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1402


 兵に案内されて、俺は拠点の責任者のおっさんたちと簡単な顔合わせを行った。

 少々身構えていたんだが、顔合わせは先行していた伝令の兵たちが行ってくれて、苦労することなくスムーズに進行した。

 流石は1番隊ってところだろうか。


 もっとも、ここの責任者たちも俺の姿に多少は驚いていたが、それでもリーゼルたちに敬意は持っているらしい。

 同席している1番隊の兵が拠点内での調査をする際は、人や場所の提供などで、しっかりと協力してくれるそうだ。


 その辺のことは俺が直接関わることはないが、調査隊のメンバーが仕事をしやすくなるのなら助かるな。


 んで、拠点内の調査はそれでいいとして、森の方はどうなのかと言うと。


「森に関しては、我々はあまり中に入ることがないので、どこまで力になれるかはわかりません。普段ですと冒険者がいるのですが、今は少々時期が悪くて……」


 と、額の汗を拭きながら申し訳なさそうに答える。


 どうやら、今この拠点内には、森の中に詳しい者はいないらしい。


 普段この辺りで狩りをしている冒険者たちも、もちろんいるにはいる。


 だが、その冒険者たちの仕事は、主にこの拠点の警備だったり街道を移動する者たちの護衛で、狩りをするような冒険者は、雨でまともに狩りが出来ない今は領都を始めとした街や村に戻っているそうだ。

 一応森の簡易地図なんかはあるし、それは提供してくれるようだし、まぁ……それだけでも十分ではあるな。


 この辺のことも、俺が直接関わることじゃないし、後で2番隊や冒険者連中と話をしてもらおう。


 その俺の言葉を聞いて、ここの責任者たちは揃ってホッとしたような表情を浮かべている。


 ……軽んじられるのも困るが、あんまり畏まられるのも何かとやり辛くなるんだよな。

 ちょっとこちらからも話を振ってみようかな?


「ここに来る途中で魔物と何回か戦闘になったんだよね」


 ◇


 少々堅苦しくなっていた部屋の空気を変えるために、俺は彼等も参加しやすいかもしれない話題を提供することにした。


 ゴブリンやコボルト。

 そして、カエルもどきとの戦闘についてだ。


 何か知っているようなことがあれば儲けものだし、何も知らないなら、それはそれで話を広げることは出来るだろう。

 魔物との戦闘についての話は、基本的にどんな場でも盛り上がるからな。


 そう思っての、この話題のチョイスだったんだが……。


「…………」


 カエルもどきについて話していたころから、集まっているおっさんたちが黙って互いに顔を見合わせていた。

 そして、「少し時間をいただけますか?」と言って、何やら相談を始めてしまった。


 何か心当たりがあるのか、あるいは直接的に知っているのか。

 どうなのかはわからないが、とりあえず彼等の間で話が纏まるまで待ってみるか。


 場を和ますための話題振りが、思ったより深刻なことになってしまったようで「参ったな……」と話す彼等を見ていると、1番隊の兵が小声で話しかけてきた。


「セラ副長」


「はいはい」


「我々が道中で倒した魔物の処理をして頂けたと聞きました。ありがとうございます」


 俺が残ってアレを処理したことを、調査隊のメンバーから聞いたんだろう。

 わざわざ礼を言ってきた。


「あぁ……アレね。気にしないでよ」


 カエルもどきという思わぬ難敵と戦うことになったが、彼等は到着の速さを優先してのことだしな。


 拠点内での根回しもしっかりしていてくれたから、俺たちはスムーズにここに来れたんだし、問題無しだ。


「そう言えば、そっちはあの1回だけだったの? オレたちは何度か魔物と戦ったんだけど……」


「途中で何匹かの魔物を見かけました。森から出て来て、我々を追ってこようとしたのもいましたが、振り切ることが出来ましたね。ただ、もしかしたらそれらが調査隊を襲ったかもしれません」


「後続が来るかもって待ち伏せしてたみたいだしね。でも、大したことはなかったし、気にしなくていいんじゃない?」


「そう言っていただけると助かります……。先行しての伝令役の場合は魔物の死体は放置となっているのですが、何度か魔物との戦闘があったと聞いたものですから……被害が無くて何よりで……どうやら話が纏まったようですね」


