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【緋蜂の針】の蹴りは大したダメージにはなっていなかったが、流石に【影の剣】は耐えられなかったようだ。

【影の剣】で斬りつけた尻尾は、半ばから綺麗に切断出来た。


 さらに、痛覚があるのかはわからないが、尻尾を切断した瞬間に、カエルもどきは空中で体を硬直させている。


 これは……隙ありだ!


「はぁっ!!」


 俺は体の下からさらに追撃で、腹部を蹴り上げた。


 鈍い音と共に、街道側に向かってカエルもどきは飛んで行く。


 先程までは今と同じように空中で蹴りを食らわせても、多少は体をずらすことが出来たが、精々1メートル程度だった。


 イノシシやウシの魔獣を蹴った時もそれくらいだったし、このサイズの魔物相手だとそんなもんだと思っていたんだが……今の一撃は違ったな。

 どうにもこれまでは手ごたえがなかったんだが、これはしっかりとダメージが入った気がする!


「……っと、重たいけど、結構飛んだな。蹴りの衝撃を殺せなかったのかな? それならダメージもあっただろうし……いけるな!」


 飛んで行くカエルもどきの体を見送っていたが、これはさらに追撃がいけるぞ……と、俺は一気に距離を詰めていき、後ろの左足を斬り落とした。


 通り抜け様にもう一発……と思ったが、蹴り飛ばした勢いはもう失われていて、そろそろ地面に落下しそうになっている。


「もう一発……は無理か。でも」


 一旦距離をとると、俺は地面に着地したカエルもどきに視線を向ける。


 足を一本と尻尾を無くしたせいで、着地のバランスを崩したらしい。

 ゴロゴロと転がっていた。


 何回転かそれは続いたが、ようやくストップしたかと思うと、腹を地面に擦りながら後退していく。

 逃げるつもりか、何かを狙っているのか……また茂みに身を隠そうとしているようだ。


「ここまで痛めつけたら、そのうち他の魔物に狩られるだろうけど……放置は無しだよな」


 いくらこの時期は人の行き来が無いからとはいえ、万が一生き延びられたら面倒だし、茂みに辿り着く前にさっさと決めてしまおう。


 足一本と尻尾が無くなったことだし、もう飛び跳ねるようなことはないだろう。

 今までのように、【風の衣】の範囲に引っかけることで、飛び跳ねさせるって方法は使えないだろうし、普通に倒すか。


 解除していた【蛇の尾】を念のため発動すると、【影の剣】を構えて真上に移動する。


 このまま【緋蜂の針】で踏みつけて……。


「うん?」


 どうやって止めを刺すか……と考えていると、カエルもどきは体を起こして頭を真上に向けた。


 今までは精々頭の向きを小さく動かす程度だったんだが、こうも大きく動くなんて……と訝しんでいると、カパッと口を開けた。

 そして。


「ん? またベロでも……おわあっ!?」


 開いた口から濁った赤茶けた色の液体が飛び出してきた。


【風の衣】で防げるだろうが、不意打ちだったこともあって、反射的に全力で回避してしまった。


「ふぅ……ビビった。今のは胃液かな? それとも……」


 生き物の中には毒液を吐くようなのだって存在するしな。

 無意識ではあるが、回避は間違いじゃない。


 俺は後退しながら「ふぅ」と息を吐いて、今の液体が散らばった場所に目を向けた。


「…………うっ!?」


 液体がかかった場所から白い煙のようなものが立っていた。


 胃液か毒液かはわからないが、何にせよ大分強力そうだな。


 まぁ……俺には効かないが、何してくるかわからないし、さっさと仕留めてしまおう。


 俺は気合いを入れると、戦闘態勢のままカエルもどきの周囲を高速でグルグル移動して、徐々に間合いを詰めていく。


 さっきの液を吐いたのは、きっともう機動力が失われてしまったからだろうし、この動きにはついてこれないだろう。

 さらに速度を上げてグルグルと……。


 カエルもどきもしばらくは頭や体を動かして俺の動きを追っていたが、いよいよ諦めたらしい。

 体を丸めて、守りに入っていた。


「さて……と。頃合いかな?」


 そう呟くと、真横から近づいて、その丸まった体を蹴り飛ばした。


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 空中の時と違ってしっかりと重さがあるため、一撃で吹っ飛んでいくということはないが……ゴロンと転がって逆さまになった。

