。

 そして、どうやらその奥から水が湧いているようだった。


 雨水も流れ込んでいて、俺の目じゃじっくり見ないとわからないが、魔物の目には違うのかもしれないな。


「もしかして、オレがさっきチラっと聞こえたような気がした水音って、こういうのだったのかな?」


 先程水音が聞こえた気がして、痕跡探しのついでに水溜まりを探していたが、見つけることは出来なかったんだよな。

 ここのように、岩だったり木の陰に湧いていたのかもしれない。


「……ふむ。ってことは、あのオーガは水場を探しているのかな?」


 1体分ならこの湧き水でも十分な量だと思うが、複数の群れの分と考えたら大分足りないだろう。

 やっぱアイツは群れに所属しているな?


 んで、群れの分の水場を確保するために、単独行動をしているってとこか。


「目か鼻か耳か……何で探しているのかはわからないけど、オレよりは感覚が鋭いだろうし、水場まで案内してもらおうかな?」


 もし上手いこと大きい水場に辿り着けたら、そこにカエルもどきの痕跡があるかもしれないもんな。

 とりあえず、その場所を確認してから森を離れよう。


 ◇


「水の流れる音……川か?」


 オーガの後を追尾していると、決して大きな音ではないが、【風の衣】を発動していてもわかるくらいハッキリとした、チョロチョロと水の流れる音が聞こえてきた。


 当然オーガも気付いているようで、音がする方に向かって早足で向かっている。

 この音ならそれなりの水量はあるだろうし、恐らく群れの仲間を呼び寄せるだろう。


「それにしても、川なんてこの辺にあったっけ? …………なっ!? なんだっ!?」


 オーガの後をつけながら首を傾げていると、突如背後から地鳴りのようなデカい音が聞こえてきた。


「今のは何が……って、しまったっ!!」


 思わずその場で背後を振り返るが、そこで俺は自分が失敗を犯したことに気付いた。

 慌てて正面に向き直ると、こちらを見て大口を開けているオーガと目が合う。


 威嚇か仲間を呼び寄せるためなのかはわからないが、咆哮を上げるつもりなんだろう。

 こんな森のまっただ中で仲間を呼ばれても面倒だ。


 それなら。


「ほっ!」


 俺は短く息を吐くと、オーガ目がけて一直線に突っ込んで行った。


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 オーガは自分に向かって突っ込んで来る俺に即座に反応して、しゃがみ込むと近くに転がっている石を掴み上げた。


「……よしっ!」


 デカいオーガがガシッと掴むような石だ。


 サイズは俺の頭くらいあるし、当たれば【風の衣】も破られるだろう。


 だが、コイツに仲間を呼ばれても面倒だし、とりあえず俺の突進に対処させることでキャンセルさせることが出来た。

 狙い通りだ。


 後は!


「……ふっ!」


 オーガが振りかぶった石を投げてこようとした瞬間に、俺は【浮き玉】の軌道を真下に向けて、飛んでくる石を回避する。


 大きめに距離を取ったから、飛んできた石は風の膜に掠ることもなかったが、その石が後ろの木にでも当たったんだろう。


「おわっ!?」


 木と石の両方が砕けるような音が背後からして、思わず悲鳴を上げてしまった。


「びっくりした……そりゃー威力があるとは思っていたけど、あそこまでとは思わなかったな。あれなら掠っただけでもバランスを崩されるくらいはしたかもね……っと、それよりも!」


 まだ同じくらいのサイズの石は転がっているし、二発目が来る前にさっさと仕留めないとな!


 俺は左足を前に構えると、胴体目掛けて残りの10メートルほどの距離を一気に詰めていく。


 恐らく俺のこの速度は想定外だったようで、呑気に足元の石ころを掴もうとしゃがんでいた。


 肩が手前に出ていて頭部を狙うのは難しいが、その分胴体は広く俺に向かって晒している。

 その隙だらけの胴体目掛けて!


「せーのっ!!」


 俺は蹴りをぶちかました。


「っ!? 重いね!!」


 平均的なサイズをしているが、流石は魔境のオーガ。


 ダンジョンで遭遇する個体よりも、硬いし重たい。

 まるでデカいイノシシを蹴った時のような感触だ。


「堪えるね!」


 隙を突いて蹴りを叩きこんだにもかかわらず、転倒することなく堪えられたことに驚いたが、それでもバランスは崩している。

 俺は宙で【浮き玉】を回転させると、まずはオーガの右腕に狙いを付けた。


「ふっ!!」


 まずは右腕一本を斬り落として、空中にあるソレを尻尾で弾き飛ばす。


 ただのオーガだし、カエルもどきみたいに体から分断されても動くようなことはないだろうが、鈍器代わりに使われたら厄介だもんな。

 油断はしないぞ!


 さらに、飛んで行った右腕を追って、オーガの顔がそちらを向いた隙に、俺は再度胴体に蹴りを放った。


「ほっ!」


 続けて頭部にももう一発!


 仕留められはしなかったが、今の二発の効果は絶大だったようで、オーガはよろめいたかと思うと、そのまま後ろ向きに地面に倒れこんだ。


 ◇


「ふぅ……思ったより手強かったね。正面から一対一で戦うとああなるか」


 苦戦したわけじゃないが、何手も費やしたし、やはり大型の妖魔種は油断出来ない。

 仲間を呼ばれる前に仕留められて良かったな。


「……っ!? またかっ!?」


 首を刎ねられたオーガの死体を前に、俺は大きく息を吐いていると、またも背後からバカデカい音が響いてきた。

 戦闘の直前にも聞こえてきたし……これ何なんだ?


【風の衣】に遮られて直に聞くより少々音が変わっているんだろうが、何というか複数のデカい音が重なっているような……。


「っ!? オーガの咆哮とかか……?」


 水場を探していたのはコイツ1体だけじゃなくて、群れがそれぞれ分かれて違うルートで探していたとかかな?

 先に水場を見つけた1体が仲間を呼んで……それから、合流した仲間とまた呼び寄せるためにってところか。


 そう考えたら、この音が聞こえてきたのはあの水溜まりがある方角だ。

 カエルもどきはいなくなっているだろうし、あそこに脅威は無いだろうから、縄張りには丁度いいだろうな。


「複数を相手にするのはちと避けたいし……とりあえずこっちにある川を見つけたら、さっさと調べて離脱しちゃおうかね」


 初めに聞こえた時に比べて今はもっとはっきり聞こえるし、近付いてはいるんだろう。

 オーガが向かおうとしていた方角にあるのはわかっているし、急いで見つけよう。

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