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「よいしょ」


 尻尾でまずは体から離れた所に転がっている頭を弾き飛ばした。


「ふんっ……頭だけじゃ何も出来ないみたいだね」


 頭だけになっても【風の衣】を感じることが出来るようで、俺の接近に気付いて口をパクパクと動かしていたが、流石にそれ以上は何も出来ないようだ。


 このまま頭を貫こうと右手を構えて、視線を頭に向けた。


 だが。


「おわぁっ!?」


 唐突に背後からドンっという強い衝撃と、ガラスが割れるような硬い澄んだ音が響いた。

【風の衣】が破られて、【琥珀の盾】が発動したようだ。


 慌てて上昇しながら「一体何者が!?」と振り向くと、先程まで転がっていた場所から移動したカエルもどきの胴体が、さらに転がっている頭に向かって這いずっていた。


 その様子を見て、俺は溜め息を吐いた。


「こっちもかよ……。まさかくっついたりしないよな?」


 何となくだが……ぶよぶよしていそうだし、傷口をくっつけたら、本当にそのままくっついてしまいそうな気がする。


「よいしょっ!」


 一先ず頭を遠ざけた方がいいだろうと、もう一度尻尾で頭を遠くに弾き飛ばした。


「また背後から攻撃されても面倒だし、先に胴体から潰すか」


【風の衣】を不意打ちで破られるのは久しぶりだったし、流石にアレは驚いた。


 頭と切り離した胴体が、宙に浮かんでいる俺に攻撃を仕掛けてくるだなんて思うわけがない。


 ……アレは別に油断じゃないよな?


 ともあれ、もうあんな焦らされるのはごめんだし、さっさと片付けよう。


「ほっ!」


 まずは尻尾で胴体を横から殴ってみた。


 わかってはいたが、頭部と違って流石に胴体は重たく、尻尾程度では転がす事は出来ない。


「仕方がない。やっぱり蹴るしかないか……あんまり近付きたくないんだけどね……」


 念のため、俺は【風の衣】と【琥珀の盾】を再度発動し直して、もぞもぞと動いている胴体に向かって行く。


「うわぁ……改めて見ると、グロイ。なんでこんな姿なのに元気に動いてるんだ……?」


 俺に切断された首と足と尻尾はもう血を流していないが、それでも、あちらこちらを斬られているのに、反射じゃなくて意思があるように動いている。


 まぁ……ヘビとかもやたらタフだとは聞くし、コイツもそうなのかもしれないが……どうやって動いているんだ?


「うん? どうかした?」


 カエルもどきの有様に少々手を出しあぐねていると、ミツメが何かに気付いたのか襟元から姿を見せた。


 慎重なミツメがこういう行動をとるのは珍しいな……と思いながら、俺もミツメの視線の先に目を向けると。


「……うん? アレは……魔力かな?」


 微弱すぎてパッと見た程度じゃ気付けなかったが、首の切断面から細い紐のように魔力が伸びている。

 そして、それが繋がる先は頭部だ。


「なるほど……頭が魔力を使って操作でもしていたのかな? ……よかった。思っていたより化け物じゃなかったね」


 切断された状態で体を動かせるってのは十分過ぎるほど凄いんだが、胴体にも脳が付いていたり、敵の接近に勝手に反応するだとか、そこまでわけのわからない生態じゃなかったことに、俺はホッと胸を撫でおろした。


「それなら……!」


 俺はカエルもどきの胴体を蹴る前に、まずその伸びている魔力の紐を踏みつけた。


「……よし、ちゃんと切断したね。頭を切断した時からずっと繋がってたんだろうけど……わざわざ確認しなかったからね。もう一度繋ぎ直したり出来るかも知れないけど……」


 俺はそこで口を閉じて【浮き玉】を加速させて胴体に接近すると、左足で蹴り飛ばした。


 抵抗なく転がっていく胴体を眺めて満足げに頷くと、今度は反対側に転がっている頭部に向かうことにした。

 やっぱり先に潰すのはこっちだ!


 あっちに行ったりこっちに行ったりと忙しいが、これだけ距離があれば流石に仕留めるだけの時間は稼げるだろう。


「よし……それじゃー……今度こそ!!」


 地面に転がる頭部を睨みつけると、【影の剣】を突き刺して、さらに二度三度と振り抜いた。


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「やぁやぁ……お待たせ。頭は潰したし、魔力の繋がりも断ったし……。流石にここまでやったらもう動かないみたいだね」


 俺は街道に転がる胴体を見下ろしながら言い放った。


 相変わらずこの状態でもピクピクと動いてはいるが……さっきまでと大分様子が違う。

 これは反射だよな?