 彼の言葉に合わせて、相談中だった面々に視線を向けた。


1403


 何を相談していたのかはわからないが、話が纏まったようで、おっさんたちがこちらにやって来た。


「セラ様が仰っていた、その……カエルもどきですか?」


 どうやら俺のネーミングセンスが引っ掛かっているらしいが、敢えて無視して、「そうそう」と頷いた。


「はっ……ここの住民が直接見たという報告は受けていませんが、森の奥の湿地帯などで、セラ様が倒された魔物と似た存在が確認されています」


 ただの場の空気を変えるための雑談程度のつもりで、あまり期待はしていなかったんだが、あのカエルもどきの情報が得られるかもしれない。


「それは冒険者が見たのかな?」


 俺の言葉に、おっさんたちは「ええ」と頷きながら話を続ける。


「西の森の湿地や川辺といった水場付近で遭遇したようです。その際に戦闘した者もいますが、傷をつけることが出来ずに撤退したと聞いています」


 彼等が西の森と呼んでいるのは、北の森のことだろう。

 んで、魔境は街道を挟んだ東側か。


「冒険者が傷をつけられなかったってあたり、オレが倒したのと同じような気はするね。でも……オレが遭遇したのは街道の東側なんだよね。距離があり過ぎるな……別の個体なのかな?」


 西の森ってのは、俺たちが北の森って呼んでいる森のことだよな?


 俺は西と東を順に指しながら、彼等に疑問を訊ねた。


 この辺で狩りをするレベルの冒険者ですら傷をつけられないってのと、水辺で遭遇したってのは一緒みたいだし、俺が戦ったカエルもどきとは共通点もあるけれど場所が違うし……。


 かと言って、あの強さの魔物がこの辺に複数生息している……ってのも聞いたことが無い。

 リーゼルの執務室に置いてある資料にも、あんな変な魔物についての情報は無かったんだよな。


 複数いるんなら、もう少し目撃情報とかが届いていてもおかしくはないと思うんだが……。


 俺が「ぬぬぬ」と首を傾げていると、おっさんの一人が、首を横に振りながら答えた。


「申し訳ありません。我々も危険を押してまで無理に調べる必要は無いと判断して、近付かないようにと指示を出していました。ただ、雨季になると街道も含めて、様々な場所が水に沈みます。そのため、普段よりも移動出来る範囲が広がったのかもしれません……」


「なるほどねー……」


 よくよく考えたら、この辺を領主のバックアップ付きでまともに開拓し始めて、何だかんだでまだ数年しか経っていないんだし、土地の人だからって何でもかんでも知っているってわけじゃないか。

 魔物も地形もまだまだこれからだよな。


 とりあえず、あのカエルもどきが複数いるとしても、水辺に近づかなければ危険は無いってことはわかったし、それで十分だ。


「それで十分だよ。あぁ……そうだ。ちょっと手間かと思うけど、後で隊の皆にもその辺のこと話して貰えるかな?」


 おっさんたちは、俺の言葉に「もちろんです」と恭しく揃って頷いた。


 ◇


 調査隊のメンバーが風呂から戻って来るくと、先程の話をしてもらうついでに、遅めの昼食をとることにした。


 んで、隊員が話を聞いている間、先行していた伝令兵たちが俺のもとに挨拶にやって来た。


「そっちはもう発つの? 外の雨はまだまだ強いよ?」


 まぁ……外の雨は当分止むことはないだろうし、出発を遅らせたからと言ってどうにかなるってもんじゃないが、俺たち同様に彼等も今朝領都からやって来たんだ。

 少しは休んでもいいと思うんだけどな。


 だが。


「今日中に領都に帰還しなければいけませんから。セラ副長たちが到着するまで、こちらで我々も馬も休むことが出来たので問題ありません」


「ええ。それに、こちらで得た情報は早く騎士団に持って帰らなければなりません」


 実に仕事熱心。


「そっか。まぁ……街道沿いの魔物はオレたちが倒したばかりだし、今のうちに帰っちゃう方がいいのかもね。あっ!? 君たちが倒した魔物の死体を燃やしたんだけど、そこだけ灰とか残ってるかもしれないから、一応気を付けてね」


「はっ。それでは、これで失礼します」


 そう言うと、彼等は責任者のおっさんたちの元に向かった。


 俺も夜までには帰る予定だし、あんまりのんびりしすぎないで仕事を片付けないとな。

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