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「……お? これは昨日の朝、オレが捨てた死体だね。まだ残ってるのか」


 一の森に入ってすぐに、ゴブリンの死体を一つ発見した。

 特に意識せずに適当な場所から森に入ったが、俺が昨日拠点に向かう際に倒して、森に投げ捨てた死体だ。


 この雨の中、森に放置されていた訳で……ちょっと見た目は酷いことになっているが、それでもまだ形は残っている。


「もう少し見てみないと断言は出来ないけど、今日はこの辺りには魔物は出ていないっぽいね」


 じっくり見たいもんじゃないしチラっと見ただけだが、鳥や小動物がちょっと啄んだ程度だった。


 コイツだけがたまたま狙われなかったってよりも、この辺にコイツを丸ごと餌にするようなサイズの魔物や獣がいないって考える方が自然だよな?


「この辺の浅いところだけじゃなくて、もう少しこのまま森の中を奥まで行ってみようかね?」


 森の上を飛んで行くのなら、中を移動するよりずっと速く奥まで行けるだろうが、森の様子を見に来たんだし、それだと何の意味も無い。


「……よし」


 方針を決めると、俺は一気に恩恵品を発動した。


 いくら魔物が見当たらないとはいえ、一の森は立派な魔境だ。

 いつ変な生き物が襲ってくるかわからないし、万全の態勢で挑まないとな!


「【祈り】と【足環】が無いのはちょっと落ち着かないけど、一先ずこんなもんかな? それじゃー……行こうかね」


【蛇の尾】と【猿の腕】を、軽く振り回して感触を確かめ終えると、【浮き玉】の進路を森の奥に向けた。


 ◇


 一の森の奥に向かい始めて10分ほどが経ったが、今のところなんの気配も感じられない。

 加えて、何も痕跡を見つけることも出来ていない。


 まぁ……【風の衣】で嗅覚がシャットアウトされているし、調査って意味では、ちょっと半端な感じになってしまっているし、視覚面でもな……。


「……なんかこの高さで森の中を飛ぶのも変な感じがするね」


 普段は地面から1メートルくらいの高さを飛んでいるんだが、今日は3メートル近い高さを維持し続けている。


 流石に本職の猟師や冒険者には及ばないが、それでも多少は魔物や獣の痕跡を見つけられるくらいにはなっている。

 例えば、移動の際に折った枝だったり、踏み荒らした跡やフンなんかだな。


 だが、この高さだとクマとかが、縄張りを誇示するために木の幹に付ける爪痕とか……そのレベルじゃなければ見つけられない。


 それなら、高度を下げたら見つけられるんじゃ……と思うが。


「あのカエルもどきの例があるからな……。アカメたちもいるし見逃すことはないと思うけど、呑気に地面に近いとこを飛んでいて襲われたら嫌だしねぇ……」


 木陰や茂みにジッと身を潜めて、俺が近づいてきたら飛びかかってくるのは、簡単に想像出来る。


 もちろん、仮にそうなったとしても俺なら防げるとは思うが、ビックリすることに違いはないしな。

 避けられるのなら避けたいもんだ。


 ってことで、文句を言いつつ俺は高度を維持しながら、木の間を縫って奥へと進んでいた。


「……うん? ちょっとこの先は開けた場所になってるみたいだね」


 これまでは、木は数メートル程度の比較的近い間隔で生えていたんだが、この先はなにやら木の生え方がまばらになっているようだ。

 俺も自由に動けるが、その分大型の魔物もいるかもしれない。


 今のところ気配は感じられないが、ちょっと気を付けた方がいいかもしれないな。


「速度を上げて、一気に上に抜けるってのも有りかもな。……せーのっ!!」


 グッと一瞬タメを作ってから【浮き玉】を加速させると、木の間から飛び出して一気に真上に進路を向けた。


 ぐんぐん加速しながら森の上空に飛び出ると、その場で反転して真下を向く。


 思ったよりも下の開けた場所は広範囲に広がっていて、まばらに木が生えてはいるものの、サッカーコートくらいなら簡単に入るだろう。


 だが、ただの広場というわけではなく。


「あら? これは池……じゃないね。雨水が流れ込んでいるのかな?」


 俺が知る限りこの辺に池も泉も無いし……窪地にでもなっているんだろう。

 そこは巨大なプールのようになっていた。


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「木が生えてるし、ちょっと濁っててはっきりは見えないけど、底に草も生えている。うん……これはただのデカい水溜まりだね」


 上を行ったり来たりしながら観察していたが、とりあえずこれはただの水溜まりだとわかった。

 まぁ……結構な大きさなのに何の生物もいないし、そんな気はしていたけどな!


