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「水の流れが変になってるし、大分深い穴が出来ちゃったみたいだね」


 そもそも川に繋がっているわけでもないし、風と雨で小さい波が立つことはあっても、水の流れなんか存在しないんだ。


 だが、着弾点の大穴に水が流れ込んでいて、さらに、その周りの盛り上がった土で流れ込む水がかき回されて、あちらこちらに小さな渦まで出来ている。


「これ……雨季明けたらどうしようかね」


 規模はデカいが所詮はただの水溜まりで、雨が上がってしまえばこの水溜まりは無くなってしまうし、後には荒れ果てた広場が残るだけだ。


 ここは広場になっているし、視界はそこまで悪くは無いんだが、それでも魔物がうろつく森の中だ。

 戦闘中に俺が空けてしまった穴に足を取られて、それで大怪我や命を落とされたりしたら……。


 水溜まりの大穴から、そんなことをついつい想像してしまっていたが、すぐに俺は我に返った。


「そんな先のことよりも、今はカエルもどきだよ。さて……これはどうなってるんだろうかね? 少なくとも、上からもこの位置から見た限りじゃ生きてはいないだろうけど……もう少し見てみるか?」


 俺は先程よりもさらに水面近くまで高度を下げると、そのまま水溜まりの上で移動を始めた。


「……いないよな?」


 グルグルと飛んで回るが、生物の気配は無い。


 ただ、それでも全部片づけられた気にならないのは、さっきもちゃんと確認したはずなのに、しっかり不意打ちを決められたからなんだよな。


「さっきは地中に潜んでいたから気付けなかっただけだし、そこから出て来さえしたら、ちゃんと見えるんだよね。……問題は、その穴がどこにあるかわからないことで……」


 相変わらず水が濁って底は見えない。


 俺は一度水溜まりの中央付近までやって来ると、クルっと一回りして水溜まりを見渡してみた。


 この移動している間で大分霧は晴れて来ていて、お陰で水溜まりの水面や周囲の様子は見えるようになっている。


「それでも、水中の状況はさっきの一発で余計ひどくなったし、目視で見つけるのは無理か……。今の時点で出来ることはもう無いかな?」


 隠れているカエルもどきを釣り出すために、わざわざ水面近くまで下りたのに何も起きやしないし、外に逃げた様子もない。


 それなら………と、一度水溜まりの外に出ようと【浮き玉】を外に向けた瞬間、アカメたちが俺の襟をグッと引っ張った。


「来たっ!?」


 だが、背後からの不意打ちはもう一度体験しているし、覚悟は決めていた。

 先程のように慌てて逃げるような真似はしない。


「はっ!」


 俺はその場で反転しながら、そこにいるであろうカエルもどきに向けて、右手の【影の剣】を振り抜いた。

 だが、何か軽い手応えはあったものの、振り向いた先には何もいない。


 てっきり、カエルもどきが水中からジャンプアタックでも仕掛けて来たかと思ったんだが……そう言えば、水音もしなかったな。


「むっ!? ……下か!」


 視線をそこらに走らせると、水中から顔を覗かせて口を開いているカエルもどきを発見した。

 ついでに、宙を舞っている赤い細長い紐のような物もだ。


「なんだこれ?」と一度カエルもどきに視線を戻すと、口から同じような物が伸びているし、俺が感じた手応えはカエルもどきの舌だったらしい。


 予期せぬ一撃で、カエルもどきの攻撃手段を一つ潰すことが出来てしまったな。


「まぁ……いいや! とりあえず、1体だっ!!」


 俺は左足をまっすぐ伸ばすと、【浮き玉】が水面に触れるギリギリまで高度を下げた。


 そして。


「はっ!」


【緋蜂の針】を水面に叩きつけた。

 その衝撃で30センチは水面が凹み、カエルもどきの姿が露になる。


「見えた! ほっ!」


 押しのけられた水が戻ってくる前に、一気に接近すると、カエルもどきの首を刎ね飛ばした。


「おっと……危ない危ない」


 半端に斬ったところでくっつきかねないし、念のため体も切り刻んでおこうかと思ったが、時間が足りなかった。

 押し返してきた水に呑まれる前に、上昇してその場を離脱する。


「今のはさっきの4体の生き残りの1体……だよね?」


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「よいしょっ!」


