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1420


 シカの運搬を兵たちに任せて、俺は一人森を西の採取ポイントに向かっていた。


「このあたりだね。魔物を避けるために、見えづらくなっても森の上を飛んでいたんだけど……。地上に魔物の気配は無かったし、昼間の移動なら森の中でも構わないのかな?」


 別に魔物と出くわしても、この辺の魔物ならそうそう苦労せずに倒せはするが、下手に騒ぎを起こして、恐らくまだ移動中の調査隊のメンバーの方に魔物が行きでもしたら大変だもんな。


 だから、多少移動速度は落ちるものの、避けられる戦闘は避けるに越したことはない……ってことで、森の中の移動を避けて上を飛んでいたんだが、小さいウサギみたいなのはチラッと見かけたが、襲ってくるような生物は全然いないんだよな。


 この辺にいるのが夜行性の魔物や獣がほとんどなのかもって気もするが、それならさっきのシカの群れは何なんだってなるし……。


 あんまり考えすぎても意味が無いことなのかもしれないが、気にはなるよな。

 このことも今夜の報告事項に追加しておこうかな。


 そんなことを考えながら、俺は周囲の地形と地図を見比べてから、森へと下りていく。


 そして、地面をジッと睨みつける。

【妖精の瞳】でもヘビの目でも、どちらで見てもただの地面にしか見えない。


「うーむ……見た目じゃ他所の地面と変わりはないよな? この辺で合っているんだろうけれど、何を基準にポイントを指定しているんだろう?」


 何となく川とかを基点に等間隔でって感じではあるが、見た目じゃわからないから、いざ一人で作業をするとなると不安になってくる。


「とりあえず研究所に持って行きさえしたら、後は向こうで勝手に調べてくれるから、オレが気にするようなことじゃないんだけどね……っと」


 ポーチから瓶と道具を取り出すと、【浮き玉】を地面に水平になるように傾けながら、俺は慎重に地面に向かって手を伸ばしていく。

 道具を使って瓶の口から中に土を入れていき、ある程度の量になったところで蓋をして、瓶のラベルに番号を記す。


「よし……っと、こんなもんかな?」


 このポイントはこれで終了だ。


 移動と採取の時間を合わせて10分もかからなかったし、このまま一気に残りのポイントを片付けてしまっても大丈夫だろう。


 俺は再び森の上に飛び出ると、次のポイントに向かった。


 ◇


 あれから俺は、隊のメンバーと今日見回る予定だった採取ポイントの残り全てを、何事もなくクリアすることが出来た。


 これで今日の一応の目的は完了だし、俺は森の様子を思い返しながら、拠点への道を引き返していた。


 遠くから俺の様子を窺うような動きをする魔物も何組かいるにはいたんだが、襲ってくる様子も追って来る様子も見せなかったし、そのまま無視していたが、狙いは何だったんだろうな?


 多分俺が見たのは小型の妖魔種だろう。


 群れの数や力を考えたら、先に倒したシカの群れとそこまで差はなかったと思うし、むしろこちらが俺一人になっている以上、襲ってくるんじゃないかとも思ったが、そんなことは無かった。