 丸まっていた体も解けて伸びている。


 ジタバタと手足と残った尻尾を振り回しているし、またすぐに元の体勢に戻るんだろうが……流石にそんな隙を与えるつもりはない。


「ほっ!」


 転がったカエルもどきを追いかけて行き、体の上を通り過ぎながら【影の剣】で首を刎ねる。


 何度も蹴って来たが、その都度蹴りの威力を防いできたあの柔らかさも、【影の剣】の切れ味の前には力は発揮されない。

 綺麗にスパッと切断出来た。


 傷口からドバドバと血を流しながらしばらくピクピク動いていたが、力尽きたのか動かなくなった。

 街道の両脇の茂みを見渡しても他に魔物の気配は無いし、一先ず安全は確保出来たな。


「ふぅ……強いわけじゃ無いけど、思ったよりも手こずらされたな。終わったし、こっち呼ぼうかね」


 俺は後ろを向くと、上空に向けて照明の魔法を撃ち上げた。


 ◇


「セラ副長、お怪我はありませんか?」


「無い無い。ちょっと手間取ったし色々驚かされたけど、攻撃は食らわなかったね」


 兵たちは俺の合図に気付くと、すぐにこちらに集まってきた。


 彼等も馬も、ジッと待機していたからなのか、雨でずぶ濡れになっている。


「時間を取られたし、すぐに出発したいんだけど……コイツもそうだけど、あの街道に転がってる魔物って何なのかな? 何かわかる?」


「既に死体だった魔物は、恐らく先行した兵たちが倒した魔物でしょう」


 ただ単に何となく聞いただけで、別に答えが知りたかったわけじゃないんだが、普通に返されて驚いてしまった。


「ほぅ……うん? 先行した兵って?」


 答えた兵に頷いていたんだが、ふと気になる言葉があった。


 先行した兵ってなんだ?


「はっ。我々が出発するより早く、先触れとして出た班がいます。激しく争ったような跡は残っていませんし、ほぼ一撃で倒していました。処理は後に続く我々に任せて、拠点への到着を急いだのでしょう」


「……なるほど」


 領都や他の大都市ならともかく、そこまで大きいわけじゃない街や村で、いきなり十何人も他所からやって来たら受け入れ準備なんて出来ないよな。

 ましてや、今日はこの天気だ。


 考えもしなかったが、前もって知らせておくのは必要なことだよな。


「んじゃ……そのゴブリンとかは先行した兵が倒したとして、アレっ……は?」


 街道に複数の魔物の死体が転がっていた理由はわかったが、それならカエルもどきは何物なんだろう……と、頭と胴体とで分かれたカエルもどきを指した。


 だが、俺は兵が口を開く前に、さらに言葉を続けた。


「まぁ……いいや。この魔物の処理はオレがするから、皆は先に行っといてよ。すぐに追いつくからさ」


「……は? 確かに急ぐ必要はありますが……よろしいのですか?」


「うん。処理用の魔道具は持ってるしね。皆でやるよりも、オレ一人でやった方がいいでしょう」


 俺の言葉に、1番隊の兵はどう返事をしたものかと迷っていたが、横から2番隊の一人が入ってきた。


「アンタが一人の方が動きやすいって言うんなら、そっちの方がいいんだろう。お前さんたちは慣れていないだろうが、ウチの副長は一人でも大抵のことが出来るからな」


「む……そうか。わかりました、それでは我々は先に出発します。セラ副長もお気をつけて」


「うん。すぐに追いつくから」


 俺がそう言うと、彼等は「行くぞ!」とすぐに出発した。


 さっきもそうだが、話が早い。


 街道の先に小さくなっていく一行を見ながら、俺は小さく息を吐くと、解除していた【緋蜂の針】と【影の剣】、【蛇の尾】を発動した。


 ◇


 戦闘終了後すぐに、街道周りの茂みを見回して他の魔物がいないかの確認をした。

 その結果、何もいなかったから兵たちを呼びよせていたんだが……。


「頭刎ねて生きてるって……なんなんだよコイツ」


 頭部と胴体で分かれたカエルもどきを見て、俺はそう呟いた。


 いやはや、まさかまだカエルもどきが生きているとは思いもしなかった。


 さっきの話の流れでコイツを見た時に、弱体化はしていてもまだまだ【妖精の瞳】とヘビの目に反応があって、本当に驚いたもんだ。

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