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 木に立てかけた弓を、その木を巻き込むようにして伸ばした尻尾で掴みとると、弓を木からゆっくり離した。

 そして、木と弓の間に入り込んで、倒れないように弓の上部を両手で支えながら、弓が真っ直ぐ立つように尻尾の力加減を調整していく。


 もちろん、その間もカエルもどきの動きを見逃さないように、チラチラ確認は忘れない。


「よし……真っ直ぐになったね。それじゃー……ほっ!」


 弓を支えるだけだった両手で上部をしっかりと掴むと、弦に左足を当てた。

 光の矢が番えられて、ギュインギュインと唸りを上げている。


 普段は弦を引くのは右足だから、今は逆になっていて狙いの合わせ方にちょっと違和感があるが……まぁ、なんとかなるか。


「それにしても、【緋蜂の針】の時もそうだったけど、弓の時も反応は無しか。込められている魔力も威力も段違いなんだけど……。オレが昨日倒した個体は、【風の衣】の範囲に入った瞬間に避難してたけど、アレは魔力じゃなくて風に反応しただけなのかな? お陰で狙いやすいけどね!」


 弦を引く足が左足ってだけじゃなくて、【足環】も【祈り】も使わない状態だ。

【猿の腕】は発動しているが、ちょっと心許ないしな。


 矢を番えたまま、あーでもないこーでもないと【浮き玉】や腕や尻尾や……色々動かして調整をしてみてはいたが、結局正解は見つからなかった。


「まぁ……今更か。そもそも今までだって、真っ直ぐ撃つってくらいしか出来ることは無かったもんな」


 俺は一度弓から顔を上げて、大きく息を吐いた。


「普段よりも射線はブレるだろうし、それを考えて……あら?」


 4体のカエルもどきは、水溜まりの端を泳ぎながらこちらを見ているが、一ヵ所に固まっていた先程までと比べると、少しずつバラけ始めている。

 俺から逃げるために距離を取る……と言うよりは、時間が経ちすぎたのかな?


「別に地上で活動も出来るんだから、水から出て来てこっちまで来たらいいのに。そうしたら真っ直ぐ撃つだけでいいんだけどな……って魔物相手に愚痴っても仕方がないか」


 まだどう撃つかを決めかねていたんだが、ここでバラけられてしまったら、もう一度やり直せるかわからない。


「…………やるかっ!!」


 ここで迷っていても事態は良くならないだろうし、むしろああいう風にバラけてくれたら、矢の軌道がぶれても巻き込めるかもしれない!

 この際前向きに捉えよう。


「魔法とか魔道具とか……チョッカイはかけれそうだけど、余計なことはしない方がいいよな。このまま……!」


 俺はゆっくりと弓全体を前に傾けていく。


 そして。


「ここだっ!」


 泳ぐカエルもどきたちが丁度狭い範囲に纏まった瞬間を逃さず、弦から左足を離して矢を放った。


 ◇


 ダンジョンの壁すらぶち抜き、矢の余波で地面を抉る【ダンレムの糸】は、俺の手持ちの攻撃手段の中でも最大の威力を誇っている。


 威力が強すぎて真っ直ぐ撃つことが出来ないほどだが、それを逆に利用して、扇状に薙ぎ払うように動かすことでより広範囲を巻き込んだ攻撃も可能だ。


 むしろ、真っ直ぐ撃つことが出来ない俺は、そっちの使い方を採用していたりする。

 もちろん、周りに人がいる場合などは使えないといった欠点もあるが、今回は遠慮する必要は無い。


「おわわわわ…………っ!?」


 矢の威力に任せて、俺は景気よく弓を振り回している。

 後ろに木が無ければクルクル独楽みたいに回転していたかもしれないが、尻尾も使ってしっかり支えているから、上手くコントロール出来ていた。


 ここまで近い距離で、下に向けて撃つとこうなるのか。

 一つ賢くなったな!


「おおおおお!?」


 王都へ向かう船での海だったり、王都からの帰りの川でだったり、水場で矢を放つことはあったが、ここまで浅い水場に向けて放つのは今回が初めてだ。


 水溜まりの手前の地面が抉れたことで生じた土砂が舞い上がり、さらにその奥の水が蒸発してるのか辺りは濃い霧で真っ白に染まり、何も見えなくなっている。


 昨日の戦闘で、【緋蜂の針】で地面を蹴り砕いた経験から、多少は想定していたんだが……ここまで派手なことになるのは想定外だ!