 それでも、慎重に尻尾でカエルもどきの胴体を押さえ付けると、右腕を振り下ろした。


「よい……しょっと!」


 まずは胴体の真ん中あたりから大きく真っ二つにすると、さらに細かくスパスパと切り裂いていく。


「……うわぁ」


 俺は普段ここまで魔物を細かく切り刻むようなことはないから、傷口から漏れ出る中身のグロさに呻き声を漏らした。


【風の衣】があるから、俺の鼻に臭いは届かないが……中々どうして。

 これはどうやっても持って帰るのは無理だな。


 カエルもどきの周囲のグロイ光景を見て、俺は大きく溜め息を吐いた。


 調査隊の隊員たちを先に行かせて自分だけこの場に残ったのは、もちろん魔物の死体の処理をするって理由があったんだが、実はもう一つあったりもする。


 このカエルもどきの死体を、どうにか持ち帰れないか試したかったんだ。


 どうせ夜に領都に戻るんだし、【隠れ家】に突っ込んでおけば持って帰れるもんな。


 ヌメヌメしているから、ちょっと工夫は必要だと思うが、まぁ……いらない布も木箱も中にたくさんあるし、やってやれないことはないと思っていたんだが……まさか、ここまでしぶとい生き物だとは思いもしなかった。


「参った参った……」と呟きながら右腕を動かしていたが、それを止めると、肉片となったカエルもどきを凝視する。


「うん……流石にもう体力も魔力も残ってないね。なんか……ここまで死体を刻むのはちと心が痛いけど、こうでもしないと不安だし、仕方がないか。さて……と、それじゃー片付けようかね」


 完全に死体……どころか肉片になっているが、それでもちょっとコレを【隠れ家】に入れるのはごめんだ。


【隠れ家】を発動した場所から、俺が距離をとると、中の生き物は勝手に外に放り出されるし、仮にコイツが中で復活するようなことがあっても問題は無いんだが、気持ち悪い物は気持ち悪い。


 それに、ここまでグチャグチャにしてしまったら、持ち帰りたいそもそもの目的の素材としての使い道も微妙だろうしな。


 ってことで、もうコレはいいだろう。


 元カエルもどきをそこに残して、俺は他の魔物の死体を集めに向かった。


 ◇


「よいしょ……っと。仕方が無いとはいえ、この距離を一体ずつ引っ張って来るのは流石に面倒だったね……」


 小型の妖魔種とは言え、【祈り】が使えない今の俺が持ち上げられるサイズじゃないし、一体ずつ尻尾で引きずって運んで来た。


 どうせ【浮き玉】に乗っかって【蛇の尾】で引っ張ってくるだけだし、疲れるようなことはないんだが、思ったよりも時間がかかってしまった。


 いつも外で魔物を倒した時は、精々数メートル程度しか引きずらないからな。

 そして、残りは狩場にいる巡回の兵だったり冒険者に任せていた。


 いやぁ……肉体労働は大変だ。

 雨季が明けたら、狩場で手伝ってもらう者たちにもっと感謝を伝えないといけないよな。


「まぁ……それはそれとして、死体を纏めたし、さっさと燃やしちゃおうかね」


 俺はポーチから燃焼玉を取り出すと、死体の山から距離をとって、魔力を込めながら投げつけた。


 小さい音が一瞬したかと思うと、雨に反応して燃焼玉が一気に炎を吹き上げて死体を燃やし始める。


「うん、よく燃えているけど、周りの茂みに燃え移るようなことは無さそうだね」


 離れた位置から死体が燃えている様子を眺めているが、わざわざ街道の真ん中に集めた甲斐があったようだ。


 雨が降っているし、そう簡単にこの時期の草に燃え移るようなことは無いだろうが、火力は結構あるからな。

 油断は出来ない。


「……む?」


 じっと見つめていると、初めは白い煙を上げていたんだが、何やら緑と紫が混じったような毒々しい色に変わってきた。


「カエルもどきのかな? 何か毒みたいな液を吐いてたし、燃やしたらこんなこともあるのかな……?」


 周りに人がいなくてよかったな……。

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