 ただ単に習性ってのもあり得るが、あの時はこちらも数が揃っていたし、先制をしないとヤバイ……と判断したってのもあり得るし……。


「オレみたいなよくわからない生き物は避ける……ってのもあり得るんだよな。それなら、オレは単独行動した方がいいってことなのかな?」


 別にお気楽な任務だとは考えていなかったが、適当に隊のメンバーを割り振って一緒に行動すればいいだけとは考えていた。

 だが、意外といろんなことに頭を回さないといけないな……。


「むむむ……まぁ、急がなくていいってのは助かるかな? 期限を定めて、その間に絶対に何かを見つけなきゃいけないってわけじゃないしな」


 むしろ、俺たちが何も見つけられなかったとしても、その時は雨季明けに本命の連中が出動してくれるだろうしな。


「ミスをしないように気を付けて、のんびりやればいい……って、追いついちゃったかー!」


 視線の先には、大荷物を積んだソリを曳きながら移動する隊員たちがいる。


 ソリの轍を見つけてから、真っ直ぐその跡を追っては来たんだが、思ったよりも離れていなかった。

 森の中は街道が通っているわけじゃないし、足場の良いところを選んでいるから、一直線って訳にはいかなかったんだろうな。


 俺は「ふむ……」と頷くと、そのまま彼等のもとへと飛んで行った。


1421


 6頭のシカを持って拠点に帰り着くと、既に解体の用意が出来上がっていた。

 この拠点には解体所は設置されていないんだが、わざわざ空き家を一軒確保して、解体場所にするくらいの気合いの入りようだ。


 運搬の助っ人を頼みに一旦拠点に戻ってきた時に、1番隊の兵に事情を話してはいたんだが、拠点に残ったもう一人が住民に声をかけて色々手配をしてくれていた。


 気が利くヤツだ。


 ってことで、俺たちは真っ直ぐその解体場所に通されると、ここの責任者たちが待っていて、そのまま彼等に渡すと、雨に濡れた調査隊のメンバーたちは、宿舎に向かって風呂に直行した。


 どうにも彼等もこっちの解体の様子が気になるようだったし、多分すぐに風呂から出て戻ってくるんだろうな。


【風の衣】がある俺は当然雨に濡れるわけもないし、拠点に残っていた一人と共に、ここに残って解体作業を見守っている。


 血抜きや内臓の処理なんかは済ませているし、後は解体するだけだ。

 獲物の量は多いが、こちらの人数も足りているし、その上手慣れたウチの連中が加われば、そう時間がかかることなく終わらせられるだろう。


 ……間に合うかな?


「ねー」


「どうしました?」


「1番隊もこういうの好きなの?」


 2番隊や冒険者連中は言うまでもなく、1番隊の二人も加わりたそうな様子をしていたし、なんか俺の側に控えさせているが、この彼はどうなんだろうか?


 そう訊ねると、彼は軽く笑い声をあげて答えた。


「我々も2番隊ほどではありませんが、普段の任務である領内の見回りで、魔物と戦闘をする経験自体はあります。ただ、その倒した魔物は、処分しない場合は街の冒険者ギルドに持ち込みます。そのため中々魔物の解体を行うことはありません。基本的な知識と技術は身に着けていますが、中々使う機会がありませんからね……」


「あー……確かに、普段の任務だとやることって結構決まってるしね。君は加わらなくていいの? 別にオレの側にいなくてもいいんだよ?」


「……興味が無いと言えば嘘になりますが、今回私は参加していませんし、他の者に譲ります。なに……今日の調査の様子を考えたら、まだまだ機会はあるでしょうしね」


「そっかー……うん?」


 彼の言葉に返事をしたが、入口の方から何やらドタドタと騒がしい音が聞こえてきた。


「どうやら戻って来たようですね」


 そう言うと、「失礼します」と一言断って、入口の方に歩いて行った。


 ◇


 風呂に入っていたメンバーも合流したところで、シカの解体は一気に進んで行った。


 そして、今更任務を再開するって雰囲気じゃ無かったし、あの場で「今日の任務は終了!」と告げると、昨日よりも早い時間ではあるが、俺は拠点を後にすることにした。


「今日もこの辺は行きと同じで何もいないか。ってことは、どうせ北の森もまだ南側には生物は戻って来てないんだろうね」


 街道の上空を南に向かって飛んでいるが、街道沿いはもちろん見える範囲には生物の気配は無い。


「昨日は東側にはいたんだけど……今日は森から出てくるような切っ掛けが何も無かったからかな?」


 地面に視線を落とすが、馬も馬車も通ったような跡はないし、今日のこのルートの利用者はどうやらオレだけらしい。


「ほっ……と」


 俺は【浮き玉】を急停止させると、その場で上昇をした。

 周囲の木より1メートルほど上に来たところで、上昇を停止させてその場でクルクルとゆっくり回転を始めた。


「見える範囲には何も無し。別に何も無いならそれでいいんだけど……ちょっと一の森の方も気になるよな」


 北の森に魔物がいない理由はわかっているが、一の森の方はどうだろうか。

 昨日魔物が街道側に出て来た理由は何となくわかっているし、同時に今日は出て来ない理由もだ。


 ただ、それでも全く気配が無いってのは気にはなるよな。


 たった昨日の行き来の戦闘だけで、一の森の魔物が街道から距離をとるとはならないし……。


「ちょっと浅いところだけでも見てみようかな? 街道も今日この様子なら明日もどうせオレくらいしか通らないだろうしな」


 俺は「よしっ!」と一息吐いて気合いを入れると、高度を落としながら一の森へと向かって行った。

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