 俺は適当な木を見つけると、【ダンレムの糸】を発動した。

 今度は先程と違って、ちゃんと木の右側にだ。


 尻尾も発動して木を巻き込みながら弓に巻き付けるが、背中を向けて構えるよりも、やはりしっかりと前向きで構える方がしっくりくる。


「よしよし……。えーと、さっきカエルもどきが出たのは……あの辺だよね?」


 弦を引きながら、俺は水溜まりに視線を向ける。


 俺が先程襲われたのは水溜まりの中央付近で、カエルもどきの胴体は、その近くに沈んでいるはずだ。


 地面から1メートル程度しか高度を取っていない今だと、全体を見通すのは難しく、どこが中央かはわからないんだが、水面に飛び出している木が丁度いい目印になっている。


 俺はその木を目印に狙いを付けると。


「ほっ!」


 掛け声とともに、目印目がけて矢を放った。


「ほっ! ぬぬぬぬっ!? ふぬっ!!」


 矢の威力に押されて暴れる弓を、尻尾と両腕、それに【猿の腕】を使って何とかコントロールしていく。


「ぐぬぬぬぬっ……なんとか抑えられてるかなっ!?」


 カエルもどきは今、頭部と胴体の二つに分かれている。

 いくらほとんど水の流れは無いとはいえ、胴体はまだしも、頭部はその流れに乗ってしまうだろうし、どこかに行ってしまう前に倒さないとな。


 ピンポイントに狙うよりは適当にバラけた方が、広範囲を潰せる分撃ち漏らす確率も減るだろうし、とりあえず前を向き続けるようにだけ気を付けながら、水溜まりの中央付近を狙い続けていた。


「…………よし」


 何がよしかは自分でもよくわからないが、矢の魔力が尽きたところで、俺は弓を解除すると、霧に呑まれる前に急ぎ後退した。


 先程と違って、矢が地面を削らずにモロに水面に直撃したから、霧の勢いは今回の方がずっと強い。


「コレが晴れるのを待つのはちょっと時間がかかりすぎるかな? 水溜まりを一回りして……それで……ん? アレは……?」


 聖貨は得られなかったが、今の一撃で先程のカエルもどきは多分仕留められただろうし、これ以上ここに留まり続けても切りがない……ってことで、上空から簡単に一回りして、領都に戻ろうと考えていたんだが、視界の端に何やら霧の向こうに消えていく赤と緑の光る点が……。


「今の……魔物か? ……ええぃっ!」


 一瞬躊躇いはしたが、俺はすぐに霧の中に飛び込んで行った。


 ◇


「水の中にはいないか……。そりゃそうだよね」


 水面近くを高速で飛び回ったが、水中に生物の気配は無い。

 さっきから何回も確認していたことだし、今更見落とすようなことはない。


 見落とすようなことはしないはずだが……そうなるとさっきのアレはなんだ?


「水溜まりの外に逃げていったのかな……?」


 穴に潜ってジッとされたら流石に気付けないが、そもそも動いていたから気付けたわけだしな。

 それなら、この水溜まりから外に逃げた何かって考えるのが妥当かな?


「あの4体のうちの生き残りか、実は全く新しいのが今まで隠れていた……とか。後者の方がありそうかな? 今まで潜んでいたけど、さっきの水中への一撃で危機を感じて逃げ出したか……」


 地面を削りながら水溜まりの端に着弾した最初の一発目と違って、さっきのは水溜まりの中央に直接撃ち込んだわけだし、水中への影響は段違いだろう。

 逃げ出すこと自体は別に理解出来なくもないが……。


「今から追えるかな? ……それに、新しく1体出てきたってことは、まだ他にもいるかもしれないよな」


 俺は今の状況を確認するために、一旦霧を飛び出て森の上空に移動した。


 霧の影響もあって、下の水溜まりの様子は肉眼ではまだ見ることは出来ない。


 だが、【妖精の瞳】とヘビの目を使っても、何の生き物も発見出来ないし、とりあえず今はここを気にしても仕方がないだろう。


 それより、逃げていった1体だ。

 ちょっと面倒な魔物を森に放ってしまったかもしれない。


 俺は地上の様子に目を配りながらどう対処するかを考え続けたが、俺自身で解決する手段は考え付かなかった。


 だが、その代わりに、とりあえず今やっておいた方がいいであろうことは考え付いた。


「…………そうだね」


 一言呟くと、【浮き玉】を南に向けて発進させた。

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