「雨季だとここまで森の地形が変わっちゃうのか。それなら生態系も変わったりしてもおかしくはないよな。……ふむ」


 水溜まりの中央辺りに来たところで、俺はそのまま停止して周囲を見渡しながら、首を傾げて呟いた。


「ちと妙だよね?」


 この水溜まりは濁ってはいるものの別に毒ってわけでもないし、これくらいなら人間じゃなければ飲んでも平気だろう。


 一の森の奥の方には川や池があるが、そこは強力な魔物やデカい群れなんかが縄張りにしていて、中々弱い魔物だと近づくことが難しくなっている。


 雨季だしそこら中に水溜まりはあるだろうから、その気になれば飲み水には困らないだろうけれど、比較的浅い位置にこれだけデカいのがあるなら、森の奥の水源からあぶれた魔物とかが、ここの周囲にもっと集まっていてもおかしくないんだ。


 にもかかわらず、この周囲には何の生物も見当たらない。


「んー……? どういうことだ?」


 実は今日出来たばかりで、この周辺の生物はまだここの存在に気付いていない……なんて可能性もゼロじゃないだろうが、どうにも腑に落ちない。


「ちと探ってみるか?」


 とりあえず水中をもう少し見えないかと、水溜まりの上を移動しながら、魔力を抑えた照明の魔法を辺りにばら撒いてみた。


 流れ込んでくる勢いが強い部分だと濁りが濃くて見えないが、流れが緩やかな箇所だと何とか底が見える。

 見えるが。


「別にオレは森の専門家ってわけじゃないしな……これを見ても何がわかるってもんじゃないか」


 移動しながらばら撒いていた魔法を止めると、再度俺は水溜まりの中央に戻って来た。


 念の為アカメたちを見るが、それぞれ別方向に頭を向けて警戒はしているっぽいけど、敵を見つけたって感じじゃないんだよな。

 大体いつも魔境に入るとこんな感じだし、どでかい水溜まりの出現っていうわかりやすい変化に、俺がただ過敏になっているだけかな?


「仕方がないね。気にはなるけど、これ以上ここに止まっていても仕方がないし、もう少しこの辺をブラついてから……うん?」


 そろそろこの場を離れようかと考えていると、視界の端に映っている水中からわずかに飛び出ている草の中から、白い何かが浮かび上がってきた。


 生物じゃないのは一目でわかるが、とりあえずそれが何かを確かめようと近付いてみた。


「…………頭の骨?」


 何の……かまではわからないが、目の穴に口があるし頭蓋骨なのは確かだ。


「森のどこかに転がってた死体の頭がここに流れ込んで来たとかかな? でも、なんでまた急に? ……うわっ!?」


 その頭蓋骨に気を取られて、ついつい周囲の警戒を甘くしていた俺は、急にグイッとヘビたちに襟を引かれて、思わず悲鳴じみた声を上げながら振り向いた。


 そして。


「どうしたああああぁぁぁっ!?」


「どうしたの?」と言おうとしたが、水音と共に飛んできたソイツ等を見て途中で悲鳴になってしまった。


「あっぶなあああっ!!」


 叫びながら無茶苦茶に飛び回って回避をすることで、なんとか一撃も貰わずに逃げ切れたが……襲ってきたソイツ等も再びデカい水音を立てながら水中に身を潜めていた。


「ぐぬぬ……はっきりとは捉えられなかったか。でも見たぞ!」


 急過ぎて黒い影くらいにしか見えなかったが、そのシルエットは見覚えがあった。

 なんせ昨日見たばかりだもんな。

 ついでに、色んな意味で苦戦させられた相手だ。


「……カエルもどきの群れか」


 水中を泳ぐ姿は一見ワニっぽく見えるが、こんな風に飛び跳ねるのなんかコイツしかいない。


 やっぱり街道で倒した1体だけじゃなくて、複数いたな!


 濁った水中に隠れていても、はっきりと俺の目は捉えているぞ!!

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