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 水溜まりから10メートル程度ではあるが、しっかりと離れていたんだが、それでもあっという間に俺まで霧に呑まれてしまった。

 俺の周囲は【風の衣】の風で守られているが、風の範囲外はそうじゃない。


「これは……何が何だか全然わからんね。霧で見えなくなったのか、倒せたのか……。ちょっとこの事態は想定していなかったな」


 この濃すぎる霧やら土砂やらで、【妖精の瞳】やヘビの目も効果を発揮出来ているのかいないのか……。

 何も見えない。

 せめて矢の範囲外に生物がいるのなら、まだ判別出来たんだが……何もいなかったしな。


「いっそ森の上にでも出てみようか? ここまでやっちゃったら今更だよな?」


 あまり水溜まりから離れすぎると、カエルもどきたちがどう動くかわからないから、いくら把握しやすくなるとはいえそれは避けていたんだが……今はもうこれだもんな。


 状況把握を優先するべきだ……と、【ダンレムの糸】を解除して上昇しかけたんだが。


「よし。それなら……ん? あれ?」


 左手のこれまでも経験がある違和感に、思わず上昇を止めた。


「あ……1枚。倒したのか?」


 顔の前に左手を持って行くと、思った通り左手には聖貨が握られていた。

 どうやら少なくとも1体は倒せていたらしい。


 ってことは、残りは多くて3体か。


 ……まだあの霧の中に突っ込んで捜索するには、3体は危険すぎる。


 やはり、ここは一旦上空に出てみないとな。


 ◇


「ふむ……」


 水溜まりの上空に出た俺は、まずは周囲の確認から済ませることにした。


 1発だけとはいえ、下は大分派手なことになってしまったし、離れた所にいたとしても、その異変は察せられただろう。

 何かが来るとしたらこのタイミングだろう。


 そう気合いを入れて、辺りをキョロキョロとヘビたち共々見回していたのだが……何も起きない。


「来ないか……それはそれで引っかかるよね。それとも、ここに近づきたくない理由があるとか……かな?」


 木の上に生息していたり空を飛ぶ類の魔物や獣が、荒らしに来た俺を排除しに……ってことを警戒していたんだが、本当に何も起きない。

 雨季の森に入った経験が無いから、この状況が普通なのか異常なのかの判断が出来ないってのが何とも悩ましいね。


「まぁ、いいや。魔物がこっちに来ないなら、俺も下の把握に専念出来るしね」


 俺は一つ頷くと、足元に広がる水溜まりに視線を落とした。


 未だに真下の状況は霧が邪魔で全くわからないが、見える限りだと生物の気配は全くない。


「この辺には何もいないか。カエルもどきは全部倒したのか、それともまた地中に潜んだか。いくら何でも、あの矢を躱せるとは思えないけど……」


 やっぱり4体とも倒せたのかな?


「うーむ……。オレが撃ったのはアッチで、向こうに矢は飛んで行ったんだよな?」


 俺は腕を組みながら、視線をスーッと水溜まりがあるらしき場所を横切らせて行く。


 俺が矢を放った場所は地面が捲れ上がったりと、余波で大分荒れている。

 霧のせいですぐ見えなくなっているが、そこから先も同じような状況だろう。


 ただ……水溜まりの反対側は、一切荒れていないんだよな。


 いくら【ダンレムの糸】とはいえ射程距離に限界はあるわけだが、反対側まで精々50メートルも無い程度の距離だし、途中で矢の威力が尽きるなんてことは無いはずだ。


「水平じゃなくて斜め下に向けて矢を撃ったし、狙い通り地面や水溜まりで魔力を全部消費したんだろうね。ってことは、着弾点はあのカエルもどきたちのすぐ側か。……ふむ」


 数秒考えこむと、俺は【浮き玉】の高度を下げていく。

 そして、先程は諦めたが、今度は霧の中に入っていった。


「ぉぉぅ……こりゃ凄い。見事に真っ白だ……」


 矢を放ってからまだ10分も経っていないから仕方がないのかもしれないが、多少はマシになったものの、未だに霧は立ち込めたままだ。


 こういう、状況が不確かな場所に突っ込むのは、俺っぽくはないが……。


「まぁ……それでも近付きさえしたら少しは見えるし……それに、この有様ならね」


 水溜まりの底に空いた大穴と、その分押しのけられた土で出来た壁を見てそう呟いた。

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